三月上旬 のとじまとすがしま

 現世で妙なウイルスが流行っているせいで【道】もすっかり厳戒態勢、補給艦による手洗い指導が徹底的に行われている。それだけならまだしも、除籍前で免疫の弱った【艦霊ふなだま】に移してはいけないと、周りが気を使ってくれてしまっているおかげで俺はすっかり暇を持て余していた、そんな時だった。

能仁のりひと!今年の花見はこれでするぞ!」

騒がしい兄がそう言って机の上に置いたのは半球形の鉢。その中には小さな蕾をつけた桜と藤が澄ました顔で根を下ろしている。木そのものが小さくてそれだけを見ればおもちゃのようだが、丁寧に敷かれた苔のおかげで、初めから自然とそこに生えていたかのように感じられる。つまるところは可愛らしい盆栽なのだが、この兄とは無縁の物だと思っていた。

「どうしたの、これ?」

「んー……ほら今、流行ってるんだって」

「コロナ?」

「ミニ盆栽!」

ちょっと食い気味に兄は答える。一瞬詰まったところを鑑みるに流行だけが理由ではないだろうが、言うつもりはなさそうなで放っておこう。なんて言うにしろ俺を気遣っているのは確かだ。

「ふーん、桜と藤って面白いな。これで何円するの?」

「【ニシノ】に言ったらくれた」

「そっか。【座敷童】ってこういうの好きだよな」

「まあ、ジジイとババアだしな」

「どつかれるぞ」

「今のオフレコな」

ニッと歯を見せて兄は笑う。寒の戻りで暖房の効きが悪い部屋に暖かい空気が流れる。改めて机の上に俺のためだけの小さな庭を見る。その中の小さな春の蕾を撫でれば、蕾は頷くように揺れた。

菅仁すがひと、ありがとう」

「どういたしまして」


  最後の春は暖かい。

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