番外篇 魔女はご機嫌ななめ

「玲。鬼、じゃない?うちの一美姉さんがお前に用事があるそうなんだ」

「僕に?何だろう」

「俺もわからん。有無を言わさず断っていいからな」


執事喫茶の仕事終わり。玲は翔のスマホで彼の姉と電話をした。

それは雑誌の撮影があるのできて欲しいという内容だった。


「もしもし。お姉さま。僕は嫌です」

『翔ちゃんに正体をバラすわよ』

「日時を教えて下さい」

「玲?何だ。無理するなよ?」


心配する翔だったが女である事実を握られている玲は、一美に連絡先を告げこの撮影に顔を出す約束をした。



そして当日。

早朝の公園にはロケ班が来ていた。


「あ?三春お姉様。一美お姉様ー!」

「姉さん!来たわよ」

「早く。こっちよ」

「???」


それ!と捕まった玲はロケの車の中。スタイリストの三春に着替えをさせられメイクもされた玲は自分が何をするのかマネージャーの一美から聞いた。


「『仁美の1日』っていう取材なのよ。君はそれのお供ね」

「どうして僕が」


モデルの仁美。彼女がメインだがその背景に誰か一人いれば絵になるという物だった。


「それにこれが掲載されるファッション雑誌。年下の男の特集なのよ」

「プロに頼めばいいじゃないですか」

「……色々あってね。あ。仁美よ」

「あら?いいじゃないの。玲ちゃん」


彼女はそう言って玲の頬にキスをした。妖艶な美しさに玲までポーッとした。


「お久しぶりです。でもどうして僕なんですか」

「いいじゃない。翔ちゃんばかりじゃなく。お姉さまの相手もしてよ」

「そうよ」

「それくらいいいじゃない?」


三人の魔女に降参した玲は、この日、言いなりになって男の子としてモデルを努めた。


「いいですか?こっちに目線です」

「玲ちゃん。一緒に手を繋ごう」

「はい」


自然になるようにさりげない仁美の導きで、まるで恋人同士のような写真が撮られていた。

小柄な玲は美少年の佇まい。仁美の背後にちらと写る程度であるがカメラマンは機嫌が良かった。


「さ。移動だ」

「行きましょう。仁美さん」

「う、うん」

「??」


集まった人たちの中。仁美はどこか怯えているようだった。

こうして場所を変えて撮影をしていた一行は、昼下がりのランチの店に入ることになった。


「え?店が使えない?」

「すいません。冷房が壊れてしまって」


撮影予定のお洒落なカフェ。そこが使えなくなったため一美が慌てて他の店を探していた。


「一美姉様。僕が知っている店に聞いて見ますか?」

「この近くなの?」

「はい」


玲が連絡した店はちょうどランチタイムを終え、昼の締めをしたところであった。撮影もOKであった。


一行はともかく暑さで疲れていたので紹介のカフェにやってきた。


「ここです。どうぞ」

「インテリアがすごい綺麗ね」

「どうぞ。みなさん。マスター。ランチをおねがいします」

「はいよ!」


すでに電話で人数分を注文していた玲はマスターの手伝いでお冷やを配っていた。


「玲ちゃん。ここはどういう知り合いなの?」

「僕の学校の弁護士先生の勉強会でよく来る店で。マスターも同じ学校なんです」

「どうも。玲ちゃんがお世話になっています!」


そんな食べる前に仁美はランチの様子を玲と一緒に撮影した。


「玲ちゃんが私にして」

「全く。はい、仁美お姉様、あーんして」

「ふふふ」


こんな楽しい撮影を終え、一行は食事になった。


「美味しいっすね。このナポリタン」

「こっちのオムライスもなんか美味しい?」


スタッフの驚き声に玲が嬉しくなっていた。


「マスターは日本中の喫茶店料理を食べ歩きをして見出した究極の味ですから。さ。仁美さん。これはローカロリーです。僕と食べよう」

「ええ」


撮影はあともう一箇所。しかし元気のない仁美に玲は心配していた。


そして夕暮れの水公園に場所を変えた撮影。ここで撮影を終えた仁美はどこかほっとしていた。



「終わった……」

「仁美さん。あの」

「玲ちゃん。ありがとうね」


椅子に座って飲み物を飲んでいた彼女は、少女のように安堵した顔を玲に見せていた。このとき、野次馬からきゃーと悲鳴が聞こえた。


「何?」

「仁美さんは僕の後ろに……」


包丁を持った中年男はゆっくりと仁美に向かっていた。これを男性スタッフが押さえようとした。男が包丁を振り回した。


「このーー!」

「う」


玲は男の足をキックで払った。そして倒れた男にはスタッフが椅子などで体を抑えていた。


「離せー。あの女は俺を騙したんだ」


明らかにおかしい男の言動に仁美は恐ろしくなって耳を塞いでいた。野次馬が動画を撮る様子。これを玲は見ていられなかった。


玲は落ちていたタオルで男の口を塞いだ。男は唸るだけになった。そして野次馬に向かった。


「皆さん。この動画を撮る場合、周囲の車や特定される個人の家などの許可が必要です。無断でアップして後に裁判を起こされるケースがあります」


この説明にみんなビビり始めた。


「それに僕自身。無許可で動画をアップされた場合、どんな手段を使っても必ず撮影者を特定し、裁判を起こします。それをお忘れなきよう」


そう脅した玲の元に警察官がやってきた。犯人を取り押さえた警官に、玲は朝から男が撮影現場にいた事や凶器を用意していた事実を訴えた。


「突発的な犯行ではなく。撮影現場を事前に調べるなど、これは明らかに計画的犯行ですから」

「わかった」

「仁美さんだけでなく、多数を狙っていました」

「わかったってば」

「凶器も他にないか見てください!あのですね」

「はいはい、玲ちゃん。こっちにおいで?」


