番外編 ああ、防災訓練

「お兄。ほら行くよ」

「めんどい」

「ダメだよ?地域の訓練なんだから」


夏休み。

玲は地域の防災訓練に兄と一緒に参加した。

鳴瀬家は町内会に入っており、防災担当だった。

子供だけの家庭であるが玲は地域の防災担当役員をしていた。


寝ぼけ優介にヘルメットをかぶせて広場に引きずって来た玲は、中学生のボランティア参加の太郎と百合子に兄を預けた。


「私は当番なの。お願いね」

「行け」

「行ってらっしゃい」


作業着服が勇ましい玲は、本日来てくれた消防隊の隊長にキリリと敬礼した。


「本日お世話になります!防災担当の鳴瀬玲であります!」

「どうも。熱いので気を付けましょう」

「はい!」


そうして駆け足で自分の班を確認した。

集まった地域の中で玲の担当は5班。

ここには近所の参加者が縦に並んでいた。

玲は先頭の太郎に点呼を命じた。




「番号!」


1、2、3、4、と続くが、途中で声が消えてしまった。


「何をしている!それでは逃げ遅れるぞ!背後から点呼で」

「はっ!」



鬼軍曹の檄。

杖付きの高齢者はやけに背筋を伸ばし声をあげた。

そして人数の掛け声が後方から一、二、三、四、五、と聞こえていた。



「6!」

「7!」

「8!」

「ひゃっく?」

「101!」

「102!」

「103!以上、103名です!」


「ありえんな……」


え?という先頭の真面目太郎に玲は顎をクイとした。


「後ろを見ろ。どこにそんなにいるんだ?」

「おかしいな」

「おかしいのはお前だ!前から点呼!」


そして順調に呼ばれて行った。


「1!」

「2!」

「3!」

「へックション!!」

「9?えと10!」

「11!」

「12!」


「待て待てストップ……」


玲は犯人に真面目にやるように指示をした。


「お兄のせいで点呼できないよ」

「わーったよ」


こうして無事に点呼できた玲たち各班長は、壇上で決めている町内会長の元に選手宣誓のようにぐるりと集まった。


「4班揃いました」

「よし!」

「5班揃いました!」

「よし!」


偉そうにしている町内会長にイラとしながらも班長たちは報告を終えた。


そして会長の長い挨拶。

これには班長の誰かが長いぞーとヤジを飛ばした。

味方の流れ弾が当たった会長のせっかくの挨拶はこうして短く終わった。



「それでは。我々5班も始めます!まずは地震体験です」


揺れる地震車に5班のメンバーは半分に分かれて参加することにした。

車の上の施設。優介は余裕で鼻歌を歌っていた。


「兄上はそこで良いのですか」

「ん?まあ、スタンディングでもいいくらいだけど?」

「危ないよ。優兄はここに座って!太郎さんが立ちなよ」

「いい?行くよーお願いします」


百合子は優介をしっかり座らせ、掴むところを教えていた。

しかし太郎は無防備に立たされていた。


「あわわわ」

「揺れる?揺れるな?おい!」

「アハハハ」


ガタガタの振動。

外から見ていた鬼の玲は訓練だからと震度を7にした。


「無理だ!助けて」

「おおおお!すげえ」

「アハハ!アハハハ!」


やがて止まった車から、太郎は真っ青の顔でふらつきながら降りて来た。


「しょうがねえな?肩かすよ」

「兄上殿。すみませぬ」

「世話が焼けるわ」

「さ。次は煙テントだよ」


大きなテントの中。

この中はスモークが焚かれ視界がゼロになっていた。

ただ入り口からまっすぐ入り、反対側から出るものだけだが、参加者は戸惑っていた。



「行け!5班の者たち!」

「優兄。手を繋ごう」

「おう!太郎もほら」

「かたじけない」


三人は仲良く煙の世界に入って行った。

しかしすぐに方向を見失っていた。


「3秒経過」

「え?玲ちゃん。これ時間制限あるの?」

「百合子。鳴瀬だけは本気なんだ。早く出よう」

「つうかさ。ここどこ?」


すっかり迷子の3人は狭い真っ白いテントの中で迷子になっていた。



「5秒、6秒……」

