第27話『仲直り』

 セレスの屋敷の前で、静かに佇む二人が居た。言うまでもなく、俺ことアルキバートと師匠である。


「着きましたよ、師匠。さっさと中に入ってください」


「……アル。ここまで連れて来てもらって悪いけど、やっぱり――」


「はいはい、早く入ってください」


 未だごねている師匠の背中を押して、無理に屋敷に押し込んだ。表情を不安の色に染める師匠の横を歩き、共にセレスの部屋の前まで向かう。着いた頃には師匠も覚悟を決めたのか、目の色を変えていた。


「セレス。師匠を連れてきたぞ」


 一拍の静寂の後、扉がゆっくりと開かれた。扉を開けた張本人であるセレスは、師匠と同じように決心した表情をしている。いつにもまして真剣そうな雰囲気だ。


「じゃあ師匠。後は頑張ってください」


「「え?」」


「俺は何処かに行ってるんで」


「「なんで!?」」


 二人して驚く様を見て逆に俺が驚きそうになった。コイツ等、思考回路がシンクロしてるのか。


「アル兄、残ってくれないの?」


「なんで残んなきゃならんねん」


 目を見開いて訴えてくるセレスに鼻で笑って返す。これは、先も言った通り『仲直り』。ならば、話し合い、分かり合い、そして共に歩み寄らなければ成しえないだろう。


 そして、その場に第三者がいること等あってはならない。その者がたとえ、家族であったとしても、だ。


「仲直りはアンタ等で勝手にしろ。場は用意しただろうが」


 そう言い捨て、二人に背を向ける。立ち去る意思を堂々と見せて、二人の元から離れた。俺なんていなくとも、アイツ等ならきっと『仲直り』はできるから。


 *


「仲直りはアンタ等で勝手にしろ。場は用意しただろうが」


 そう言い捨てて、アル兄は私たちの前から消えた。それは、私たちに対する信頼の表れなのか。はたまた、私たちに対してもう付き合いきれないという、落胆の表れなのか。


 それらのどちらかなど、判断して確認するまでもない。そんなもの、どうせ前者に決まっているのだから。


「――セレス、すまなかった」


 横から、声がかかった。見れば、そこには腰を折り、こちらに頭を下げている師匠の姿が映る。突然の事に、慌てて師匠の頭を上げさせた。


「あ、頭を上げてください師匠! 師匠が悪い事なんて何も――」


「いや、今回の件については全面的に僕に非がある。僕がもっと早く君に真実を明かし、師弟ではなく親子として接していられれば、君を悩ませる事もなかった」


 頭を上げ、真っ直ぐこちらを見つめる師匠と目が合った。酷く澄んだ目をしていて、アル兄が『真性のお人好し』だと普段から言っていた理由がなんとなく分かった。


 それに比べ、自分はどうなのだろうか。昔からずっと、師匠のようになりたいと願ってきた。強く逞しく、時に優しい。そんな大人になりたいと願いながら、日々鍛錬を続けた。


 そんな私の願いに、師匠は答えようとしてくれていたのではないか? 私の理想を崩さない為に、虚勢を張り、見栄を張って、私の理想の師匠を演じ続けた。この人は、そういう人だったのではないか?


 そうだと分かっていたから、アル兄は師匠の弱さを知っても狼狽えず、悩まなかったんだ。きっと、そうだ。


 なら、妹である私もそうでなくてはならないだろう。


「私の方こそ、申し訳ありませんでした」


「え?」


「師匠の優しさにつけ込み、私の理想像を師匠に押し付けてしまっていました。全ては、師匠の強さを疑わずに、ただ考えなしに日々を過ごしていた私の責任です。師匠は、何一つとして謝罪すべきことはありません」


「な、なにを言ってるんだ! そんなわけないじゃないか!?」


 師匠と同じように、頭を下げて謝罪する。頭上から裏返った声が聞こえ、その声に反応するように顔を上げた。


「セレスはただ、僕に対して勘違いをしていただけだ! そんな君を、一体誰が責めるというんだ!」


「ふふっ、アル兄には酷く叱られてしまいました」


「それはアルの性格が悪いからだよ! セレスが気にする必要はない」


 アル兄の名前を出した途端に顔を顰める師匠に思わずまた笑ってしまう。アル兄の性格の悪さには私も思うことはあるが、その性格の悪さに助けられた事も一度や二度ではない。


 それに、アル兄が根っこからの性悪ではない事も知っている。だから私は、彼と過ごす時間が好きだったのだから。


「あのさ、セレス」


「はい?」


 先程までの顰めていた顔を真剣みの帯びた表情に戻して、師匠は私の名を呼んだ。


「もう、僕らは師弟の関係には戻れないだろう。けれど、親子の関係になら、なれるかもしれない」


「――――」


「それを踏まえて、君に聞きたい。セレス、僕の事を父親だと、認めてはくれないだろうか」


 私の目を見つめたまま、師匠は言った。こちらに手を差し出し、私がその手を掴む事を待っているかのように師匠は静止している。


 私に、この手を取る資格があるのかどうかは、分からない。私は正直、この手を取る資格なんて私には無いと思っているけれど。それを言うときっと、またあの性悪な兄に叱られそうな気がした。


『周りを頼れ』


 兄は、私にそう言った。多分私は、たとえこの手を取ったとしてもすぐに師匠を父親だと認識する事はできないだろう。ならば、頼ってもいいのだろうか。

 師匠を家族だと認識する為に、みんなに協力を仰いでもいいのだろうか。アル兄に、頼ってもいいのだろうか。


『お前が何かに迷って、悩んでるって言うんなら、俺が相談に乗ってやる! 俺が何とかしてやる!』


 あの時、らしくもなく大声を上げて私を助けようとしてくれた兄を思い出す。そうだ。私はきっと、この先もずっと悩みを抱えて生きていくことになるけれど、自分には少なくとも一人、相談に乗ってくれる人がいるのだ。


 未だこちらを見守り続ける彼の手を取り、ほんの少しばかり微笑んで、


「私の方こそ、どうかよろしくお願いします。――お父さん」


 お父さんは、泣きそうな顔で笑っていた。


 

 


 

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