第23話『ここで会ったが百年目』

「ここで会ったが百年目、とはこういう場面で使うんだろうな」


 因縁の相手だなんて言うには程遠いチンピラ共を前に、ふと極東の慣用句を口にする。極東の文化にそれほど深く触れた覚えはないが、件の妹弟子のせいで中途半端に極東の文化を知ってしまっていた。


「なっ!? お、お前は!」


「お? 覚えてんのか、嬉しいね」


 表情を驚愕の色に変え、狼狽える男に笑みを浮かべて話しかけた。


「ってことは、俺にされた事も覚えてるわけだ。そうだろ?」


「あ、ああ。しっかり覚えてるぜ。手前てめえにしてやられた事までバッチリとな!」


 男は顔を怒りの形相に変え、いきなり喚き散らし始めた。そのうるさい騒音に耳を塞ぎ、今も尚捕まっている金髪の少女をちらりと見やる。


 損傷はないようだ。ならば、前のようにここから走って逃げだすという手も使えるが、それだとコイツ等はまず懲りる事はないだろう。また、誰か別の女性が被害にあうかもしれない。


 それは別に構わないが、コイツ等を調子に乗らせておくのも癪に障る。ともなれば、コイツ等を根本から捻じ伏せてやらねばならない。


「俺の得意分野だな」


「何をぶつぶつと言ってやがる!」


「なんも言ってねえよ」


 苛立ちを高まらせる男を前に頭を掻きながら答える。尚も喚き散らすこの男に苛立ちを感じ始めているのは俺も同じ。故に、さっさと終わらせるのが最善だ。


手前てめえから受けた屈辱は今も忘れられねえ! 今日は手前を半殺しにして――」


「黙れ」


 発動するは【気迫】。発するは殺気。


 空気を凍らせ、恐怖を与え、そして男を黙らせた。固まったチンピラ共に近づき、脅すように言い放つ。


「今回までは見逃してやる。次は、ねえぞ」


 直後、青い顔をしてその場から走り去ったチンピラ共を見送った。スキルを解き、凍った空気を緩ませる。緊張感で満たされていた大通りはようやく本来の活気を取り戻したのだ。


 今現在、俺が奴らに与えられる最大限の恐怖を与えてやった訳だが、それなりに効果はあった筈だ。湧き上がっていた怒りが一瞬で風化してしまったあの男に、もう悪さをする気力が残っているかは定かではないが。


 これで未だに悪さする気力が残っていたなら、敬意を抱いてしまうところだ。


「さて、報酬を頂きたいのですが?」


「相変わらずがめついわね」


 先程まで安堵した様子を見せていた金髪の少女は、俺が話しかけた瞬間ジトッとした目を俺に向ける。


「助けてやった恩を仇で返す気か」


「分かってるわよ。ちゃんと渡すから急かさないで」


 少女は懐から手のひらサイズの小さな袋を取り出し、そこから一枚ずつ金貨を取り出していく。慎重に枚数を間違えないよう数えていくその姿は、まるで初めて買い物に来た子供のようにも見える。


 うん、じれったい。


「別に数枚多くても気にせんぞ?」


「それだと私が損するでしょうが! 馬鹿!」


 言いながらも遂に数え終えたのか、少女は懐に袋をしまい、金貨が丁度十枚乗っている手のひらを見せてくる。それも、綺麗な三角形を描くように置かれていた。


「几帳面なのか?」


「このぐらい別に普通でしょう」


 少女は真顔で言った。ここまで丁寧に生きていると人生疲れ切ってしまいそうで少し心配だな。この少女は将来我らが師匠のような苦労人になってしまうかもしれない。


 そう考えると、この金を受け取るのも気が引けるなぁ。


――と思いながら、少女から金貨十枚を受け取った。


 報酬だからね。貰わなきゃ損だ。


「そういえば、貴方名前は?」


 別れの挨拶に持ち込もうとする前に、あちらから名乗りを求められた。嫌な予感もするし、あんまり名乗りたくないのだが。


「そういうアンタは誰なんだ?」


「質問に質問で返すなんて、躾がなってないわね」


「アンタみたいな間抜けを助けてやったっていうのに、俺に教養が無いと?」


「だ、誰が間抜けよ!」


 お前だ。


「はぁ。私は、そうね……『アリア』でいいわ」


「ってことは、本名じゃねえわけだ。訳ありか?」


「察し良いわね。ま、そういう訳だから呼ぶ時は『アリア』でお願い」


 アリアは偽名を使う事に慣れている様子だった。さらっと偽名を使うその度胸にも驚きだが、これはアリアが偽名を使うべき存在であるともいえる。


 初めは商人か何かの娘かと思っていたが、これは貴族である可能性も出てきたな。今のうちに媚でも売っておくか。


「アリア。また何か困ったことがあったら、この俺に言えよ。いつでも駆けつけるぜ!」


 拳を握りしめ、ぐっとガッツポーズしてみせた。ついでに歯を見せて笑い、キラッとした印象をつけるのも忘れずに。


「胡散臭っ」


「んだとコラ!」


 やはり、このような反省を活かせないような奴とは相容れないようだ。これが頭脳の出来の差か。


「で、結局貴方の名前は何ていうのよ」


「ああ、俺は――」


 そうして名乗りを上げた時、アリアの目が軽く見開かれたように見えたのは、きっと気のせいであろう。


「アルキバートだ」

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