「怖いよ?どこなの」

「百合っぺ。玲の声をたどるぞ」

「さすが兄上でございます」


そして3人はようやく表に出ることができた。


「遅い!それでは逃げ遅れるぞ」

「だったら玲がやれよ」

「そうよ。手本を見せて」

「止めろ?新記録を出すだけだ」


太郎の制止も聞かずに玲は消防隊が見守る中、それ!とテントに走り込んだ。

そして一瞬で出ていた。


「何だよそれ?」

「コツがあるの?」

「服が汚れているな。それは?」


太郎の指摘に玲は、しれと答えた。


「ほふく前進だよ。煙っていうのは端まで広がっていないから」


これには消防隊が拍手をしてくれた。

こんな5班は消火訓練となった。



「いいですか?この消化器には水が入っています。あの離れた火のイラストの看板に水を当てて、倒してくださいね」


玲の説明で三人は消火器を持った。

するとちょうど遮るように偉そうな町内会長が通りかかった。

優介は彼の尻に水をビュとかけた。


「あ。すんません」

「気を付けたまえ」


謝った優介は彼がすでに水浸しなのに気がついた。


「憎まれてるな?」

「感心してる場合じゃないわ?早く当てて」

「俺はやるぞ」


なんとかノルマをこなした三名。

今度はチェーンソーの実演になった。



「ええとですね。地震で家が倒れた時、家を壊して救助することがあります」


そのため今日は実際にチェーンソーを動かし、丸太を切ってみようと消防隊の人が言い出した。


「やる人!」

「うっす!」

「優兄かっこいい?」

「大丈夫でござるか?」

「まあ、見てなって」


鼻を擦って登場の彼はまずエンジンをかけることになった。

これは思い切って線を引くのがコツだった。


「あれ、あれ?」

「マシンが古いせいもあるけど。もっと力を入れて」


しかしうまくいかなった。

ここに妹が参上した。


「これはね。もっと親の仇くらいに引くんだよ?見てて」


玲が引くとドウルルル!と1発でエンジンがかかった。


「さあ。お兄。丸太を切って」

「おう!」


ギイイイとおがくずを出してカットした彼は拍手をもらっていた。


「どうよ」

「カッコいい!動画で撮ったよ」

「見事な斬りっぷりでした」

「まあな?今度丸太を切って欲しい時はいつでも俺に言えよ?」



こんな楽しい彼らは次は救急手当ての番だった。

前の班を待つ間、玲は食事のテントをのぞいていた。


町内で備蓄している保存食。

これの賞味期限が切れるのでこの機会に食べてもらうのが通例だった。

地域のおばさんたちは張り切って用意をしていた。


ここには警察も来ていたので玲は世間話をした。



「そうですか。近所で空き巣が」

「インターフォンを鳴らしてから侵入する手口で」

「それってインターフォンに画像は残ってないのですか」

「古いインターフォンの家が狙われているんですよ」


犯人の目撃もなく、弱っていると警官は話した。


そして5班のメンバーにAEDの使い方の訓練が始まる時、玲は地域のおばさんから割り箸が足りないと言われた。

鳴瀬家にたくさんあるので玲は自宅に取りに来ていた。


「あれ?」


避難訓練で人が少ない今。

サラリーマン風の男が鳴瀬家の隣の家の様子を伺っていた。


……日曜なのに?それに様子がおかしいな。


すると男はひょいとその家に入ってしまった。

隣人は今、防災訓練を受けているはずだった。


玲は防災無線で隊長に報告した。




「こちら3丁目の佐藤家。空き巣らしき男が侵入しています、どうぞ」


すると隊長から応援を待てと指示があった。


「了解です。あ、出て来ました」



わずか2分の出来事。

玲は密かに後を追った。

しかし男はスクーターに乗り込もうとしていた。

玲は慌てて動いた。





「すいません。ちょっといいですか」

「何?」

「今、この付近で防災訓練をしているんですけど」


玲は食事が余っているので食べませんか、笑顔を見せた。


「自分は仕事中なので」

「そんなこと言わずに」


