36.優しい距離


 お昼休みに入り、ちょっとした違和感が膨れ上がってとうとう体を蝕んだ。


「なんか、体が重い。頭も重い。なぜ、どうして」


 ボソボソ呟く私にさやかちゃんはすぐさまこう言う。


「くぅちゃん、保健室行ったほうがいいよ」

「そうだ、休むんだ」


 南ちゃんまでそう言う。


「うーん、我慢して授業を……」

「駄目だよ、空ちゃん。早く行ってきなさい」


 なつかちゃんもかぁ。仕方ない、行ってくるしかない。


「じゃあ、行ってくるねぇ。一時間だけ休んでくるぅ」


 ふらふらした足取りで私は保健室に向かう。向かうといっても、階段を使うことなく同じ階を歩くだけだ。すぐに着いた。


「失礼しまーす」


 ドアを開けてのそのそと中に入るが誰からも返事がない。


「あのー」


 奥の方に?


「すみませーん」


 残念、誰もいないようだ。保健室に行ったことはさやかちゃん達が知っているし、このままベッドを借りよう。並んだベッドを見て、奥の方を使うことに決めた。モゾモゾと布団に潜り込んでから、カーテンが全開なことに気付く。もう閉める力は残っていない。


 すぐに一瞬意識が飛んだ。本当に一瞬かはさておき、ドアが開く音でハッとする。


「絆創膏くださーい」


 残念、誰もない。


「いないのか? よっしゃ、勝手にもらってこ」

「自分で持ってればいいのに」


 二人、男の子が来たようだ。


「春野も持ってないじゃん」

「使っちゃったんだよ」

「寝ぼけておでこぶつけるからだろ」

「うるさい」


 会話しながらも引き出しを開けているらしい音がする。


 今、春野って言ったような。あの春野先輩かな。寝ぼけてっていうところが、そうな気がする。眠り王子だもんなぁ。


「あ、やべ、誰か寝てた。うるさくしてすいませーん」


 目的の物が見つかったのか走って出ていく音が聞こえた。


「あ、ちょっと」


 春野先輩は置いて行かれたようだ。


 足音が近付いてきて顔を出した。


「うるさくてすみません」

「大丈夫ですよ」


 そう答えた私を見て先輩は「猫宮さん!」と驚いた。

 保健室に誰も人がいない中、一人で寝ていたことを心配される。


「来た時からいなかったのでそのまま使ってます」

「そうなんだね、あ、体温計った? 持ってくるね」


 優しい先輩、申し訳ない。


「はい、計ってね」


 体温計を渡してくれて、そのままッド横の椅子に座った。あれ、まさか待っていてくれるのかな? 脇に挟むのにワイシャツのボタンを外す。先輩が視線を逸らす。そうされると、私も意識してしまいます。


 音が鳴るまでの間、静かな二人。先輩は逸らしたまま。


 音が私達を呼ぶ。


「あ、鳴りましたね。あぁ、全くありませんね」

「どれどれ? あぁ熱はないね」


 私から体温計を受け取り、うんうん頷いている。立ち上がって戻しに行ってくれたようだ。


 なんだか少し楽になった気がする。先輩の癒し効果かな。戻ってきた先輩はまた椅子に座った。


「先輩、授業は……」

「ん、大丈夫、今日三年は午前のみだから」


 授業がないのは分かったけど、なんでまた座ったんですか! とはすぐ聞けず。


「先輩、あの……」

「あ、ごめんね。寝にくいよね。そっちにいるから何かあったら呼んでね」


 いてくれるんですか、とも聞けず。黙って甘えようと思う。この後すぐに私は眠りについた。


 キーンコーンカーンコーン。


 チャイムの音で目が覚めた。時計を見ると、授業が一つ終わった時間だった。起きねばならぬ。調子は、普通、悪くない。寝たことで回復したみたいだ。


「あ、おはよう、調子はどう?」


 春野先輩がいてくれた。優しすぎる。


「もう、すっかり、良いです。ありがとうございます」


 起き上がった私はすぐに先輩の近くに行き、もう一度お礼を言った。


「いいんだよ、僕が勝手に心配でやっただけだから」


 二人で保健室を出た。


「それじゃあ、またね」

「はい、また」


 教室に戻った私は、保健室の先生じゃなくて春野先輩にいてもらった。と、さやかちゃん達に言うと、大いに盛り上がった。冬城君がこちらを見ていたような気がしたのは気のせいだろうか。




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