14話

 「うわああああああ!!??? ば、化け物だああああ!! アルス!? 何してやがる! 早くやれよッ!!」


 隊長が一瞬にして形の無い物に変わったことで、最早部隊は一撃で分裂する。

 冗談だ、幻覚だと思っていた化け物が本当に現れたことに、そしてその化け物が予想以上の怪物だということに。

 その場にいた全ての騎士が阿鼻叫喚に混乱する。


 その中で尻餅をついていたアルスを騎士は見ればアルスに叫ぶ。

 切り札が何尻餅ついているのかと。


「……!? 僕がこの化け物を? はぁっ……! はぁ……っ! うわぁアアアアァァァ!! 化け物めこっちだ!! 僕を倒してみろおおおおぉ!!」


 アルスは騎士達に叫ばれ、酷く混乱するなか、怯えながらも叫ぶ。

 隊長は死んでしまったが、切り札である自分さえも怯えては、この隊の全滅は免れないと。だから声が枯れる勢いで叫び、獣を挑発する。


 そうすれば兎に角後方へ走り、獣を誘導しようとする。

 しかし獣はその程度で騙せるほどに知能は低く無かった。

 アルスは走ってすぐに来ているかどうかを確認すれば、その時怯えていた騎士を持ち上げ、アルスの目の前で騎士の身体は食いちぎられた。


「やめろやめろやめろやめろ! ぎゃあああああっ!!!」


「クッッッソ!! なら此処でお前を倒す!!」


 アルスは刀身が赤く光る焔の剣を構え、深く深呼吸する。そうすれば不思議と精神は落ち着く。

 それは《勇者の闘志》が発動しているからだった。自分よりも大きく強い敵と対峙する時、普段の限界を超えて身体能力が上昇する。

 そこに精神状態の沈静化も含まれていた。


「焔の剣ッ! うおおおおお! 食らええええ!!」


 アルスの剣から再度激しい炎が噴き出す。そしてその炎の勢いをそのままに、アルスはまだ背後を向いている獣に向かって走り、獣の片脚、膝裏を本気で斬りつける。

 そうすれば、容易に切断までは行かなかったが、剣が獣の肉体に食い込んだ所から、さらに炎の勢いを増して、その肉を内側から焼こうとする。


「ガァッ!? グガアアァ!!」


 獣の反応を見れば確かにダメージは入った。

 しかし、獣はすぐにアルスの方へ向き直り、すぐさまアルスを片手に握り込むように持ち上げれば、咆哮を上げながらアルスを近くの木に向かって投げ飛ばす。


「がっは……!?」


 豪速球とも呼べるスピードでアルスは背中を硬い木の幹に強打する。

 骨が一瞬でバラバラ砕ける音が響き、あまりの衝撃に大量の血を口から噴き出す。

 だが、そうすることで《諦めない心》が発動する。


 獣の一撃で確実に死んだ。それほどのダメージを負っても尚、幹からずり落ち、地面に激突するアルスの身体は急速に回復を始める。


「こんなところで……死んでたまるかあ"あ"あ"っ!! 僕は全員生きて帰らせるんだ!!」


