年末

 約十カ月前は夏休みにはいつも通り平和な日常が待っていると思っていた。だが、しかし現実は想像以上に厳しかった。日毎にくそウイルスの感染者は増加し経済は半分息をしていない。それでも、今日も時計の針は進み季節は巡り吐き出す息が白くなった。そう、ついに年末がやってきたのだ。

「それでは、本日の分担を発表する。餅つき部隊が【しまかぜ】【みょうこう】【ちょうかい】【いずも】【ひゅうが】【とわだ】と【支援船】が数名!【とわだ】以外の補給艦と【はしだて】がお節部隊、残りは掃除部隊だ。各々今年最後の任務に真摯に挑むように!」

【こんごう】が声を張り全体に伝えれば、【道】中の【艦霊ふなだま】たちが足並みを揃えそれぞれの持ち場へ向かう。年末の大掃除及び年始の準備は総力戦だ。


【餅つき部隊】

しまかぜ、みょうこう、ちょうかい、いずも、ひゅうが、とわだwith支援船


「えー、それじゃあとりあえず倉庫から臼と杵と餅つき機出しに行くぞ」

「おー」

【とわだ】が倉庫の鍵を手に餅つき部隊のイージス艦たちに声をかければ、体格のいい男たちが後ろに続く。この部隊は文字通り正月に向けての餅を搗くのだ。なお、蒸し器は厨房で全てがフル稼働中だ。イージス艦たちが倉庫から臼だの杵だのを出し台車に載せる。それなりの重さがある臼が軽そうに見えるものだから、警備艦とは喧嘩なんてできないと毎年思っている。厨房の外に三つの臼が等間隔に並べられ、【支援船】たちがビニールシートともろぶたを広げた。

「もち米は?」

「蒸しあがってる」

「杵は?」

「濡らした」

「臼は?」

「洗った」

「体力は?」

「有り余ってる」

「じゃあ、始めるか」

「おー!」

恒例の【艦霊餅つき大会】の開始である。

湯気の出るもち米を杵で体格のいいイージス艦が搗く。他の艦種よりも段違いで目のいい彼らは体力も十分にある。そうなると必然的に段々と搗くスピードが上がっていく。餅つきと言えば和やかな雰囲気を想像しがちな行事の一つだと思われるが、そんな雰囲気はひと欠片もない。それでも餅を返す手や臼の縁を搗くことなく、某奈良の高速餅つき屋の如く米粒を跡形もなく潰していく様子が毎年のことながら感心してしまう。今は暇そうにしている支援船もあと十数分すれば餅を丸めたり伸ばしたり大福にしたりと、ちょっと泣きたくなるくらいに忙しくなる。

「今年も戦場だなあ」

「【とわだ】、就役したての練習艦との訓練を思い出したら大丈夫だ。まだいける!」

「俺、警備艦ほどの訓練はしてないから。補給艦だから」

「そうか!」

もうすぐ第一弾の餅が搗きあがる。俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ。



「俺、イチゴ大福がいいなー」

「白あんないの?」

「醤油は?」

「お前ら、搗き終わってからにしろ!」



【掃除部隊】機雷艦艇編


「じゃ、それぞれ二階の部屋から下に向かって掃除していくぞ。例年通り小柄な【すがしま型】が天井裏の点検をするように」

「はーい!浦波ほなみちゃん、ところで【えたじま】は?」

「【えたじま】は【練習艦】たちの班だ」

「あー……厳しいとこだ、可哀そう」

「就役前だからな。もういいか?掃除はじめ!」

【うらが】の号令で【掃海艇】たちが一斉にラッタルを登っていく。端的に言えば二階建ての長屋のような形をしている【掃海屋敷】、その二階は【掃海艇】たちの居住区である。

「俺が脚立持ってるから角仁、上見てきてー」

「直、俺が兄ちゃんなんだけど……」

「兄ちゃんだからこそだろ」

「はいはい、それ俺の台詞だと思うんだけどなー」

角仁すみさとは天井板の一部を上げて角仁が天井裏に入っていく。年に一回しか入らないそこは埃の王国と化していて、入るなり角仁は盛大なくしゃみをした。反対側から入ってきている兄弟も同じようで暗闇の向こうから同じようなくしゃみが聞こえた。