男はヘルメットをかぶった。

応援はまだこない。

バイクのナンバーは覚えたが玲はこの男を逃すはずがなかった。


「それ!」

「あ?鍵を」


バイクの鍵を抜き去った玲は走り出した。

男はこれを追いかけて来た。



「玲ちゃーん、どこ」

「ここだよ!受取って」


警察を現場まで連れて来た先頭の百合子に玲は鍵をパスした。

これを見た男は逆上して玲の腕を掴んだ。


「このやろう!?」

「離せ!」

「え」


玲に眉間に突きつけられた拳銃。

これに男は寄り目になった。


「に、偽物だ!」

「偽物かどうか……撃てばわかる」



「止めろ?」

「エアガンだってこの距離は痛いな……」

「うわああ」

「歯を食いしばれ!」

「そこまでだ!」


やって来た警察に玲は冗談をやめた。

空き巣は意気消沈し警察に連行されていった。




「玲ちゃん!それは」

「水鉄砲。でも見かけはワルサーP38」

「君達。訓練に戻れ!駆け足」


うざい町会長にあっかんべーの玲と百合子は渋々戻っていた。

そこにはヘトヘトの太郎と、ウキウキの優介がいた。



「どうしたの」

「優兄は訓練したんでしょ」

「ああ。でも訓練用のお人形さんが足りなくてさ」


そこで太郎で心臓マッサージをしたと優介が話した。



「俺の心臓は、う、動いているのに……ぐ、ぐ、と」

「形だけだよ?気にすんな!」

「これも一つの経験だよ。さあ、整列だね」


鳴瀬きょうだいの励ましで太郎は並んだ。

最後の点呼はバッチリ決まった。

そして保存食の配給になった。




「うめ!?この赤飯。めっちゃ最高じゃん!?おばちゃん。いつでも嫁に行けるぜ?……」

「いつでもあんたの所に行くよ?さあ。優介君はこれも食べなさい。こっちの五目ご飯も」

「うっす!」


「……豚汁美味しい。これってラスクなの」

「百合子よ。俺は一切食欲がない」

「マジで?俺が食うぞ」


この時、太郎は玲の姿を探した。

彼女は太郎を見ると駆け寄って来た。




「太郎さん。この拳銃を持ってくれない?本物に見えるって怒られたんだ」

「お前が持てばそう見えるんだ」

「ふう」

「なんだ。出番があるのか」


玲はこれから消防車の梯子車の上に乗ると呟いた。


「上から放水するから。虹が出るよ。東の空を見てなよ」

「お前。大丈夫か」


空き巣逮捕もあるが、前の晩に勉強していた玲の目にしたにはクマができていた。


「それは戦闘メイクではないんだよな」

「天然だね」

「俺も一緒に乗ろうか」

「え。君、乗りたいの?どうぞどうぞ」


勘違い消防隊に言われてこうして太郎も高所消防車のコンドラに乗る羽目になった。


高く上がった玲は敬礼ポーズであったが、太郎はビビリの及び腰。


柵に捕まる姿は生まれたての小鹿のような屁っぴり腰だった。




「大丈夫?」

「俺はお前がいればどこでも平気だ」

「手を繋ごうか」

「離すなよ」


こんな上の二人に声が聞こえた。



『それでは。放水開始!やれー』


「鳴瀬。会長を狙おう」

「合点!」


目の下の拡声器の町内会長に雨を降らせた。

参加者は大受けして拍手をしていた。


そして二人は目標の屋根に水をかけていた。




「うわ?見て!虹が出たよ」

「いいからしっかり持て!」


二人で握る放水のホース。

虹の大アーチに参加者は写真を撮っていた。


太郎は笑顔の玲に満足していた。



「鳴瀬よ。虹は見るもんじゃないんだな。作るもんなんだな」

「そうだね。結構、簡単だね?楽しいね、太郎さん!」

「ああ……楽しいな……」



夏の終わりの防災訓練は虹の色。

若者たちのおかげで平和で美しく締めたのだった。


Fin


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妹、ただいま参上! みちふむ @nitifumu

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