13話

 父ファータに背中を押されたアルスは元気よく行ってきますの返事をして、意気揚々と騎士達の遠征の列に入っていった。

 ファータはこの様子に、ついに息子が遠い旅。という訳では無いが、夢に見ていた国の為に出て行くという事に感動を覚えていた。

 ただ微笑みながらアルスを見送った。


 未開拓地へ到着するまでの道中、階級の低い騎士達は緊張の表情を持って、一言も話さずに隊列を歩くが、遠征に慣れているアルスより先輩に当たる騎士達はゆっくりと歩きながら、隊列からは外れずに、適当に雑談していた。


「今回の遠征はさっき隊長が言ってたアルスが肝らしいぜ? なんたって剣から炎を噴き出すとか」


「剣から炎? 着火剤か何かか?」


「いや、それが刀身の根本からグオォ! ってさ。どんなのか楽しみだな!」


「わざと苦戦でもしてやるかぁ?」


「そりゃ良いな! ガハハハ!」


 アルスの魔法の力については上層部には渡ってはいるものの、全体的に公開されたわけではない。

 というか、あまりの脅威的な力は、全体公開するべきではなく隠すべきだと判断されたくらいに拘らず、上層部以外に先輩の騎士はそれを知っていた。

 アルスはその騎士らの言葉に静かに耳を傾けながら疑問を浮かべるが、これでも尚、やはり期待されているのだなとアルスは心を躍らせていた。


 そうして一日の野営を済ませて、翌日の昼頃に漸く、例の未開拓地に到着した。

 未開拓地は鬱蒼とした深い森の中に有り、その深緑と生えている木の量からして、正直に言えばかなり視界は悪かった。


 遠征の隊列はそこで一旦止まり、先導していた隊長が作戦の再確認をする。

 上等兵は階級上がったばかりの騎士を前後で囲うようにして立ち、切り札のアルスは隊の先頭で隊長と一緒に歩く。

 それが今回の作戦である。

 そう隊長は作戦をもう一度言うと、アルスに声を掛ける。


「じゃあアルス。例の力を全員に見せてくれ。俺も噂には聞いていたが実際には見たことが無いんだ。

 お前がどれだけの力を身につけたのか。これからの作戦にどのような影響を与えるのか。ここ目で見て、ここで判断したい」


「え、今ですか?」


「あぁ、今だ。お前も知っての通り、入隊してから十二年間もずっと二等兵だったんだろ? どうやってそんな力を身につけたのかは知らんが、これからは魔物との命の取り合いだ。

 お前を切り札と考えている以上、不安は残したく無いからな」


「わ、分かりました……」


 何故今なのか。力を見せる暇など到着する前に何度もあっただろうに。なぜ直前になって言うんだ。と、少しだけ疑惑を感じるアルスだが、隊長の言う不安も一理あるため、戸惑いながら隊長の言うことに従う。


「では少し熱いので離れていてください……焔の剣!!」


 アルスは隊の人間を少し離れさせてから叫ぶと、アルスが腰から引き抜いた鉄剣の刀身の根本から勢いよく炎が噴き出す。

 それは側からみれば、事前に塗った着火剤が引火した。というより更に勢いが強く。

 剣自体に細工したのかと思えるほどに、強烈な炎だった。

 そうすれば炎は一瞬で治まり、アルスの持っていた鉄剣の刀身を赤く光らせる。


「これが、僕の力。焔の剣というものです。この刀身には決して触らないでください。僕も一瞬だけ触れたことがありますが、一瞬で手の皮が焼き爛れる程でした。

 もし間違いや軽い気持ちで刀身を握るでもすれば、容易にその手は焼け落ちるでしょう」


 アルスはその技がどれだけ危険で、強力なのか。体験談と一緒にその脅威性を簡単に説明する。

 それを最も近くで見ていた隊長は、焔の剣によって一気に周囲の気温が上昇するなか、一人冷や汗を掻いていた。

 まさかこれ程までとはと。


「ふむ。よく分かった。ならば、その力を実戦でも存分に使ってくれ」


「……はい! わかりました!」


 アルスが焔の剣を発動した直後は、その隊にいた騎士たちは皆引いたり、表情が明るい人間は一人もいなかったが、アルスはそれでも自分は信頼されているのだと疑うことはなかった。


