記憶の断片を拾って
「あーちゃん……?」
はーちゃんって、久しぶりに聞いた。それって、あの、幼稚園の時のあーちゃんからしか呼ばれたことない。
「あーちゃん、じゃ、ないよね?だ、って、幼稚園のころ、と!ぜんっぜん、ちがっ……!」
だって、“あーちゃん”のことで覚えてるのは、髪が腰まであって、眼鏡をかけていない綺麗な茶色がかっているくりくりとした瞳で、たくさんの笑顔を振り撒く姿。
というか、私は“あーちゃん”について記憶にあまり残っていない。本名も分からないし、どこに引っ越していったかも全く知らなかった。それに、今日の今日までその名前を頭の中に置いたことはなかった。ただ頭の片隅にある断片的な記憶。ただ、私を“はーちゃん”と呼ぶものは、あーちゃんしかいないはず。
それに、矢萩ちゃんと一致するものもあった。本当はアクティブなのに恥ずかしがりやだったり、確かに眼鏡の奥の瞳はくりくりの子犬のような目をしている。三つ編みに結う髪を下ろせば、昔のあーちゃんを思い出すような容姿はしているのかもしれない、そう感じた。
「やっと、呼んでくれた。」
「え?」
「私は気づいてたよ、あーちゃん。それこそ入学式の時から。2年間、待ってたんだよ?気づいてくれるの……。でもね、ごめんね。今も、言うつもりはなかった。ずっと、隠すつもりだった。はーちゃんから、気づいてほしかった。」
その言葉を聞いても信じられなかった。遠くに行ってしまったはずのあーちゃんが私の前にいることを。
でも、だんだんと思い出してくるものもあった。白黒写真に色が戻る。たくさん聞きたいこともあった。でも、それを今聞いてはいけない気がした。
私はもう彼女を突き放したから。
それに、昔・の・約・束・をあーちゃんが覚えていたら、怖かったから。それだけは、思い出してほしくない。
だって私はもう……。
「矢萩ちゃん。じゃなくて、あーちゃん、なのかな?……ずっと、気づけなかった。ごめんなさい。でも……」
私は息を吸い込む。もう、決めたことだから。一瞬、自分の水風船に針が刺さった気がするけど、そんなの気にしない。ただの、勘違い。
「もう、私に関わらないで。」
「っ………!」
矢萩ちゃんはさっきまで気付いてくれて少し嬉しそうな顔だったけど、今私がズトンと下に叩きつけてしまったらしい。表情がまた強く強ばった。
「ごめんなさい……。」
「はーちゃん!」
今度は、呼び止められても振り向けずに教室を去っていく。
あ、忘れ物取るの忘れた。
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