第20話 ライブまでの道

天然ボケの兄を持つ玲は、ハイトーンボイスが出なくなってしまった兄のために、弟のふりをしてロックバンドに入り、兄のサポートをする事になった夏休み。


パンクロッカーになるために、髪を切り染めた銀色の髪も見慣れた今日この頃だった。


本日はいよいよ三日後に迫る学校祭で歌うために、高校で公開リハーサルだった。


カラオケボックスで練習をした成果で、音程が外れなくなってきたお兄《にい》も絶好調だった。




サビの部分の高音の時しか出番が無い彼女はこのままだと恰好が付かないということで、急きょキーボードとして演奏に参加することになった。



今日は午後の公開リハーサルの前にいつもの視聴覚室で練習を始めていた。

ドラムの翔は元々上手であったし、初心者の隼人もすっかり慣れて来ていた。



正樹もいつもミスしてしまうところを、スムーズに弾けるようになっており

後は優介が、音を外さず歌えれば、カッコが付くって感じと玲は思っていた。



「はあああ。休憩しようぜ……」


興奮しているのか優介は全身、汗でびっしょりで見た目だけはロッカーとして完成していた。


「はい。皆さんどうぞ」



玲は床に座って休んでいる三人にスポーツ飲料を手渡した。



「あ。玲。その封筒を取ってくれ。先生にライブの申し込み用紙がまだって言われてさ」



彼女が茶封筒をはい、と渡すと、優介は中から用紙を取り出した。



「何だって……?やっちまったな、これ」


「一体何だ?」


翔は優介から用紙を奪った。



「学校祭の参加条件。①講習課題の提出。②登山記録の提出。③虹湖の遠泳記録の提出……。なんだこれは、優介?」


優介はバンドで参加したいと先生に申し込んだ時、参加条件が書かれた用紙が入った封筒を渡されたが、今初めてこれを開封したと言い出した。


「あまりのハードスケジュールに、ついうっかりというやつだぜ」


「何も言うな!もしかして、それ全部提出しないと。俺達ステージに立てないんじゃないの」


シーンとなったこの視聴覚室は、時計のチクタク音が響いていた。

隼人のつぶやきに、ふう、と優介は、下を向いた。


「……すまん。みんな。俺、夕日に向かって走って……」


そういって顔を伏せたまま立ち上がった優介の腕を、翔はむんずと掴んだ。


「待て、優介!お前一人に任せた、俺の責任だ……」


そう本気で思った翔は優介の髪を後ろからくしゃと撫でた。

そして翔の手から書類をそっと取った正樹は、じっくり読み替えした。


「待て、早まるな。これは……まだ、間に合うかもしれないぞ?」


「へ?」


絶望に包まれていた空気の中、一同の視線は正樹に集中した。




「このさ①講習課題の提出ってさ。終わっている奴は?」


手を挙げた翔以外は、みな首を横に振った。



「まあ。俺もだけど、②の登山。これって体育で登った奴だよな?」


「ああ、俺は山も登ったし、湖も泳いだぞ?」



床に足を投げ出していた隼人は、そのままゴロンと後ろに倒れた。

そんな彼らに正樹は続けた。


「あーあ。俺は風邪ひいて登山はしてなかったけど、翔は?」


「山も川もオールクリアだ。優介はどうなんだ」


「全部さぼった……」


「終わったな」


「うううう……」


翔の声が胸に刺さった優介は悲しそうに床に倒れていた。




「……そうか。学校祭までこなせば良いと思ったけれど。あと三日だしな。これはやはり無理か」


翔のまともな意見にみな納得しようとしていた時、彼は呟いた。


「……俺、頑張る」


「お兄?」


そして突然ガバっと起きた優介はひしと玲にしがみついてきた。


「玲!一生のお願いだから!お兄を助けてくれ!俺はどうしても学校祭デビューをしたいんだ……」


「はいはい。こっちにおいで?優介ー」


そんな甘ったれた兄を自称弟から引き離した隼人は彼を羽交い締めした。



「離せ!玲!お兄を見捨てないでくれー」


「……困った時は玲様か?」


兄の姿に呆れて溜息をついた翔は、憐れむような目で彼を見下ろしていた。


「うるさい!翔!これは俺達きょうだいの問題だ。離してくれーうがーー!」


「おい。玲。……あんまり優介を甘やかすのはよくないぞ?本当にこいつを思うなら世間の厳しさを教えてやれよ」



正樹はそういいながら肩をすくめ、他の男仲間も大きく頷いていた。


「……でもですね。みなさんこんなに練習したのに。僕も演奏できないと悔しいですよ」

 

