触れられたくない

 矢萩ちゃんと他の誰かの影が重なっているのが見えた。


 なぜか止まってられなくて


「……待ってっ!!」 


思わずその教室の中に飛び出す。2人はこちらを向いて目を見開いていた。まぁ、そうだよね。ここに何で私がいるかって?なんで飛び出したかって?そんなの、私にも分からない。


 ただ、拓真と口づけをかわした矢萩ちゃんが許せなかった。


「小村さん……?」


拓真は、蔑みの目を見せ、私を嘲笑した。


「っや、矢萩ちゃんに、触んないで……!」


なんで私がこんなこと言ってんの?脳は冷静なのに、口は馬鹿みたいなの。矢萩ちゃんも目を丸くしてる。


「もう、小村さんには関係なくない?だって、彩花を見捨てたのは小村さんだろ?」


「っ……!」


「だから俺はもう一回、コクった。というか今、彩花に答えを聞こうとした。」


拓真は、矢萩ちゃんの手を握った。矢萩ちゃんも振りほどこうとはしない。この雰囲気、私が責められてるみたいで、少し怖い。だって、2対1だよ?


 そして、私がこんなことをしてしまっている、自分が、分からなくて。この複雑な感情は何?悔しくて、苦しくて、辛い。このまま、死んでしまいそう。心臓を手掴みされてるような……。


 矢萩ちゃんに、触れられてるの、嫌……。


 でも、もうここまでしてしまった。自分の気持ちで動いてもいいかな?どうなってしまうか分からないけど。


「ねぇ、矢萩ちゃん。ううん、あーちゃん。私……」


あーちゃんの怯えた目をしっかり見つめる。苦しすぎて、潤んできた私の瞳で。


「苦しいんだよ……この感情がなにかは、分からない。分からない……友達で、いたかったのかな……私。あーちゃんと。嫌いなのかな……?でも、ね。今、したいことがあるの。しても、いい……?」


あーちゃんは、拓真の手をほどいて、私の方に寄ってきた。


「う、ん、いいよ……?」


了解を得られたところで、私はあーちゃんの肩に手を置いた。彼女は私に何をされるのか分からないみたいで、体が少し震えていた。さっきのキスシーンを私に見られたから?拓真は、うずうずと私の方を見ている。うーん、できれば私たち2人きりが良かったんだけど。でもねぇ、わたしもあんなとこ見ちゃったら……。


 もう、我慢出来ないかな。


 ゆっくり、ゆっくりとあーちゃんに顔を近づける。どんどん動揺していく、あーちゃんの顔。


 そして、顔がぶつかりそうになるとき、私はふっと、口元をほろこばせる。


 あぁ。なんで私、こんなに変なことしてるのに緊張しないんだろ。優しい気持ちでいっぱいだ。


 私の口から、


「………好き」


その言葉を落とさないように、彼女に直接届くように、くちびるをあわせた。


 ふわっと柔らかいキス。されたこともないのに。自分から、それも女子に。ファーストキスをあげた。


 あ、でもあーちゃんはファーストキス、拓真だね、たぶん。さっきの。私、あーちゃんのファーストキス取られたの、悔しいから。


 ぐっ、と少し強めに最後、押し付ける。


「ふ………」


くちびるを離すと、あーちゃんから吐息が漏れる。息を止めていたみたい。顔を火照らせ、胸を押さえている。  


 そんな彼女の様子を見ると、今まで来なかった緊張と焦りがぐっと押し寄せてきた。


「あ、えっと……その」


後ろでは拓真が、開いた口が塞がらないとでも言うようにポカンと驚いている。


 自分でここまでやったくせに、結局はこんな言葉しか出てこなかった。


「……ごめんね」


すると、あーちゃんは鳩鉄砲を食らったように目を丸くして、その後にっこりと笑った。

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