十一月十九日 2300 あさゆきの霊抜き

約七か月前、兄である山洋が俺と【せとゆき】に浴びるように酒を飲ませ、酔い潰れた隙に【ニシノ】の元へ向かい霊抜きを行った。今思えば、置いていかれたくないと毒を吐く俺にしがみつかれないために山洋が考えた作戦だったのだろう。実の弟に対する仕打ちとしてはあんまりではないだろうか。勿論、翌朝に俺は他の兄たちと【ニシノ】に文句を言った。だが、返ってくるのは「山洋の気持ちも解らなくもない」という言葉と態度。俺の味方は一緒に酔い潰された【せとゆき】ただ一人だった。




 三日前、【護衛艦あさゆき】が三十三年に及ぶ役目を終え佐世保の海を去った。しかし、その【艦霊】である朝々は三十五年の生涯を閉じることなく【道】に留まっていた。なぜこんなことになっているのかというと、退役し艦番号を消し終え【道】に帰ってきた朝々に俺がしがみついて「いくな」と言ったのだ。朝々はそれを了承し、【座敷童サノ】にその旨を伝え、なおかつそれが許可された。その時の【道】の隅々にまで衝撃が走ったことは言うまでもない。

「それでは、【3900トン型護衛艦くまの】の進水を祝しまして、乾杯!」

「かんぱーい!」

今日の昼に進水した新造艦を祝う宴席で、もう何度目なのかも分からない乾杯の音頭が取られる。そしてそれに何度でも応える【艦霊】たちは、主役である【くまの】を差し置いてすっかり出来上がっている。

「しまー、呑んでるかー?」

「朝々、呑み過ぎじゃないのか?」

「おう!もっと呑め!兄ちゃんが注いでやる!」

「話聞いてないな……」

朝々は俺のジョッキに遠慮無くビールを注いでいく。ちらりと隣を盗み見れば【せとゆき】は肩を竦め困ったような顔をして口を開いた。

「しま、諦めて付き合ってやれ」

俺がきゅうっと呑めば朝々は嬉しそうに頷き、まだ空いてもいないジョッキにビールを継ぎ足した。

「朝々、酔いすぎ」

「んー?酔ってないぞー!」

「酔っぱらいはみんなそう言うんだよ」

お返しに朝々のジョッキにビールを注いでやるとニンマリと笑い飲み干す。そして、また俺のジョッキにビールを注ぐ。

「呑みっぷりは現役だからな!任せとけ!」

もう、何杯目だろうか。酔いの回りきった気持ちよさとそれを上回る眠気に従い目蓋が閉じようとする。

「しま、寝るのか?」

朝々の大きな手が俺の頭を撫でる。いつもの乱暴な手つきではなく、幼い子供を慈しむようにゆっくりと撫でる。

「ごめんな」

目蓋が完全に落ちてしまう前に聞こえたのは寂しそうな声だった。

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