……んー。どうしようかな……。いい方法は……



思わず集中ゾーンに入った玲は、一点を見つめて考え始めた。




「みんな黙れ!玲のシンキングタイムを邪魔する奴は……」


「お前が一番うるさい」


「ぐえええええ?」


隼人からプロレスの卍固めをくらっているお兄を他所に、玲は問題をクリアするための作戦を立てた。




「よし!なんとか策はありますね」


「玲?さすが俺のい」


「ばか?!」

 

玲は兄の口から妹というセリフが聞こえそうだったので、慌てて腹パンチでこのセリフを強引にねじ伏せたが、優介は苦悶の表情を浮かべていた。


「ぐぬぬぬぬ……」


「でも。これには皆さんの努力が必要なんです……」

 

年少の玲の必死な顔に三人は、そっと顔を見合わせた。


その時。


このままお昼にする事になった。みんなが食べている時に、玲はホワイトボードを使って説明をした。



「はい注目!この講習課題の提出。これはギリギリまで解いて出しましょう。もしかして、まだ真っ白という人は手を挙げてください」



ハイ!と腕を耳にくっつけている家族を無視して玲は続けた。



「後。登山ですね。これは明日の早朝、正樹さんとお兄に挑戦してもらいます。この山は頂上まで早くても一時間半くらいです。昼には自宅に戻れるでしょう」


「問題は、遠泳だな」


翔は野菜ジュースのストローをかじりながらじっと玲を見た。




「山が終わってから泳げばいいじゃん。な、優介?」



隼人はそういってコンビニの三角おにぎりを大きな口でかじったが、玲はゆっくりと目を伏せて口を開いた。




「ひ弱なお兄は泳げません。浮き輪を使用しても浮力の少ない淡水はきついでしょうね……」」



「期限に余裕があるのなら何とかなるが。学校祭は、明後日だしな……」


正樹はサンドイッチのラップを丁寧に外しながら呟いた。



「よってここは僕が兄に成り代わり泳ぎます!」


「そう言うと思ったよ……」



そう寂しく言うと翔は表情を変えず保冷用の容器に入っていたざるそばをすすった。


「お兄には後日、必ず泳いでもらうからね!わかってる?」


「どうでもいいけどさ。玲。お稲荷さん、もう一個喰っていい?」


「何がどうでもいいだ?それは玲の分だろう?」

 

アホか!と怒った正樹は優介の持つお弁当箱を取り上げ、玲の元に持ってきてくれた。



「はい。お前も食え!で。どうする?翔。健気な弟は、こう言っているけど?」


すると翔はため息まじりで玲を見た。



「……正樹。コイツは言い出したら絶対言うことを聞かない。兄の為なら北極点に行くくらいの覚悟を持っている奴だ」


「じゃあさ。俺が玲と泳ごうか?」


真顔の隼人はそばを食べている翔の隣にどっこいっしょ、と腰をかけた。


「いや、もう時間がない。お前は講習課題を進めろ。玲は俺が面倒見る」


「でさ。結局、俺って何をすればいいの?」


きょとんとした顔で己を指さす幸せ者の優介の正直な言葉に、男友達は優しい笑みを称えていた。



「優介よ……お前ってやつは」


「ぐおおおおお?」


おトボケ男は正樹に、腕ひしぎ十字固めを決められていたが、彼女はそんな事よりも次の用事を優先させるの必死だった。



「それでは!お昼を食べて公開リハーサルに参加したら、すぐ勉強を始めましょう!」


「……いや!それではダメだ。玲……」

 

玲に歩み寄ってきた翔は、そう言いながら真顔で玲の口にお稲荷さんを押し込んだ。



「むぐぐ?」


「聞け、優介!リハーサルはお前抜きでやる。だからお前は家に帰って今すぐ勉強を始めろ。じゃないと絶対間に合わない」


「だって。俺がボーカルだよ?」


小首をかしげる優介に、玲はいたたまれなくなり、翔を見上げたが、そんな玲の頭を翔は優しくポンと手を置いた。


「玲がいるから問題ない」


「でも……」


口をとがらせている高校三年生の優介は腑に落ちない顔で、仲間を見つめていた。


「そうだな……それに本番まで優介の事を秘密にした方が、サプライズで面白いと思うけど?」

 

そう言って隼人はえいっと立ち上がると、ギターを手に取った。


「マジ?」


「ほらほら。明日は俺と山登りだぞ?なるべく勉強を済ませて早く……寝ろよ?」

 

正樹も優しく言いながら手際よく部屋のドアの外に優介のバックを運び手渡した。



「あの。ちょっと?俺は……」


「じゃあな?がんばれよ、優介!」


「しっかな!気をつけて帰れよ」



 

そして何か言いたげな彼を他所に、三人は笑顔で手を振り、視聴覚室の戸を閉じてしまったのだった。



つづく

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