第25話『兄ならば』

「お前、今なんつった?」


 眉間に皺が寄り、握り拳が自然と力む。頭に一瞬にして血が上り、怒りが感情を支配する。


「師匠の事を詐欺師つったのか!!」


 再び胸倉を掴み上げ、スキルを発動する。スキルが暴走し、周りの人間にも影響を与え始める。何人かが気にあてられて倒れていく中、セレスは尚も澄ました顔をしている。


「実際、そうだよ。その人は私たちを騙して自分を強者だと信じさせた。でしょ?」


「違う! 手前てめえが勝手に勘違いしてただけだろうが。責任転嫁してんじゃねえよ!」


 視線が交差する。セレスは冷淡な瞳で俺を見据え、手に握る剣を手放しはしない。そして俺は、怒りに身を任し目を血走らせるばかりで、武器も携帯していない。


 もし今、俺も師匠と同じように切りかかられたら打つ手がない。だからといって引く訳にもいかない。


「アル兄。なんでそこまで、その男の事を信じるの?」


「この人が師匠で、親だからだ。俺とお前のな」


「そう……」


 それだけ言って、セレスは去っていった。一先ず、修羅場は乗り切ったといっていいだろう。だが、事は何も解決していない。血が上った頭も、暫くは冷えそうもない。


 どうしたもんか。


「アルキバートさん」


「あ?」


 声のかけられた方へ振り返ると、一人の男が立っていた。ガタイの良い、体験を背負った男だ。そして、どこか見覚えがあった。


 自らの記憶を探り、そして見つけた。初めて冒険者ギルド《ここ》に来た時、俺に罵声を浴びせたあの男だ。


「ああ、お前か。また、俺に何か文句でも?」


「その節は申し訳ありませんでした。あの、ここで会ったことについてお話しておいた方がいいと思いまして。師匠殿は先に治療をしておいた方がいいでしょうし」


 チラリと横目で師匠を見る男を前に、俺も師匠の方を見る。腕にある傷は血が止まっているとはいえ軽傷ではない。ならば、早く治療した方が良いのは確かだ。


 男に同意し、師匠を彼の仲間である治癒師ヒーラーに任せ、冒険者ギルドを後にした。歩きながら、彼の話を聞いた。


「申し遅れましたが、俺の名前は『ザーキンス』と言います。大剣使いです。セレスさんには、前に一度助けてもらって――」


「そんな話はどうでもいい。あそこで何があったのか、早く話してくれ」


 未だ苛つきが収まらず、言葉が刺々しくなってしまう。だが、ザーキンスはそれを気にする様子もなく冒険者ギルドで起こったことを話し始めた。


 セレスがギルドからの依頼を終え、ギルドへと戻ってきた時に偶然師匠も居合わせていたらしい。それから暫く談笑していた二人だったが、ある時師匠の方が「大事な話があるんだ」と話を切り出した。


 そこで、師匠は自らの弱さを明かした。それをセレスが信じる訳もなく、また受け入れられる訳もなかった。


 そりゃ、そうだ。アイツは今までずっと師匠を追ってここまで強くなったんだ。そんな憧れが幻影だったなんて、そう簡単に受け入れられるもんじゃない。


 そして、アイツは強硬手段に出た。師匠に決闘を申し込み、師匠の強さを確かめると言い始めたらしい。その結果が、アレだったわけだ。


「なんつうか、馬鹿だな」


「馬鹿、とは?」


 ザーキンスは首を傾げて聞き返してきた。


「馬鹿は馬鹿だよ」


 ザーキンスは再び首を傾げていた。それからはセレスの王都での活躍を聞いた。


 曰く、歴史上最年少でSランク冒険者に到達。それからも活躍を続け、今やSランク冒険者の中でも頭一つ抜けた実力を誇っている。加えて、オルグランデ剣術大会での準優勝を評し、『剣聖』の二つ名が与えられた天才剣士。


