第19話 高明学院肝試し


名だたる進学校、高明学院中等部。

夏休み。生徒会の会議をしていた鳴瀬玲に高等部の生徒会からメールが入った。



「あのね。高等部の生徒会の人がやる肝試しに来いって連絡が入ったよ」


「……それはいいが、どうして会長の俺では無く、お前に連絡が行ったんだ?」



この席にいた高等部の生徒会役員と結構仲良くしていたつもりの財前太郎は、驚き顔で玲を見た。


「さあ?私に聞かれてもね、百合ちゃん」


「太郎さんは嫌われているのよ」


「残念ですが」


「もういい!で、詳細は?」


そんなこんなで四人は高等部の指令通りに、夜の8時の学校に集合していた。





「みんな大丈夫?あのね。怖かったらオバサンも一緒に行くわよ?」


付き添いで太郎に付いてきた財前太郎ママは、そういって体操着姿の彼らを見つめていた。太郎ママは警察官の仕事の合間に息子の様子を見にきていた。


「太郎ママ。それって。心配とかじゃなくて太郎さんのびっくり顔をみたいだけでしょ」


「悪趣味だし……」


「アハハハ。バレた?」


幼馴染みの百合子と玲に笑っている母を太郎は呆れながら水を飲んでいた。


「お前達。我が母はいない者と思ってくれ。ではもう一度説明する」



先輩からの通達によれば、送られた地図通りにコースをめぐり、学校奥の神社にある宝をゲットして戻って来るというものだった。


「先輩達はどこに隠れているのか分からない。悪ノリしているはずなので気を抜くなよ」


「はい。ここの裏山には木が繁っていますものね。僕は虫避けスプレーをして来ました」


「雨宮か自分だけか、まあいい。みな心してかかるように。俺は向うの参加者に説明してくる」


今夜は生徒会執行部だけはなく各学年の代表の男女2名も参加であった。会長の太郎は張り切って話し出した。



「順番はくじ引きで先ほど決めた通りだ。俺と鳴瀬だけは最後だ。では一番手、行って来い」


偉そうな太郎にカチンとした二年の代表の男女は、懐中電灯を手におそるおそる夜の学校の森へ向った。


これを見ていた雨宮は太郎の肩をトントンと叩いた。



「財前会長、ずるくないですか?鳴瀬先輩と一緒だなんて」


そんな雨宮は口を尖らせて太郎のジャージをつんと引いていたが太郎はニヤニヤしていた。


「致仕方ないだろう?我らは会長、副会長だからな?フフフ。鳴瀬が入れば何も怖くないもんな?怖いのは鳴瀬だからな……」


「雨宮君。大丈夫だよ。置き去りにするから、あれ?」


その時、森の奥からぎゃーと悲鳴が聞こえてきたので辺りはこのBGMにより恐怖の色に染まった。


そして15分経ったので次の組が出発した。



「ねえ玲ちゃんて。こういうのも怖くないの?」


そういって玲の腕をギュと掴んだ百合子は、軽く震えながら悲鳴の方向に顔を向けていた。



「普通に怖いよ。でも怖すぎて冷静になるんだよ」


「それさ。映画のシーンで殺し屋が言うセリフだよ?」


「僕もそう思いました」


「静まれ!次は百合子と雨宮だ。行け!」



眉間に皺を寄せた太郎は顎で指示をしたので二人はいつも以上にイラとした。



「命令しないくれる?行こう。雨宮君」


「はい。言っておきますけど順番だから行くんですよ。先輩の命令じゃありませんから」


そう言い返した二人は及び腰でLEDのライトを持ち、暗闇に消えていった。


するといつの間にか開始から40分経過したので、最初の組が戻ってきた。


参加した二年男子は玲を見るなり地面にヘタり込んだ。



「……先輩達、半端ないっすよ」


「鳴瀬せんぱーい、私どうしよう」


後からやってきた二年女子は、慌てて玲に駆け寄ってきた。




「私、いきなり肩を掴まれたから。思い切りビンタしちゃったんです」


「大丈夫だよ。向こうもそれくらい覚悟しているはずだもの」


そして二組目が戻ってきた。

今度は女子が男子を引きずっていた。


「あれれ。大丈夫?」


「私は平気ですけど。こっちが」


「あんな事ダメだ。……絶対やっちゃいけない……」


「顔色が悪いな。ねえ、悪いけど向うで彼を休ませてね」


顔面蒼白の男子の世話を女子に頼んだ玲は、二人の事を太郎ママに預けて、自分も出発する用意を始めた。


「……さあ。俺達も参るぞって。お前……その恰好は?」


彼女を見た太郎は驚きで眼を見開いていた。


「フフフ……眼には眼を、歯には歯を、だよ」


「それは、藁人形か?」


「うん」


玲は驚かす人を驚かそうと思い、白装束を身にまとっていた。





「……お祭りは見るよりも参加する方が楽しいって言うでしょ」


「肝試しは祭りじゃないぞ?」


しかし、一生懸命身支度をしている彼女は太郎の常識が浸透しなかった。