「やっぱマスクって偉大だよな」

マスクとバンダナで口元を二重に覆いちょっとおしゃれなテロリストの装いで天井の穴の有無、ネズミの被害などをチェックしていく。

「やっぱり、何か所かは食われてんなー……おーい、そっちはどうだー?」

「あっ、すみちゃーん?ネズミの糞いっぱい!あとなんか箱見つけた!」

反対側から入ってきていたのは獅子仁ししまさのようだ。海を主戦場とする【艦霊ふなだま】とは思えないような素早い匍匐前進ほふくぜんしんで角仁の方に近寄っていく。

「なにこれ?」

「さあ?とりあえず明るいところで見てみよう」

「そうだな。直、降りるぞ!」

角仁が入った所から二人で脚立を降りる。

「あれ?獅子もこっちから出てきたの?」

「うん、直ちゃん、これ何か知ってる?」

「さあ?これ誰のだ?」

改めて見てみると箱は松の木箱であった。大きさも【掃海艇】が進水する少し前に作る自分の肩章を入れる棺くらいで、直仁なおのぶが言った通り誰かの者であることは明白だった。しかし、通常ならば表に名札が貼られているはずなのだが、この箱には付いていない。開けてみないことには誰のものか分からないのだが、勝手に開けるわけにもいかず三人で首を捻ることしかできない。

「浦波ちゃんとぶんぶんに聞いてみるか」

「そうだな、あの二人がなんやかんやで最年長だもんな」

誰かの棺を持ってラッタルを降りていく。

「ところで獅子仁、黒仁くろのぶは置いてきていいのか?」

「……忘れてた。多分。脚立の下で待ってる」

「声かけてきてやれ」

「りょ」

獅子仁が急いで元来た方へ帰っていく。角仁と直仁は一階で浦波と豊和の姿を改めて探しはじめた。




「浦波ちゃん!ぶんぶん!これ誰の!?」

「誰のだよ!」

「てか、どこにあったんだよ!」



【掃除部隊】練習艦班編


「今年初めてのやつがいるので最初から説明するぞ。去年も聞いたやつももう一回聞いとけよ。俺たち練習艦と艤装ぎそう中の艦は外の掃除だ。建物の玄関周りの掃き掃除から庭の草むしりまで何でもするんだ。ただし、庭の抜いていい草と補助艦艇の育ててるなんか貴重な草の見分けだけは十分に気をつけろ。分からん時はその辺の補助艦艇なり支援船なりを捕まえて聞け。支援船にはくれぐれも慎重に優しく接しろ。あいつらは俺たちと違ってそんなに丈夫じゃないからちょっとしたことでも致命傷になるからな。それでは各々担当の艦についていくように」

【せとゆき】が就役前の【艦霊ふなだま】を集めて号令をかける。【せとゆき】自身は【しまゆき】と共に【とうりゅう】【たいげい】の潜水艦コンビを連れて【道】中の植木を剪定していく予定だ。

「【とうりゅう】リヤカー持ってきてくれー」

「はーい」

「【とうりゅう】乗っていい?」

「【たいげい】重いから、ちょっとだけな」

潜水艦コンビが楽しそうに駆けていくのを【せとゆき】と【しまゆき】は高枝切りバサミを手に見送る。

「【しまゆき】寒くない?」

「着込んできたから、そんなに寒くない。今よりも年明けてからのほうが寒いらしい」

先日、最後の任務と航海を終えた【しまゆき】の体は他の【艦霊】よりも冷えやすい。作業服の下にシャツを着こんで手をすり合わせる姿は現世の人とあまり変わりが無かった。

「あいつら、リアカーどこまで取りに行ったんだ?」

「……帰ってこないな」


「ただいま戻りました!」

「すいません遅くなりました!」

「【とうりゅう】【たいげい】リアカーに乗ってるそれはなんだ?」

「ゆきだるまです!」

「掃除だって言っただろ!」



【掃除部隊】護衛艦&航空機編


「彰ちゃん、今年も高いとこからやっていこう」

加織かおりが彰にそう声をかけると、彰は応えもせずに靴下を脱ぎ棄てひょいひょいと屋敷の梁の上に登って行った。

「さすが航空機、身軽だな」

金剛かねよしが感心したように見上げていると、上から雪のように埃が降ってきた。

「こら!彰!人が下にいる!」

金剛が埃の降ってきた梁に向かって声を上げれば、埃はますます落ちてくる。

「遊ばれてるね」

「みたいだな」

加織と金剛が埃から逃れ隣の部屋に移ると、彰も梁を伝い移動し今度は隣の部屋に埃を降らせた。

「これ外に出るまでやられるのか」

「彰ちゃんだからね。そのうち飽きるよ」

そうしてまた隣に移動すると、彰も急いでやってくる。

「彰ちゃん!ちゃんと埃掃わないと掃除終わらないよ!」

加織が落ちてくる埃の元に言えば、彰がサルのような動作で梁からぶら下がり加織に埃で黒くなった足の裏を見せた。

「はいはい」

加織は彰の足を取り、当たり前のように拭いてやる。

「もういいよ」

加織が彰の足から手を放す。彰は再び梁に上がりハタキをふるい始めた。

「足、拭いてほしかったみたい」

「俺、あいつと二年前までどう付き合ってたんだろう……」

「頑張ってたねー」


「【こんごう】、餅できたぞ!ちょっとだけもらってきた!」

「でかした!きなこは?」

「残念!醤油だ!」

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