番外編 私の執事



「え?また執事喫茶?」

「おう。翔が来てくれってさ」


ライブまでまだ間があった玲は再び執事喫茶「ローズガーデン」にやってきた。


「ヤッホ。アンドレ」

「ロッシさん?お久しぶりです」


ロッシは可愛い玲をヒシと抱きしめた。


「会いたかったよ?僕の王子様」

「僕もです。マイストロ」

「離れなさい。こら、玲も!」


怒り顔の翔は二人を引き離した。


「冗談なのに。あ。蘭丸だ」

「うっす!ロッシさん」


ロッシは優介もいい子いいこで胸に抱きしめた。そんな執事達であったがリーダーの翔はスタッフを集めて説明をした。


「実はな。ピンクレディーがな。どの店の執事が一番執事をしているかコンテストをやると言い出したんだ」


翔はため息まじりで頭を抱えた。

審査する客は不明で、このビル全部の店が対象ということだった。


「それなのに店長は家族サービスで南の島に行っているんだ」

「執事としては最低だな」

「ああ。主人を蔑ろにしているもんな」

「まあ。そういうな」


スタッフの文句を翔は代わりに応じていた。


「しかしだな。一番に選ばれた者には10万円が」


やるぞーと一同は張り切り出した。

これにロッシと玲は呆れていた。


「なんだよ。俺もやるぞ」

「お兄まで?無理だよプロに任せなよ」

「うるせ!俺の人生一輪車。止まっているなんてできないぜ」

「蘭丸は愉快だね?アンドレも頑張ってみれば」

「いいえ」


笑うロッシに玲は厨房にいるし、そもそもエントリーする気もないと言った。


「でも翔さんやロッシさんはそのままで選ばれそうです。僕は応援しますよ」

「そう?さて、頑張りますか?」


こうしてこの日も執事喫茶ローズガーデンがオープンした。


「いらっしゃいませ。足元をお気を付けください」

「冷房はいかがですか?お嬢様。膝掛けをどうぞ」

「お荷物をここへ。汚れるといけませんのでレースで包んでおきますね」


「すげ?みんないつもより気合が入っているし」


本気のスタッフに優介がビビっていたが、玲は背を押した。


「お兄はオーダーを取ってきて。ほら!」

「お、おう」


そんな優介であったが執事服が似合っており優しい雰囲気に女性客は彼を目で追っていた。


「ご注文を確認しますね。白雪姫の苺パフェ。チョコ小町のクレープ。夢見るパスタで」

「はい。ちょっと食べすぎかな?」


恥ずかしそうな女性客達に優介はそんなことないと微笑んだ。


「僕には、好きなものを、好きなだけおっしゃってください?わがままは女性の特権です」


そんな返事をしオーダーを取ってきた優介をロッシは驚いて玲に告げ口した。


「そのセリフ……どこかで聞いたような」

「あ。まただよ」


優介は水をこばしてしまった女性客のテーブルを拭いていた。


「良いのです。グラスをここにおいた僕がいけないんです」

「そんな」

「お嬢様のドレスが濡れなくて良かった……。どうぞお気になさらずに」


そんな兄を見て玲ははっと気がついた。


「ロッシさん。あれは僕がやっている乙女ゲームの王子様のセリフです」

「乙女ゲーム?お前そんなのやってるの」

「あ?ええと乙女心の勉強で」

「ふーん」


こんな優介はどんどんオーダーを取ってくるので玲は調理に忙しくなっていた。


「玲!水を飲んでいるか」

「翔さん」


心配してきてくれた翔はすっとおでこに手を当て、玲の体温を測ってくれた。


「熱中症が怖いからな」

「大丈夫ですよ」

「お前はすぐ無理をするから」

「平気だってば」

「お前の平気は平気じゃないだろう」

「そんな事ないってば?」

「……あのラブラブタイムを邪魔して悪いんだけど?」

「「ええ?」」


ロッシはニヤニヤしながら翔を呼びにきた。


「ピンクレディーがお呼びですけど?」

「いま行く」