一美が後始末をした後。三人娘は玲を自宅に招待すると言って聞かなかった。

そんな玲はとうとう翔の家に来てしまった。


「あの子はまだバイトでしょう。どうぞ」

「失礼します。うわ?豪華な部屋で」


食べ物は三春が頼んだ品。四人はここで食事を開始した。


「玲ちゃん。悪いんだけど。そのタバスコ取って」

「はい」

「私はわさびを。届かないの」

「はいはい。仁美さんは」

「そうね。少し食べるか」


こんな元気のない仁美。ストーカーの男が捕まったのに浮かない彼女に玲はなぜなのか理由をやっと尋ねた。


「失恋したのよ」

「え?仁美さんが」

「そうよ?悪い」


はあ、と彼女はため息を付いていた。


「モテると思うんですけど」

「いやいや!そうでもないのよ」


交際している彼から全然メッセージがない状態。仁美はこれを失恋と思っていた。気になった玲はやさぐれた仁美からこのメッセージを見せてもらった。


「うーん。僕の読んだ感じだと、脈ありじゃないですか」

「どこが」

「そうよ」


「連絡ないじゃないの」

「お待ちくださいね」


相手の文章を読み返した玲は、彼は遠慮していると話した。


「いいですか。男性は好きな人ほどメッセージの返事が遅いんです」

「何それ」

「一美さん。男性は本命彼女にはちゃんと答えようとして却って遅くなるとデータがあるんです」

「へえ」

「それとですね。仁美さんのメッセージもよくないです」

「どこがよ!」


酒が入りむすとした仁美に、玲は例え話をした。


「この『今日は撮影だった!』っていうメッセージ。彼はなんて返していいのか困りますよ」


これにはピザをかじる三春がじゃあどうすればいいのか肘を突きながら聞いてきた。


「『今日は撮影だった。あなたの仕事はどうでしたか』です」

「「「おおおお!」」」

「相手が答えやすい文にしないとダメですよ?『最近逢ってないので寂しいです。時間があったら声を聞かせてください』かな?」


これを聞いていた一美はうんとうなづいた。


「玲ちゃん……それでいいから。送ってちょうだい」

「一美姉さん?」

「そうよ。いつまでもぐずぐずじゃこっちも参るわよ」

「三春まで?わかったわ。玲ちゃんお願い」


仁美は納得し、送ってくれと玲に頼んだ。


……🎵🎵……



「あ。もう着た」

「貸して!?もしもし……」


スマホを持った仁美はウキウキと自室に行ってしまった。これに一美と三春は呆れていた。


「何よ。振られてないじゃん」

「馬鹿みたい」

「仁美さんが忙しいから遠慮してたんですね。いい人じゃないですか」


すると一美も三春も彼とのメッセージを確認してくれと言い出した。


「あいつが本気かどうか知りたいの」

「この男。遊びじゃないかわかる?」

「僕が確認するんですか?そうですね……」


ハイスペックの玲でも男の誘いの意味がわからなかった。そこで玲はある人に電話相談した。


「お兄。この『当日いきなりデートに誘う』のはどうなの」

『遊びだな。単なる時間潰しだ』

「いやぁーーー?!」


一美は頭を抱えていた。


「お兄。この『元彼が急に会いたい』っていうのなんなの」

『今の彼女に振られたから。都合よく誘ってきたんだ』

「許せない!?」


三美はそばにあった缶をぎりりと握りつぶした。


「お兄。食事に誘っても『今疲れてる』の返事は?」

『行く気はないな』

「ううう……」


「最近忙しい」

『浮気』

「悔しい!」


「ええと文章が敬語」

『それは……本命かな』


「「本当に!?」」


顔をあげた一美と三春は急に明るくなった。

電話を貸せ!と一美はスマホを奪った。


「ちょっとあんた。どういうこと?」

『声でかいですね。大事に思っているので丁寧になるんですよ』


電話を貸せ!と三春がスマホを奪った。


「でもこの人から全然連絡ないんだけど」

『だから声がでかいってば?待ってるんです。きっかけがないと送れないんで。お姉さんから返事しやすいように話を振ってください』

「よっしゃ」

「電話いいですか?お兄、ありがとうね」


そして電話を終えた仁美もニコニコで出ていた。やはり彼は遠慮しており愛は続いていたことが判明した。玲はこの後、一美と三春がいい感じの思っている男性にメッセージを指南し送らせた。


「さて。僕は帰ります」

「ダメよ?泊まっていって」

「翔ちゃんが帰ってくるのに」


「すいません。僕のお兄がお腹を空かせているので」



夏の夜。三人の魔女を幸せにした玲はタクシーで家に帰った。



「おかえり。なんかメッセージがきたぞ」

「隼人さんかな」

「ああ。公園でロケがあって。お前に似た人がモデルしてたって」

「偶然てすごいね。後は?」

「正樹がさ。水公園を通った時、玲に似た人が男をキックしてぶちのめしていたっていうけど」

「……どうしてそんなのを見るんだろうね。翔さんは?執事喫茶でしょう」

「ああ。これ」


ソファに寝そべっていた優介はスマホを見せた。そこには床に酔い潰れて眠る三人魔女が映っていた。


「帰宅したらこうなっていたって」

「本人達に聞いてよ。さ、ご飯にするね」

「……玲。あのな」


優介は妹にそっと話した。


「別にお兄の飯はいいんだぞ。勝手に食うんだから」

「いいの。私がそうしたいの」

「ならいいけど。無理すんなよ。お兄はお前の幸せだけを祈っているんだから」

「私もね!」


鳴瀬家の夜はこうして優しい時が流れているのだった。


Fin

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