三月十九日 2345 やまゆきの霊抜き

 ダメ元で頼んだ最後の晩餐もとい宴会は日付を越えようとしている今もなお騒がしく楽しく続いている。特に護衛艦連中はまだまだ呑み足りない様子で、補給艦に追加の酒を要求している。

「さすが体が大きいと飲みっぷりもいいなあ」

洋山ひろたか兄さんも結構飲んだでしょ」

「んー、あいつらほどじゃないな」

俺がそう言えば【まつゆき】は、酔いつぶれて意識朦朧としている弟【しまゆき】と【せとゆき】を見る。

「わざわざ周りを蟒蛇うわばみで固めて潰すってえげつないな」

二人の隣にいた【あさゆき】がえも言えぬ顔で俺の顔を見てくる。

「そうでもしなきゃ、別れ際にごねるだろ【しまゆき】が」

「【しまゆき】がな」

「【せとゆき】はついでだ」

「ついでかよ」

まだまだ元気な弟たちは笑いながら、ビールをジョッキになみなみと注ぐ。

「ほらもうそろそろ時間だろ。最後の乾杯な」

もう何回目かも分からない乾杯の音が喧騒の中に紛れていく。ぐうっと飲み干せば炭酸の心地よい刺激が喉を潤した。

「じゃあ、【まつゆき】【あさゆき】、いってきます」

「いってらっしゃい」

「気をつけて」

二人の肩を軽く抱いて別れの挨拶をする。今生の別れではあるが、しんみりとしたのは俺の性に合わない。

「さてと、【しま】【せと】兄ちゃん行くからなー」

そういって二人の頭を掻き撫でる。少々乱暴だがやられている弟たちも不満はないようで、うにゃうにゃと寝言のようなことを言っている。

「……いってらっしゃい」

「じゃあな」

皆に手を振り食堂を出る。付き添いは例に漏れず【げんかい】だが、霊抜きの行われる部屋まで移動するというだけなのだ。

「大げさだよな。ここの襖開けるだけだろ?」

「まあな。でも伝統墨守でんとうぼくしゅだ」

そう言って【げんかい】が襖を開ける。その先には【座敷童ニシノ】がいつもと変わらない様子で佇んでいた。

「【ニシノ】来たぞー」

「お前は本当に手がかからないな」

【ニシノ】はそう言って肩をすくめる。

「俺は優秀だからな」

「……そういうことにしておこうか。なあ、やまゆき」

【ニシノ】が優しい声で俺を呼ぶ。もうその名前は俺の名前ではないのだが【呼ばれた】から目で応える。

「楽しかったか?」


「もちろん!」


  暖かい春の夜。たくさんのふな乗りを育てた艦は、たくさんの人に愛されて旅立った。

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