「行ってらっしゃい……」


しかしロッシが厨房に残った。彼は玲に肩をぶつけてきた。


「なんですか?」

「好きなんだろう?翔のこと」

「な、何を突然に」


顔を真っ赤にした玲にロッシは真顔を向けた。


「図星か。面白くないな」

「ロッシさん?」

「……こんなに細い手首なのに」


そういって手首を握ったロッシは玲のその手にキスをした。


「ロッシさん?」

「っていうのは冗談さ?さ、仕事だ」


こうして仕事を進めていた玲は、ふと客席を見た。そこには知っている女性が座っていた。




「太郎ママ?どうしてここに」

「ん?お前の知り合いか」

「はい」


警察署長の財前太郎ママは私服で執事喫茶に客として座っていた。しかしその様子に違和感を覚えた玲は彼女がトイレに立った時、話しかけた。


「太郎ママ」

「キャ?あなた玲ちゃんなの?」


二人は迷宮入りに事件を解決してきたコンビである。財前はベラベラと玲に話をした。


「え?犯人を探しに」

「し!その女が来るはずなのよ」


結婚詐欺をしている女は、執事喫茶にハマっており、今日のこの日。ローズガーデンにやってくると財前は話した。



「逃げてばかりでこっちも参っていたけど。この店のアルフレッドにハマっているみたいでね。今日、来るはずなのよ」

「もしかして、逮捕状も出ているんですか」

「そうよ」


財前は女が来たら動画を撮り、外で待機している仲間と被害者に本人確認をしてもらい、店を出たところで逮捕する予定だと玲に何もかも包み隠さずベラベラと話した。


「ところで玲ちゃんは何をしているの」

「お兄のバイトのフォローを」

「それはしないといけないわ」


こうして席に戻った財前は犯人を待つという理由で執事喫茶を楽しんでいた。


「私がお嬢さま?いやね」

「謙遜されるなんて。奥ゆかしいですね」

「嬉しいわ」


ロッシの褒め言葉を間に受けていた財前は、ここではっとした。玲はターゲットの登場だと気がついた。


財前の事も犯人の事も玲は誰にも話さなかった。これは警察が勝手にやったことにしてもらうためだった。


店は昼をすぎ客はまばらになっていた。玲は時間稼ぎのために翔に接客をして欲しかったが、生憎彼は他所に捕まっていた。そこで玲は容疑者の女へ自ら動いた。


「いらっしゃいませ」

「……見ない顔ね。アルフレッドは?」

「ただいま参ります。その前にご注文は?」

「そうね」


女はメニュー表をじっくり見ていた。


「あのね。この『アンドレ王子の不幸なパンケーキ』って何?」

「それはですね」


あまりの美味しさに他のパンケーキが食べられなくなるので不幸という話を玲はした。


「ふうん」

「ではメニューのご説明をしますね?こちらは」


玲の必死の時間稼ぎ。阿吽の呼吸の財前はこの様子を隠しカメラで撮っていた。そしてやがてOKを出した。



「ではこの『ネフェルティティのシャーベット』にするわ」

「ありがとうございます」


そして入れ替わるように翔が彼女の相手を始めた。玲は仕事を終えたのでほっとし、厨房に入った。


そして品を作ると翔に運んでもらった。いつの間にかいなくなった優介が気になったが、先に財前が店を出た。


「おい?どうした」

「ロッシさん……あの人、お会計ですよ」


心配するロッシに女の会計をさせた玲は、店の中でじっとしていた。そして事件が起こった。


「おい。ここにアルフレッドという男はいるか」

「はい?自分ですが」


おそらく詐欺女の被害者であろう中年の男は、怒り心頭で店に入り翔に向かっていた。この理由を知っている玲は間に割って入った。


「やめて下さい」

「離せ」


これに翔が驚いた。


「お客様。どういうことですか」


玲は男を押さえていた。男は怒鳴り出した。


「俺はこの男が許せないんだ」


