37.あの時の秘密


「え? 僕のこと? 個人情報だからなぁ」


 いつもはあまり人がいない図書室に女子生徒が数人集まっている。目当てはもちろん、泉先生だ。


 生徒たちが何を言っているかはザワザワして聞き取れないが、先生の返事は聞こえてきた。


「家族構成? いやぁ、それもねぇ」


 前に別の生徒に聞かれたとき、独身って言ってたような。今は言いたくないのかな。質問攻め大変そう。


 それにしても、泉先生を見るとあの時の「秘密ですよ」を思い出してしまってなんとも言えない気持ちになる。気にしてるのは私だけかなぁ。


「好きな本なら答えられますよ。え、それは興味ない?」


 とうとう生徒たちに何も教えてくれないと拗ねられたようだ。みんな本も読まずに帰ってしまった。先生にしか興味ないのね。


「猫宮さん」


 不意に呼ばれた私の名前。


「は、はい!」


 ちょっと大きい声を出してしまい、口に指をあてるポーズをされる。


「ずっとそこにいて聞いていましたね」

「すみません」

「全然責めるつもりはないんです。いたの知ってるよーってだけで。是非助けてほしかったというのもありますが……」

「そっちですか。いやぁ、質問攻めすごかったですね」

「質問は嬉しいんですけど、勉強のことじゃないのがちょっと」


 少し困った顔をした。


「大変ですね」

「弟のことを話すのもどうかなと思ったら言えなくて」

「弟さん?」

「話してしまった。猫宮さんには色々見られる運命なのでしょうか」

「他の子たちが聞けない話を聞けて嬉しいですよ」


 先生はちょっと考えてこう言った。


「では、ここだけの話としてあることを聞いてもらえないでしょうか?」


 あること、とは。


「はい」

「弟の話なんですが、今中学三年生で進路の話をしたんです。この学校に行くと言ってはいるんですが理由は聞かされないまま……」

「お兄ちゃんのいる学校に行きたかったとか? 恥ずかしいから言えないんでしょうかね」

「うーん、そんなことを思う弟ではないと思うんですけど。理由を聞かずにこの学校に来いとは言えずにいまして、決して嫌なわけではないのですが」

「難しいですね。でもちゃんとした理由がありそうな感じもしますね」


 二人で悩む。


「あまりしつこく聞かない方が兄弟間はいいのかもしれないですね。弟がそうと決めたら曲げる気全くなさそうですし」

「そうかもしれないですね」

「すみません、こんなくだらない家族のことを話してしまって」

「いえ、大事なことですから! またいつでも話してください」


 顔を見合うこと数秒。


「私が言う言葉じゃないですよね。すみません」

「そんなことないです、ありがとうございます。猫宮さんには話してしまいそうです」


 それでは、と職員室に泉先生は行ってしまった。


 あんなこと言われてにこっと笑われたら、そりゃあ人気も出るなとしみじみ思った。罪深い。


 あれ、もしかして前に電話で話してたのって弟さんだったんだろうか。



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