五月十二日 すがしまとのとじま

「のと」

「なに?」

菅仁すがひとが俺の名前を呼んで隣に座る。机の上では盛りをすぎた藤が月明かりに照らされている。

「あと一ヶ月だな」

「だね」

菅仁は俺の肩に頭を凭れさせる。顔は見えないが、鼻をすする音が聞こえた。ああ、この人も耐えているのだなと思った。

「ひっつくなよ、気持ち悪い」

「別にいいだろ」

いつもなら文句を言いながらも離れるくせに今日ばかりは離れない。そして、肩が少し冷たい。

「しかたないな……すが、泣いてるのか?」

「……のとも泣いてる」

一番自分に近い人が隠しもせずに泣くものだから、自分の頬にも涙が伝う。拭おうにも手近に布はない上に、止めようと思えば思うほど止めどなく涙が溢れる。

「止まらないな。これ」

諦めて菅仁の手を取って袖で拭いてやる。菅仁は無抵抗で俺にされるがままになっている。鼻水はさすがに可哀想なので遠慮して、鼻をすする。俺が手を解放すると、しばらく黙っていた菅仁が意を決したように口を開いた。

「もうどっちの涙か分からなくなるくらい泣こう。そんでこれを俺達の最期の涙にしよう。俺もそう遠くない未来にお前の所に行くから、寂しがらなくていいぞ。向こうの情報収集は任せた。俺はどっさり土産話持っていくからな。そうしたらまた二人で泣こう」

ずっと考えていたのだろう事を、涙声で菅仁は綴る。お互いに、生まれた時のように、同じ日に竜宮に逝くのだと思っていたのだ。

「明日からは通常営業だぞ」

「分かってるよ」


今日はお前を置いていく現実を受け入れた日。

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