君はだれ?

 拓真に声をかけられてから、1ヶ月。もう、夏の匂いが消えかけている8月。


 私はもう悩んでいなかった。今日もまだ暑い日差しが照っている放課後のテニスコートは、引退前の大会を一週間後に控え、さらに熱気がこもっていて、私もそちらに集中していた。


「もう、いいよね。私が首を突っ込むことじゃない……。」


もうじき矢萩ちゃんと拓真はまた付き合い始めるだろう。矢萩ちゃんは私のことをもう想ってないだろうし、意外にもモテる拓真がもっと積極的になれば、2人がくっつくのは時間の問題だろう。


「どうしたの、ブツブツ独り言を言って。」


テニスコートのベンチに座る私の隣に腰掛けたのは鈴木光星すずきこうせいくん。男子テニス部に入っていて、今日は女子テニス部と合同練習だった。ちなみに彼は、拓真の親友である。


「いや、別に……。」


「いーや、何もなくないだろ。」


「ほんとに何でもないから!心配しないで!……。」


もう終わったことだから。ベンチから立ち上がって小さく呟いた私の言葉は、光星くんには聞こえなかったらしい。なぜか困った顔をしてこちらを目で追っていた。


「小村、入りまーすっ!」  


そして、レシーブ練習を無我夢中で繰り返した。




 ねえ神様、なんで私のことを見捨てるんですか?私、何か罰を食らうほどの悪いことをしましたか?


 なんで私の目の前に矢萩ちゃんがいるのですか?


 あんだけもう関わるのやめようって心に決めたのに。


「何?」


「私、やっぱり晴海ちゃんのこと諦められないの!前のこともちゃんと反省してるから……、ごめんなさい。……友達でもいいから、私の、隣にいてくれませんか?」


部活終わり、忘れ物に気づき教室に取りに帰ると、中にいた矢萩ちゃんとばったり出くわしてしまった。黄昏時のオレンジに包まれながら対峙する私たちは、もう友達とは言えまいだろう。ただ、そこにまだ関係があると信じこんでいるであろう彼女がいるもんだから、ややこしい。


 もう私たちの関係はないはずよね?


「ごめん、もちろん、好きでいてくれるのは嬉しいけど、ダメよ。矢萩ちゃんにはもっといい人がいる。それに、矢萩ちゃんといるのとき、私、胸が苦しくて、重くて、なんだか疲れるの。自分が申し訳なく思えて……。ごめんなさい、やっぱり私たちの想いの差が開き過ぎてるから。じゃ。」


嘘じゃない。これは、嘘じゃない。私はずっと申し訳なさも感じていた。それが憎しみに変わって、憎悪の糧になって、自分は悪くない、って言い聞かせてたから。


 後ろを向いて、帰ろうとする。だが、腕を引っ張られ止められた。振り返ると目をぎゅっとつむった矢萩ちゃんがいた。


「ねえ、覚えてないの?」


「何を………?」


「それとも、覚えてないふり??」


眉尻を下げ、困った顔で私を見つめる彼女。瞳が湿っているような気がした。その表情を見ると、なんだか複雑な気持ちになって……


「何が?!」


ちょっと怒って私の腕にしがみついた手を振りほどいた。


「ねえ、」


「……」


「はー、ちゃん。」


「え?」


「はーちゃん、いつから、そんな風に……!」


「はーちゃん……」


「はーちゃん、昔みたいに」


矢萩ちゃんは次に願うように私と対峙した。


「昔みたいに、笑ってよ……!」


ざわざわ…………さわさわ。









「あーちゃん…………?」

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