 そうして、森の中の探索を開始。

 道中で猪や狼型の魔物に何度か会ったが、隊にいた騎士たちはアルスより遥かに場数を組んでいるおかげか、特にピンチになることはなく順調に調査が進む。


「順調だな。本当に巨大生物なんているのかねぇ?」


「は、もしかしたら斥候の奴らビビって幻覚でも見ちまったんじゃねぇか?」


「それもあるな! ギャハハハ!」


 そんな話し声を道中、アルスは聞けば確かにと思うところもあった。

 巨大生物という斥候からの情報はあったが、何かの見間違いという可能性もあるからだ。斥候部隊というからに、しっかりと訓練はされているのだろうが、幻覚を見ない訳でもないのだろうとアルスは考える。


 しかし、騎士達の笑い声とアルスの考えは次の瞬間に掻き消える。


「グオオオオオォォォォォ!!!!」


 突如、森とその空気を震わせるほどの轟音とも呼べる獣の声が木霊する。

 声は風となり、アルスの隊の周囲の木々が小刻みに揺れる。

 こんな声は今まで生きていて聞いたことがある人間は数少ないだろう。隊の士気はその瞬間に一気に地に落ちる。


「おいおいおいおい……なんなんだよ今の声は……巨大生物ってマジだったのか? 隊長! これはマジでやべぇよ! 早く撤退の許可をくれ!!」


 だが、そう叫ぶ一人の騎士の声は隊長には届かなかった。

 隊長は今の咆哮で足が竦み、動悸は激しくなり、正常な判断が既に出来なくなっていた。


「はぁ……はぁ……バカな……今の声はなんだ……? 撤退? だがまだ獣の正体が分からない……姿をこの目で見てから……だ。じゃないと」


 そこでアルスは隊長の肩を後ろから強く叩く。そうこのため自分は此処にいるのだと自負しながら。


「隊長!! 僕に任せて下さい! 全員を撤退させて、僕が囮になります!!」


 隊長はその声を聞いて目を見開く。そしてゆっくりと首をアルスの方へ向ける。

 だが隊長はそれでもアルスの言っている意味が分からなかった。いや、アルスの発言があまりにも馬鹿らしいと思っていた。


「何を言っているんだお前は……今の声を聞かなかったのか? 囮なんて必要ない。撤退はしよう。だが正体を確認するだけで良い。我々はこの森を調査しに来ただけだ。

 いくら切り札だとしても、お前の命をそう易々と無駄には出来ない……」


 だがアルスは隊長の行くなという命令を拒否し、自分の命を使えと。隊長の目を真っ直ぐみて伝える。


「いえ、使うべきです。僕は今まさに。この時のために生きているんだと思ってるので。正体なんて確認した所で逃げられる保証なんて無いんじゃないですか?」


「くっ……そこまで言うなら止めても無駄ってやつだな。分かった囮をお前に任せる────ッ」


 隊長は必死に悩むが、アルスの真っ直ぐとした瞳に負け、大きく頷いてアルスの目を見つめ返す。

 そしてアルスに囮を託した。筈だった……。


 一体獣はどこからアルス達の場所を見つけたのか。隊長はその瞬間に、アルスの視界から消えることさえも気づかせないほどの速さで、隊長は肉塊へと変わった。


「え……? 隊……長?」


「グオオオオオォォォォォ!!!!」


 あまりにも一瞬の出来事でアルスは隊長が吹き飛んだ方向を見て、原型のない肉の塊を見て、数秒間それが隊長であると理解出来なかった。

 だがそれが改めて隊長だと分かれば、アルスの心に得体の知れない恐怖が込み上げてくる。


「あ……あぁっ!? そんな……嘘だろ? もっとはやく……ッ!」


 アルスは腰を抜かして、地面に尻餅を突くと、ゆっくりと視線を上へ上へと移す。

 目の前には鼻息を荒く吹かせる猛獣。人型で剛毛の体長八メートルはある巨体の背中が見えていた。

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