第24話『事件』

 アリアと別れ、突如として懐に現れた金貨十枚を活用し王都を歩き回った。まぁ、普段は出来ない食べ歩きをするだけだが、田舎者はそれでも楽しいものなのだ。


 そんな風に時間を潰していると、気づいた時には空は紅に染まり、日は地に沈もうとしていた。楽しい時間が過ぎるのは早い。そして、その時間が過ぎてしまう事は俺が目を逸らしていた問題を不可避のものとする事と等しい。


 そう、セレスとの合流である。


「アイツ絶対怒ってる。本能がそう言ってるんだ」


 あ、鳥肌立ってる。


 *


 場所は冒険者ギルド前。時間は夕方、依頼を受けた冒険者たちが仕事を終え、祝いの晩餐会でも開いていそうな時間である。にも拘らず、ギルド内から聞こえてくる声は無く、静寂とした空気が広場にも広がっていた。


 うん、入りたくない。


 が、入らねばなるまい。セレスが居るのはここでほぼ確定だ。屋敷には居なかったし、未だ依頼を達成しておらず、帰ってきていないなら話は別だが。どちらにしろ、入らねばならない事に変わりはない。


「行くか……」


 扉を開け、冒険者ギルドへと入る。ギルド内はやはり、多くの冒険者で溢れていた。酒場は冒険者やならず者たちが占領している。とは言っても、どんちゃん騒ぎが起きている様子は全くない訳なのだが。


 さて、この異様な空間は何なのだろうか。


「ま、十中八九アイツのせいか……」


 静寂の中心、人々が目を向ける方向へ己が目もその視線を追って辿り着いた先に、金髪蒼眼の少女と茶髪の頼りない男の姿があった。問題は、片方の男が切り傷を負わせられている事か。


 そして、もう片方の少女は片手に剣を握り、その刃には血が付着している。致命傷では決してないが、軽傷でもない。これが他人事ならまだ良かったのだが、あいにくと人生そう平凡にはいかないようだ。


「――セレス」


 その場にいた人々の視線が一斉にこちらに向けられる。鬱陶しい視線の雨に打たれながら、件の二人組の下へと歩み寄ろうとした。


 その時、セレスの様子が明らかにおかしい事に気づき、進む足がぴたりと止まった。


「セレス。俺の目がおかしくなければ、今の状況はお前が師匠に剣を振るい怪我を負わせたように映るんだが……。それで正しいか?」


「……」


 返答はない。こちらにゆっくりと振り向いたセレスの瞳は、どこか暗く、危うげな様子を秘めているように見えた。


「おい、セレス。流石に悪ふざけじゃ済まねえぞ」


「……」


 語句を強め、問い詰める。されど、返答は無かった。


「――セレス!!」


 怒気を放った。心の底から湧き上がる烈火の怒りに身を任し、身に刻まれたスキルに魔力を流し、発動する。


 いつもよりも濃密な気を放てているように思えた。スキルの成長に合わせて、人生で感じた事のない程の自らの怒り。これでセレスが反応しないようなら、もう打つ手はない。


 だが、


「――アル兄」


 それは杞憂に終わった。


「セレス。何故こんな状況になったのか、説明を――」


「嗚呼、良かった。やっぱりアル兄は、本物だ」


 突如として瞳を輝かせ、抱き着いてきたセレスに一瞬恐怖を感じたのは気のせいだろうか。いや、今はそれよりも――


「師匠!」


「あっ……」


 セレスを振り払い、座り込んでいる師匠の下へと駆け寄った。腕に刻まれた綺麗な一筋の切り傷から、止まる事無く血が流れ出ている。


「早く止血をっ!」


 焦る俺の姿を瞳に映し、師匠は苦笑する。


「はっ。情けないところを、見せちゃったね」


 そんなもん、とっくのとうに見飽きてんだよ!


 その言葉を発する事無く、自らの服を破り師匠の負傷部分へときつく巻き付ける。クソ、あの時ポーションを与えちまったのが恨めしい。


「もう、大丈夫だよアル。血は止まってくれたみたいだ」


 師匠の左腕に巻かれた赤く染みた服は、どうやら包帯としての機能を果たしてくれているようだった。これで、応急処置は済んだ。後は、治癒師かポーションでも買ってくれば傷は完全に塞ぐ事が出来る。


 だが、その前に聞かなければならない事がある。


「三度目だ、セレス。この状況の説明をしろ」


「……」


「てめえ――!」


「アル、いい。僕から話すよ」


 セレスの胸倉を掴んだ俺の手を師匠が制止し、話し始めた。


「まず、こうなった原因は、そうだね……今まで騙してきた事のツケってとこかな」


「あ?」


「つまり、話したんだよ。僕の秘密を」


 師匠は柄にもなく真剣な眼差しで、俺を見ていた。そう、昨夜のあの時のような、真剣な目で。


「僕が弱いという事を話した。それだけさ」


 師匠は、吹っ切れたような表情で語りだそうとした。それを――。


「アル兄。その人の話なんて聞く必要ないよ」


 それを、セレスが遮った。


「あ? 手前が話さねえからこうして師匠が話そうとしてんだろうが」


「うん、そう。でも、アル兄は知らなくても良い事だよ」


 淡々と、セレスは言う。抑揚なく話すセレスの姿は、全くもってらしくないものだった。普段の天真爛漫な彼女からは、とても考えられない。


 そして、今になってようやくセレスに恐怖を抱くようになっている俺は、全くもって俺らしいな。


「アル兄、前に言ってたよね。詐欺師は嫌いだって」


「……ああ、言った」


 詐欺師は嫌いだ。人を不幸にする嘘を吐き、平気で他人を地獄の底へと叩き落していく。


 ふざけんな。そんなことしていい生物は地球上でたった一人、俺だけだ。


「なら、その人の事も嫌いになった方がいいよ」


 セレスは、今も片腕を抑え座っている師匠に指差し、言った。


「その人、詐欺師だから」


 


 







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