第28話『謝罪』

 セレスの屋敷の庭園。もはや訓練場と化している庭園で、柄にもなく剣を振っていた。それは、意識を剣へと集中させる事でセレスと師匠への関心を薄れさせる為でもある。


 正直言うと、めっちゃ盗み聞きしたい。アイツ等がどういう過程で仲直りするかの興味はあるし、少しばかり心配でもある。また師匠がセレスの機嫌を損ねでもしたら俺の頑張りが泡と化して消えるからだ。


 それを思うと気が気でもいられなかったので、今こうして剣を振っているわけなのだが。


「やっぱり、木剣の方が手に馴染むな。さっさと真剣にも慣れておかねえと」


 前に一度、魔物に殺されかけたばかりなのだ。もう二度と戦いたいとは思わないが、強くなっておく事に損はない。何事も思い通りにはいかないと、そんな当然の事をあの時思い知れたのだから。


「っと、どうやら話は一段落したみたいだな」


 師匠とセレス、二人の気配が動き出したのを感じ取り、素振りを中断する。額に流れる汗を腕で拭い、二人の元へと歩いて向かった。庭園近くの廊下で鉢合わせし、セレスの様子を見て『仲直り』が成功した事を悟る。


 俺の観察眼もよく成長したもんだ。


「案外早かったな。あんなに悩んでたのが嘘みてえだ」


「うん。周りに頼っていいんだって、誰かさんに教えてもらったからね」


「そうかい。ま、良かったな」


 適当に返すと、セレスは満面の笑顔で頷いた。それから、師匠の方を見る。セレスとは違い落ち着いた様子だったが、それでも先の様子よりは立ち直っているのが分かった。


「師匠、って呼ぶより親父って呼んだ方がいいっすか?」


「どちらでもいいよ。アルはどっちの僕でもいいだろうしね」


「じゃ、いちいち呼び名変えるのも面倒なんで『師匠』で」


 そういうと、師匠は少し残念そうにしながらも頷いた。


 なんじゃい、親父って呼んで欲しかったんかい。


「で、これからどうすんだ?」


 二人の方、主にセレスの方を見て問うた。そんな俺の言葉に、セレスは迷う事無く答える。


「まずは、みんなに謝らなくちゃいけないと思う。色々と迷惑かけちゃったから……」


「そうだな、まずは俺に謝ってほしいところだけどな」


「うん、そうだね。それじゃ、いこうか」


「師匠? 話聞いてました?」


 危うく【気迫】を発動しそうになったところを何とか抑えながら、三人で冒険者ギルドへと向かった。ギルドに居た冒険者たちにセレスと師匠は平謝りして回り、そんな二人に対して冒険者たちが狼狽えながらも返答するという面白い事態になっているところを内心笑いながら見ていると、ふと、横から声をかけられた。


「アルキバートさん」


「――んだよ、またお前か」


 声のした方に振り向くと、そこにはザンキースとかいうウザい男が立っていた。この一日で何故か交流の増えたコイツの顔に思わずため息をつくと、ザンキースも困ったように苦笑した。


「で、何の用だ? まさか、まだセレスと師匠の関係修復は不可能だ、なんて言う気はないだろうな」


「今のあの二人を見て、そう思う人はいませんよ。もちろん、私も含めて」


 睨みを利かせながら言うと、ザンキースは二人の方を見ながらそう言った。それから俺の方を見て、なにやら真剣な顔をした後、綺麗なお辞儀をしてみせた。ザンキースのその様子に、眉間に皺が寄るのを感じながら、


「何の真似だ」


「今回の件、本当に申し訳ありませんでした」


「お前に謝られるような真似、された覚えは無いけどな」


 謝罪の言葉を述べるザンキースを横目で見る。その顔は苦汁をなめるような表情になっているのが分かる。


「あの時、私は知ったような口を利いてセレスさんと御師匠さんの関係を修復できないと、断言してしまいました。もしあの言葉が本当に聞き入られてしまっていたら、この光景はあり得なかった」


 本当に申し訳ありませんでした、とその後にもう一度ザンキースは頭を下げた。何度も頭を下げられるのは一般的には気分が良いものではない。俺は気分良くなるが。


「鬱陶しいからもう止めろ。それに、あの時お前がセレスと師匠の事を考えて意見を出してくれたってのは、なんとなく察してるからな。あの二人の事を案じてくれてありがとうって感謝は、一応しておいてやるよ」


 気持ちは全くこもってないが。


「――アルキバートさんは、強いですね」


「は?」


 ふと、呟くようにザンキースは言った。その言葉に半笑いで返す。


「はっ、俺のどこを見てそんな風に思ったのかは知らねえが、戦った事もねえ奴にそんな事言うもんじゃねえぞ」


「いえ、貴方は強い。力や技の事ではなく、精神の強さです」


「なら、余計にだろうが。長く付き合ってねえと相手の精神の強さなんてのは測れねえよ」


「――ふっ、そうでもありませんよ」


 否定に否定を重ねるように言葉を紡ぐが、ザンキースはそれを小さな笑いで否定した。


「貴方は人を許す強さ。そして人を信じる強さを持っている。それは、多くの人々が得ようとしても得られないかけがえのない強さです。力や技のような見せかけの強さとは違う、真の――」


「それ以上戯言をほざくな。俺は、冗談に応じるほど気の良い奴じゃねえよ」


 次々と分かりやすい世辞を吐くザンキースの言葉を遮り、不満を示すようにより一層眉間に皺を寄せる。そんな俺の表情を見て、またもザンキースは小さく笑った。

 それからザンキースはセレスと師匠に挨拶をしてから、ギルドを去った。どこか吹っ切れたような様子を見せていたザンキースをセレスは不可思議に思っていたみたいだが、声はかけていなかった。


 師匠とセレスの謝罪会は無事終了し、時刻は既に深夜に差し掛かろうとしている。皆への謝罪を終えた二人と合流し、共にギルドを出る。


「謝罪会が長すぎっすよ」


「謝りたい人が多かったから、仕方ないね」


「まだ、一人謝ってない奴がいるでしょ」


 そう言って、俺は自分の事を指差した。そんな俺の様子に師匠とセレスは目を合わせ、笑った。何笑ってんだコイツ等?


「そうだね、アルには沢山助けられたから。言わなきゃいけない事があるね」


「うん! 私もアル兄にまだ言ってなかった事があるの!」


 セレスと師匠は次に言う言葉を合わせるように、せーのっ、と小さくかけ声を上げる。そして二人は、俺に向けて誠意のこもった謝罪の言葉を――


「ありがとう、アル!」

「ありがとう! アル兄!」


 満面の笑顔を俺に向けて、二人はそう言った。


 

 


 



 


 






 


 


 

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