詐欺女は彼に金を貢いだと思い込んでいる被害者男。恐ろしい目で翔を睨んでいた。一切事情を知らない翔は目をパチクリしていた。


「人違いではないですか」

「いいやお前だ!お前のせいで俺の貯金が」

「ストップ!違うんです、誤解です!」


玲はふうと息をはき、男に向かった。


「あなたは女に騙されたんですよ」

「嘘だ」

「結婚詐欺でしょう?刑事さんと話し合って下さい」

「うるさい!」


男はまだ信じられないと叫んだ。するとここにロッシがやってきた。


「お客様。生憎ですけどうちのアルフレッドは恋人がいるんです。そっちの女が一方的にのぼせただけで。こちらも迷惑ですよ」

「彼女を侮辱するな!」

「では失礼」


するとロッシは翔にキスをした。これに店内の客は黄色い悲鳴をあげた。



「むむむ?」

「……ね?僕らは愛し合っているんです。女に興味はないです」

「くそ!」


中年男性は店を出て行った。これを見ていた付け睫のピンクレディーはパチパチと拍手をしていた。


「素晴らしい愛ね。感動したわ。みなさんも拍手をしてあげましょう」


店内は雨のような拍手がこれでもかと鳴り続けていた。これを玲だけが茫然と見ていたのだった。




「なんか、疲れた」

「俺もだ」

「なんだよ。二人して」


店じまいしたのテーブル。ぐったりと伸びていた玲と翔をロッシが腰に手をついてみていた。


「お二人共。あのキスで丸く治ったんだよ?感謝して欲しいくらいさ」

「俺にはまだ何が起こったのかわからないんだが」

「説明は後でいいですか?僕もなんか、こう、ショックで……」


するとロッシが玲の顎をクイとした。


「じゃあアンドレにも」

「よせ!」


キスを阻止した翔は玲を背にした。


「玲はまだ純粋無垢で。気立ての良い」

「翔さん?ありがとう」


玲は嬉しくて彼をバックハグした。


「玲?」

「いつもありがとう……翔さん、大好き」

「お前という奴は?」


可愛い後輩とお兄さんの関係のつもりの無自覚な二人。ロッシはどこか諦めて笑っていた。


「やれやれ。あれ?優介だ」


そんな場に汗でびっしょりの優介が店に帰ってきた。



「お兄。どこにいたの?」

「お客様が忘れたスマホを届けに……」


高気温アラームが出ていた街を彼は執事服で届けに行ったと服を脱いだ。こんな彼を見たロッシは新作のデザートを出した。


「ほれ。蘭丸、食え。こっちはアンドレのだ」

「「いただきまーす!」」


おいしいおいしいと食べた二人。ロッシは玲に感想を尋ねた。王子様に扮した玲はエヘンと彼に向かった。


「宮廷料理帳を呼んでくれ」

「はい、王子様。また不幸になられましたか?」


「君を牢屋に入れる!」

「え」

「何をしておる!こいつを捕まえろ!」


玲の話に翔は唖然とし、優介は本当にロッシを抱きしめて捕まえた。


「確保ー!」

「でかしたぞ蘭丸」

「王子様?な、なぜですか」


玲はいたずら顔でロッシの頬を撫でた。


「こんなにおいしいデザート……私は他の誰にも食べさせたくないんだ?よって君を城に幽閉する」

「そんなぁ?」



この冗談に一同はあははと笑った。

そしてこの日を終えた後日。翔からメッセージが送られてきた。


「これによるとだな。詐欺女は逮捕されて翔の誤解は解けたみたいだ」

「良かった」

「そして。新メニューだって。なんだろうこれ」


そこには『アンドレ王子の幽閉セミフレット』とあった。


「何これ」

「あの日食べたアイスケーキのことだよ。それよりお兄、おめでとう」


スマホを届けた優介は執事コンテストで1位だった。


夏の大きな月を愛でる二人。今夜も仲良く楽しいひと時を過ごしていたのだった。



Fin

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