 もう既に隊長と一人の騎士が絶命した。だがアルスはその既に死んだ騎士も含めて全員と数え、自分の決意を叫ぶ。

 例え死んでしまったとしても、遺体を遺族の元へ帰すと考えながら。


──────────────────

隠し条件達成:スキル進化

条件:最終目標へ至る道を発見する。

進化したスキル:焔の剣

──────────────────


 その時、アルスの中で何かが弾ける。ステータス内に置いて、隠し条件が達成した訳だが、アルス自身はそれが分からないものの、直感で何かが変化したことを感じていた。


 そして静かにアルスは知らない言葉を吐く。


「焔の剣・燦爛さんらん……」


 そう言えば、アルスの燃え上がる剣の刀身が狐の尾のようにゆらゆらと揺れる。炎そのものになる。


「これで燃えろ……化け物めええええ!」


 全身が回復してから立ち上がると、獣の前に立ち、炎の剣を振り上げて一撃。続けてそのまま振り下ろして二撃目、次に獣の体を水平に斬るように三撃目。

 また斜めに切り上げ四撃目。そして最後に斜めに振り下ろし五撃目で、炎が激しく獣の肉体から噴き出す。


「グガアアアアア!?!?」


 獣はあまりの灼熱に叫び声を上げるが、絶命には至らない。全身燃え上がり、火達磨になりながらも、暴れて周囲の腰を抜かす騎士を薙ぎ飛ばす。

 その一振り二振りでも騎士達は簡単に消えていく。


「やめろおおおぉ! 燃えろ! もっと燃えろおおぉ!」


 アルスの剣はもう一度燃え上がり、ゆらゆらと炎が揺れる。 

 その時、初めてアルスの身体に脱力感が一瞬だけ襲う。

 そうしてアルスはもう一度獣に五連撃。


 これによって獣の体毛は全て焼き尽くされ、焼け爛れた赤黒い皮が露出する。

 それでもまだ絶命には至らない。また、騎士達が吹き飛ばされ、食われていく。


「まだだ……もっと僕の剣! 燃えてくれええええ!!」


 まだ全滅では無い。一人でも多く助けなくては。という一心でアルスは剣を両手で持ち正面に構えて叫ぶ。

 そうすればまた剣は燃え上がるが、アルスに強い立ち眩みを与える。だがアルスは両足を地面に付けて踏ん張れば、獣に五連撃を与える。


「グギャアアアアアア!!!!??」


 皮は全て燃え、肉もまた燃え上がり、所々骨がみえるまでになり、またまた部隊の数が減る。

 まだ倒れないのか。早く倒れてくれとアルスは懇願する。


「早く倒れてくれよおおおおおぉ!!」


 恐らくこれで最後だろう。次の炎で獣の全身を焼き尽くし、灰にさせることが出来る。そう信じて、もう一度剣を燃え上がらせた時、次はアルスに激しい立ち眩みて頭痛を与える。この痛みは一体なんなのだとアルスは疑問に思うが、その激痛に耐えながら、最後の剣を振るう。