 と、まぁ相変わらずの化け物っぷりを垣間見せるセレスの英雄譚に顔を引き攣らせた。


「今の王国で、セレスさんに敵う人なんていませんよ」


 どこか尊敬を宿している瞳をもって、ザーキンスは断言した。


「そうかい。なら、なおさら俺が叱ってやらなきゃな」


「はははっ、セレスさんを怒らせるのだけはやめてくださいよ? 手が付けられなくなりますから」


「知ってるよ、そんなの。だから行くんだ」


 ザーキンスは、またも首を傾げた。


 どうでもいいが、コイツ首傾げてばっかりだな。少しは自分で考えろやボケっ。


 *


 場所はセレスの屋敷。扉が固く閉ざされていたが無理矢理突破し、セレスの引きこもっている部屋へと訪れていた。まぁ、部屋に着いたは良いものの、中に入れてもらえてないのだが。


 ま、あれだけ喧嘩した後なら当然か。俺も怒りが完全に収まっている訳ではないしな。そして、セレスが頭を冷やしているという都合の良い展開もなく。


「セレス、出てこい」


「やだ」


「駄々こねんな、出てこい」


「やだ。アル兄こそ、出てって。ここは私の屋敷、主人の命令は絶対でしょ?」


「おう、出せるもんなら出してみろや」


 セレスの苛ついている雰囲気が扉のこちら側にまで伝わってくる。それに気圧される事なく、セレス相手に強気になれているのは果たして何故だろうか。俺には分からない。


「お願い、今は一人にして」


「そうか。なら、俺はお前への嫌がらせとしてここに居座っていてやるよ」


「っ……!」


 息を吞む声が聞こえた。扉の向こう側にいる少女は、確かに狼狽えている。セレスを説き伏せるのならば、今こそ絶好の機会なのだろう。そして、その機会を逃す程、俺も甘くはない。


「セレス、前にも言ったはずだぞ。悩みがあるなら周りを頼れってな」


「……これは、私の問題だから――」


「だから、その手前てめえの問題ってのを解決するために、周りにいる奴らに頼れって言ってんだよ」


 悩みを抱えて、部屋に引きこもった妹。そんな妹に、世の兄達はどんな言葉をかけるのだろうか。どんな言葉をかけるのかは知らないが、きっと正しい言葉をかけてやれる兄なんてのは存在しない。


 だからといって、悩みを抱えた妹を放っておく兄も存在しないのだ。それがたとえ、血の繋がっていない生意気で厄介な妹だったとしても。


「でも、私の問題に周りの人を巻き込むのは駄目だからっ」


「それで、てめえは一生その問題とやらを抱えて生きていくってのか? 何も解決できずに、有耶無耶にしたまま?」


「…………いつか、気にしなくなるからっ!」


「んな内気な生き方、妹にさせてたまるかってんだよ!!」


 妹が、妹らしくなかった。それは、彼女の成長なのか。それとも、彼女が置かれている環境が、その在り方を強要させているのか。


 前者ならばよし。だが、もし後者なのだとしたら――


「俺が、解決してやる」


 嗚呼、らしくない。


「お前が何かに迷って、悩んでるって言うんなら、俺が相談に乗ってやる! 俺が何とかしてやる!」


 この俺が、あのセレスを助けようとするなんてのは、本当にらしくない。とんだ笑い話だ。


「だから、出てきてくれ。セレス」


 一瞬、静寂が空間を支配した。扉の向こうで、セレスがどんな表情をしているのか、どんな感情でいるのかは分からない。それが、途轍もなく不安だった。


「……どうして」


 か細い声で、セレスは言った。


「どうして、そんなに私を助けようとしてくれるの?」


 そんなもん、俺が聞きたいよ。俺は他人を助けるというより、陥れる側だというのに、な。本当にらしくない事をしていると、自分でも思うさ。でも、何故それをしているのかと聞かれると、明確な答えは出せない。


 だが、もし答えを出すのだとしたら、それは恐ろしいほど単純な答えだ。俺が、セレスを助ける理由は――


「俺がお前の兄貴だからだ」


 ゆっくりと扉が開かれる音が聞こえた。


 












 


 


  

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