12話

 いつまでも怠らない訓練の結果、推尉まで一気に昇格したアルスは例え政府の駒になると分かっていても、遂に来た任務に心を踊らせる。

 そして暖かな光を灯す燭台によって薄暗く照らされたセレクリッド王国の地下会議室にアルスは行く。


 アルスが会議室に来た頃には既に多くの騎士が集まっており、全員が木の椅子に腰を掛けていた。


 見渡せば誰もが二等兵の時に見た質素な装備ではなく、より実戦を想定されているかのようなしっかりとした作りがされた鎧を纏っていた。


「よし、全員集まったな。これより、未開拓地域調査任務の作戦会議を始める。この中の兵士には、昇格したばかりの兵士もいるかも知れないが、それも踏まえて既に大体の作戦は決めてある。初任務に死にたくなければ良く聞け!」


 会議室の最奥で大きな地図を壁に貼って、作戦の説明をする隊長騎士が大声を上げる。

 それにつられてアルスは大声で敬礼する。


「はっ!」


 が、だれもアルス意外に敬礼する者は居なかった。あまりの真面目さに隊長もすこし戸惑いながらも説明を再開する。


「お、おう。分かったから座れ……。さてとだ。まずは事前にこちらで決めている作戦だ。今回は未開拓地域の調査任務だ。つまり誰も入ったことが無く、未知の魔物や地形のある場所の調査となる。

 ただ完全初見ではなく一応斥候は潜ませており、斥候の情報によると中には正体不明の巨大生物がいる模様だ。

 そして作戦についてだが階級の高い者が前衛と後衛に分かれ、低い者を前後で囲うような形成を取る。

 それと巨大生物についてだが、今回は切り札を用意してある。

 それはお前だ……アルス」


 隊長は一つ咳をしてから会議室の椅子に座る一人。アルスを指差す。

 一体切り札とはなんのことなのか。ただ正体不明巨大生物に対する切り札と言われたアルスは少し嬉しさを感じていた。まだ国にこれと言った貢献はしていないものの、切り札と言われ頼られている気がしてならなかった。


 アルスにとって頼られるとは、目指している夢の中の一つで、正確に言えばこれは夢が叶ったとは言えずとも、ずっと弱いと蔑まされてきたアルスにはこれ以上にない嬉しさがあった。


 指を指されたアルスはまるで信じられないとでも思うような表情で静かに立ち上がる。


「え? 僕ですか?」


「そうだ。お前は最近二等兵から推尉という驚くべき飛び級をしたそうだな? 上から期待の目で見られているぞ。どうやら特殊な力を持ってるそうだな? それもこの辺り魔物なら一撃で倒せるほどの」


 隊長のアルスの力のことをいう言葉に会議室が騒めく。セレクリッド王国周辺の魔物は自警団や民兵にも相手できるほどの弱さだが、決して簡単に倒せるものではない。

 強いて言うなら隊長が言う一撃で倒すこそ歴戦の戦士とかでなければまず不可能。


 さらに今まで弱者だったアルスが急になんらかのきっかけで強くなったとしても、魔物を一撃で倒すなど考えにくいからだ。


「え!? は、はい! 特殊な力を持っているのは確かですが……そのことはまだ誰にも言っていないはずですが……」


「なるほど。隠すつもりだったほどに強い力なのだな。ではそれを実戦で存分に使うと言い。無理なら撤退も考えているから安心しろ」


「え……?」


 アルスは確かに力を持っている。しかし、それがバレているかと思いきや隊長はそれを完全には把握していないことに、逆に何故期待するのかアルスはただならぬ疑惑を感じた。


「という訳で今回の作戦は筆頭のアルス推尉が中央に、それを囲うようにして先に言った編隊をし、未開拓地の調査をする。

 作戦会議は以上だ。何か質問はあるか?」


 そこでまたアルス一人が立ち上がり、質問する。今回の作戦会議を開いた隊長がアルスの力の程度を十分に把握していないのも気になるが、それ以上にアルスはそんな人間から期待されているという事実に心酔し始めていた。


「僕は中央に立つと言っていましたが、具体的にどのような動きをすれば良いのでしょうか?」


「あぁ、今回の作戦はお前がほぼ中心と言っても過言では無いからな。存分に力を振ってくれとはそういう意味だ。

 少しでも調査をスムーズに進めるために、魔物と遭遇したら片っ端から片付けるつもりだが、もし隊員が苦戦するような場面が有れば、遠慮なくお前が蹴散らせ」


「なるほど……了解しました」


 遠慮なく蹴散らす。そんな言葉にアルスは自分自身が想像以上に期待されているのだと確信する。

 そうこの炎の力があれば、大抵の魔物などほぼ一撃で燃やし尽くせるのだから。


 そうして作戦会議が終わり、隊長の解散の合図で多くの兵士がぞろぞろと地下会議室を出て行く。

 アルスは期待されていることに関して、今まで訓練を怠らなくて良かった。やっと自分が認められる時が来たんだ。だからこの期待に応えられるように頑張らなければ。


 と一人で意気込んでいると、アルスを残して会議室を出て行く兵士達に一瞬嫉妬の目で見られることもあったが、一部は期待の目もあった。


「よっアルス。俺はエルト。二等兵から推尉ってすげぇなお前! 何階級飛びだよ。まぁ、今日はよろしくな! 期待してるぜぇ?」


「あぁ!」


 アルスは元気よくその期待の声に応えた。


 そうして全員がセレクリッド王国の大門前に集まる。これからついにアルスも待ち望んでいた遠征。

 これが騎士の作戦行動だとしても、国から遠くに離れることは、旅に出るのとアルスは同等だと感じていた。


 すると大門前にアルスの父、ファータも見送りに来た。


「アルス。これはお前がいつまでも諦めずに鍛錬を続けた成果だ。

 先輩達の話を良く聞いて、自分の力はどこで使うべきかを正しく判断し、存分に力を出してこい!」


 父ファータはアルスの両肩に手を置き、遠征しに行くアルスを見送る。

 アルスが夢を持ち始めてから十二年間の稽古と騎士団で訓練してきた八年間。それらは決して無駄ではなく、むしろアルスがいつか正式に騎士団の一員になることの予期だったのかも知れないとファータは考える。


 だからファータはアルスに強い口調で、アルスの背中を押した。


「行ってきます! 父さん!」


 しかしこれが騎士団史上最悪の悲劇を起こすなど、この中で誰一人とも知る由は無かった。

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