「うおおああああああ!!」


 最後の五連撃。ついに獣は大きな断末魔をあげ、火達磨になったまま倒れ伏せる。


「グガアアアアアァァァァァ……!!」


 その頃には既に森は火の海と化しており、時々、燃え尽きた木がアルスの目の前に焼け落ちる。

 こうして遂に獣を倒したが、アルスは虚な瞳となって、知った。

 部隊は全滅したと。どこを見ても全て大量の血と肉から散乱しており、最早誰の骨が誰のものなのか分からない。

 アルスは静かに立ち上がり、骨と肉をかき集めて、辛うじて判別できる物を別々の袋へと詰めていく。


 最後に獣の証拠になる身の丈程の大きさもある骨を切断して、肩に担いだら、アルスは静かに森を後にした。


 森を出て、部隊が作っていた野営で一人で休み、朝に出発。そうして漸くアルスはセレクリッド王国に到着した。

 その大門前にはアルスの父ファータが帰りを待っていた。

 ファータはアルスの無事の帰りを喜び、遠くから大声を上げて、迎えようとしてアルスの元へ走る。


「おーいアルス! 帰って来たか! って……」


 だが、アルス以外に他の騎士が一人もいないこと。アルスが父の声を聞いても、俯き虚な瞳をしていることに、気がつきすぐに足を止め、目の前に立つ。


「アルス……? 他のみんなは?」


「僕以外、全員全滅した……。これから遺族に遺体を返しに行くところだよ……」


 ファータはアルス背後にある複数の革袋を見て、アルスの言葉を照らし合わせれば、全てを察する。

 するとファータは大きな体でアルスを抱き寄せる。


「お前はよく頑張った……きっと向こうではとても恐ろしいことがあったんだろう。とても辛いことがあったんだろう。

 そして、どんなに力を振り絞っても、思い通りに行かなかったんだだろう。

 でも俺はお前が生きていて本当に良かった。お前は本当によく頑張った」


 虚な目で力無く抱き寄せられるアルスは、父でも知らない絶望に対する、父の気遣いに更に表情を暗くする。


「父さん……僕は弱い。誰も助けられなかった。誰も守れなかった……。もっと、もっと強ければこんなことにはならなかったかも知れない……。

 だけど、やっぱり僕は強くなるなんて出来ないんだ。僕がやっと昇級できた理由は、この力に目覚めたことがきっかけであって、僕の実力では無い……」


 アルスは両手で顔を覆い、誰も守れなかった悔しさと、力を過信していた自分に怒りで震えながら続ける。


「僕はこの力を過信していただけで、この力は神様が僕に一瞬の夢を見させるためだけに与えてくれた力なんだ……!

 でも僕はこの力が無くちゃ強くなれない。どんなにどんなにどんなに努力しても、力が付いたことは一度もない!

 こんなんじゃ……強大な力を得て、調子に乗った子供みたいだ!!

 僕は頑張ってなんかいない。頑張れていないんだ! 僕は───ッ!」


 いくら努力しても弱く、力の無い者が力を得ても力に振り回されるだけで、ずっと弱かったアルスは、力を手に入れても弱いのは変わらない。

 だから、仲間を死なせ、守ることが出来なかったと嘆く。

 しかし、そう最後にアルスが怒りと悔しさで自分の弱さを決めつけようとした時、ファータはアルスの両肩を掴み、しっかりと対面すると、アルスも驚く程の声量で怒鳴る。


「アルスッ!! 俺はお前が弱いのは、聞き飽きれるほどに知っている! だからもう俺の前で弱音は吐くな!! お前らしくないぞ?

 お前は一体何のために、俺と稽古して、騎士団に入隊し、ずっと訓練してきたんだ? 

 そんな力を手に入れるためか? その力を使い慣れるためか? 違うだろッ!」


 そう精一杯にアルスに向かって怒鳴り上げた後、ふうと一息付いてから穏やかな表情になってから続ける。


「いつまでも嘆くんじゃ無くて、もう一度自分を見つめ直せ。何のために強くなろうと頑張ってきたのかを。

 お前が目指している夢は、なにがきっかけなのかを思い出せ。

 その仲間の遺体と遺品は俺が代わりにぜんぶ返して来てやる。

 だからお前はもう帰って休みなさい……」


 ファータは、アルスが遠征先でなにがあったのかは知らない。だが、いつまでも弱音を吐いて嘆くアルスの姿が見ていられずつい怒鳴り上げる。

 しかしそれを聞いたアルスは、ただ驚いた表情して固まる。父が突然怒り出したことではなく、父が言った言葉にである。

 そうして最後の遺体の届けに関しては、アルスは譲らなかった。


「……父さん。僕も遺体の届けだけは一緒に行くよ。実は、僕は部隊の中でも少し引かれていたんだ。絶対に誰も見たことがないであろうその力にね。

 でもだからといって、僕一人だけ嘆いて家に帰るつもりはない。失った命は責任を持って遺族に届けないと。

 そしてありがとう父さん。僕は力を手に入れてから、力に溺れていたんだ。

 でもこれからは違う。僕はこの力を自分の物にする。そしてそれを国のために、民のために使う。全員を必ず助けるなんて我儘はもう言わない。自分の全力を持って、夢を目指すことにするよ」


「そうかアルス……。なら一緒に行こう。でも、終わったら今日はしっかり休め。これに反対したらもっと怒るからな……!」


 自分の力を過信し、溺れるのではなく。自分の力の限界を知らずに我儘言うのではなく。自分が得た力を自分の物に。全て目指している夢のために使うと決意したアルスにファータは笑顔になる。

 少し望んでいた答えとは違うが、一度外れた道をもう一度見つめ直したアルスに、ファータは、心配していたことが解けたように穏やかな表情になる。


「分かったよ。行こう」


 こうしてアルスは、自分の目指していた夢を、さらに確かな物へと変えた。

 "夢"ではなく、"道"として見直すことを決めたのだった。

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