第26話『最高の嫌がらせ』

「アル兄……」


 か細い声で、不安そうな表情で扉から出てくるセレス。いつにもまして頼りなさげなその様子に、笑いそうになってしまったのは内緒だ。


「頭は冷えたか?」


「うん……」


「そうかい。なら、早速お前の悩みを聞き届けようじゃないか」


 扉を通り、セレスの部屋へと入る。室内は女の部屋とは思えない程殺風景で、必要な家具以外は存在していない空間だった。そんな室内の中央を位置取り、その場で腰を下ろし胡坐をかいて座る。


 俺の対面にセレスが正座するように座り、身を縮こませていた。


「で、一瞬師匠にカッとなってしまい暴言を吐き散らかしてしまったが、怒りが風化してしまった今、師匠になんと謝れば良いのか分からない。って事で良いのか?」


「な、なんで分かったの!?」


「兄貴だから」


 嘘、今まで築き上げてきた危機察知能力のおかげである。


 セレスの思考回路を予想して出した答えは、どうやら正解だったようだ。俺も腕を上げたもんだな。絶対に磨かなくていい技術だとは思うが。その技術を毎日のように活用させるのだから、セレスも厄介な奴だ。俺の唯一の天敵である。


 観念した様に溜息を吐き、セレスは静かに話し始めた。


「私、師匠の事をずっと目標にしてたんだ。だから、驚いたし、悔しかったし、悲しかった。私の目標が偽りだったなんて、信じたくなかった」


 表情を曇らせながらも、セレスは話し続ける。


「だから、凄く怒っちゃって。師匠に対して凄い汚い事を言っちゃったんだ。捨てられた私を育ててくれた、大切な恩人だったのに……」


 いつの間にか、セレスは目尻に涙をためていた。いつ零れてもおかしくないその涙を見て、咄嗟に声を上げてしまった。


「泣くなよ」


「え?」


「泣くんなら、師匠と仲直りしてからにしろ」


 呆然とするセレスを置いて、立ち上がり宣言する。


「今のお前にできる事は、師匠と話し合って誤解を解くことぐらいだろ」


「ちょ、ちょっと待って! まだ、心の準備とか――」


「そんなもん、俺が師匠を連れてくるまでに済ませとけ!」


 セレスの部屋から飛び出し、屋敷を抜け出して冒険者ギルドへと向かう。王都を駆けている途中で、道に迷う年寄りを見つけた。


 無視する。


 チンピラに絡まれた女の子を見つけた。


 無視する。


 全ての面倒事を無視し、王都の広場へと向かった。セレスなら、助けるんだろう。そうやって全部助けようとして、全部抱え込もうとした結果があの様だ。ほとほと呆れるな。


 そうやってお前が落ち込む度に、俺がどれだけの労力をかけてお前を立ち直らせてると思ってるんだ。面倒ばかりかけやがって、いつか必ずこの借りは返してもらおう。


 だから、アイツには正常で居てもらわなくては困るのだ。


「俺にしては、中々に早い帰還だったな」


 辿りついた冒険者ギルドの建物を前に、俺は静かに息を切らした。


 *


「師匠! いますか!」


 ギルド内に飛び込み、息つく間もなく師匠を探す。辺りを見回し、それらしい人物を見つける為目を見開いて首を回した。


「そんなに大きな声を出さなくても、聞こえているよ。アル」


「師匠! 返事が遅いですよ?」


 怪我を負っていた腕は治療を終え、完治していた。それなのにも関わらず、どこか浮かない表情をしている師匠を不思議に思いながらも、やるべき事を優先し師匠を連れ出そうとした。


「師匠、さっさとセレスに話をして説得を――」


「もう、いいんだ。アル」


 師匠は、諦めたように苦笑していた。最後に見た真剣な表情とは打って変わり、いつも通りの頼りない様子の師匠を訝しげに思い、声を上げた。


「もういいって何すか? 何がいいんすか」


「多分、セレスには何を言っても意味はないと思うんだ。例え、説得に成功したとしてもセレスの目標が偽りだった事に変わりはない。なら、無理に説得して関係を続けるよりも、今のまま疎遠になっていった方が両方にとっても良い事だと思うんだ」


「は? 何言って――」


「アルキバートさん」


 らしくない事を言う師匠に戸惑いを隠せずにいると、横から声をかけられた。振返ったところに立っていたのは、ザンキースとその他大勢の冒険者たちだった。真剣な面持ちで、ザンキースを中心としてそこに立っている彼らは、どことなく申し訳なさげな様子を見せていた。


 ザンキースが、静かに口を開いた。


「僕等も、御師匠さんの意見に賛成です」


「あ?」


「セレスさんと御師匠さんは、ハッキリ言ってもう修復できない仲にあると思います」


 表情を変えずに、ザンキースは断言した。不躾な言葉に、一瞬で頭に血が昇る。


「おい、てめえの勝手な判断で何決めつけてんだ。死にてえのか」


 噛みつくように罵声を飛ばすが、ザンキースは真顔のまま言葉を紡いだ。


「御師匠さんの言った通り、セレスさんの目標が偽物であった事に変わりはありません。そして、セレスさんが今の今まで御師匠さんを慕っていた理由は、御師匠さんの事を自身以上の強者だと信じていたからです。故に――」


 淀みなく紡がれていたザンキースの言葉は、強制的に止められた。主に、とある男から発せられる怒気によって。


 そう、俺である。


「悪いが、時間がないんだ。てめえに言いたい事は山ほどあるが、後にしといてやる」


「あ、ちょ、アル!」


「ついて来てください、師匠!」


 師匠の腕を掴み、無理矢理ギルドから連れ出してその勢いのままセレスの屋敷へと向かう。引っ張るように師匠を連れて走り、先に駆けた道を逆走する。


 その最中、師匠から疾走を止められた。


「あ、アル! ちょっと止まって!」


「あ? なんすか!」


 とある一方向を指差し、師匠は言った。


「あそこに、困ってるお婆さんがいる。助けないと!」


「ああ、はいはい。後にして下さいよっと」


 どうでもいい事だったので師匠の連行を再開した。「ぐえっ」っと間抜けな声を出した師匠を横目に眺め、思わず苦笑する。そして確信する、やはりこの二人の『仲直り』は可能だと。


 確かに、師匠と弟子の関係にはもうなれないだろう。けれど、親子にはまだなれる。なぜならこの二人は、思っていた以上に似た者同士で家族なのだから。


「絶対に逃がしませんよ、師匠」


 目を丸めてこちらを見る師匠に、不敵な笑みを称えて告げた。


「あの疫病神の面倒を俺一人で見るなんて、絶対にごめんですからね!」


「あれ? もしかしてセレスを手助けする理由ってそれ?」


「ええ!『兄貴だから』とかいう格好つけた理由よりも、よっぽどしっくりきた!」


 一気に呆れた表情になり、俺を見る師匠。何故呆れたのかなんてのは、言うまでもない。その理由が、呆れるほど俺らしかったからだ。それを自覚し、口元に笑みを称えて、またもや俺らしい言葉を吐いた。


「これは、俺がアンタ等に送る最高の嫌がらせです!」


 


 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る