「よし、と。ああ。この頭のロウソクはLEDライトだから心配しないでね。それにさすがに一本下駄は見つからなかったから、普通の下駄なんだ」


「見つからなかったって、履こうとしたのか?して、そのカマは?」


「これ?ああ、藁人形じゃ物足りないから、武器があったら映えると思って」


「……まさか。お前、この場でインスタ映えを意識したのか?」


「アハハハ」


偽物のカマを手でグニャと曲げて見せ玲は、満面の笑みを浮かべていた。


「ね、面白いでしょう。よおし。気分が上がって来たぞ。さあ、行こう。あ、太郎さんはこれ持って」



「……こんな古い日本人形を?鳴瀬よ!?俺、やっぱり止す!うわバカ!離せ~~」


こうして玲は怖がる太郎に日本人形を抱かせた。彼を引きずって暗闇へ足を入れた。




真っ暗な森の中。

腰に日本人形をはさんだ太郎の持つ小田原提灯の明かりは震えていた。



「しっかり持ってよ!燃えちゃうでしょう。あれ。そろそろ一発目が来るかな」


すると、しくしくと泣く声が聞こえて来た。


「なんだ。太郎さんか」


「だって。鳴瀬が怖くて」


「し!黙って」


やがて本当に女の泣き声がしてきたので、玲はそれに近付いて行った。

その声のする所には着物を来た女の人がうずくまっていた。


「鳴瀬!鳴瀬、早く行こう!早く!」


太郎は玲の背にしがみつき、眼を瞑って震えていた。そんな二人の背後から誰かが抱きついてきた。


「ぎゃああああ!」


「太郎さん!うるさい!」


結果的にお化けに抱きつかれた太郎は玲を抱きしめながら彼女の耳元で悲鳴を上げたので彼女に叱られてしまった。


そんなうざい太郎を振り解いた玲は、お化け役の先輩に微笑んだ。



「どうも先輩?足元……」


「え」


お化け役の高校生が足元を見た隙に、玲は持って来たゴム製の蛇を頭に載せてやった。



「ぎゃあああ?冷て!ヘビがヘビが?首に!取って!」


「ゲハハハ!さあ、行こう。太郎さん」


「ううう」


玲は袂を掴む太郎を連れてパニックになっている先輩を暗闇に置き去りにし、次へと進んだ。




「帰ろう。なあ帰ろうよ……」


太郎は恐怖のあまり提灯を捨ててしまったので、二人の明りは玲の頭にあるろうそく型のLEDライト四本だけだった。



「ちょっと?私の服で鼻を拭かないで!」


「俺、もう無理だ」


すると風に乗ってお線香の香りがしてきた。


「玲。お助け……」


「黙って。し!見て、あそこ」


暗闇の灯篭の前に、戦国時代の甲冑を来た人が背を向けてじっと立っていた。そしてくるりと振り向くと、こちらに向かってガシャンガシャンと走ってきた。



「おっと?こっちに来るよ?」


「ひええええ」


余裕綽綽の玲の背後の太郎は腰を抜かして、地面に座り込んでしまった。そんな彼をかばう様に玲はカマを前に構えた。


「フフッフ」


暗闇の白装束姿の含み笑いに、甲冑男の足が止まった。


「え?」


「それ!」


この一瞬に玲は隠し持っていた牛ガエルを、ポイと男に投げた。カエルはびよんと甲冑男に突進した。


……グエエエエ!グエエエエ!


「うわあああ?ばかやろう!こっちにくるなー」


そういって甲冑男は逃げ去って行った。


「ギャハハ!面白かった。あれ、太郎さん?」


「……」


失神して地面に寝ている太郎に彼女が気が付いたその時、太郎のスマホが鳴った。画面を見ると太郎ママだった。


「もしもし。太郎さんは失神中で」


『玲ちゃんだね?あのね!良く聞いて。パトカーにいた護送中の犯人が逃亡してこの近辺にいるのよ。早く戻りなさい』


「え?」


警察官の太郎ママの真面目声に玲は、冷静に耳をすませた。


『男は中肉中背、身長170センチ。27歳。白いTシャツ。ジーンズだから。とにかく早く戻って!』


「わかりました」


玲は太郎を起こそうと、彼の頬にふれようとした。すると背後から人の気配がしたので、思わず振り返った。


そこには男が立っていた。





「おい!そのスマホを寄こせ」


息が上がっていた男は、玲の手のスマホを奪おうと襲ってきた。

彼女はそれをひらりと交わした。



「自首した方がいいですよ」


「うるせ!この男がどうなってもいいのか、ああ?」


男は横たわっている太郎の肩をぐっと踏んだ。


首が近かった。


危険だった。




「……これを渡しても逃げられないのに」


そう言って玲はポーンと男から遠くの芝生に、手の中の物をほおり投げた。



「くそ!」


フリスビーを追う犬のようにこれを追った男は太郎から離れたので、この間に彼女は太郎に駆け寄った。


……少し首が赤いけれど、怪我は無いみたい。


「おい。ふざけるな!これは何だよ」


「はい?」



垣根から現れた男は、玲の投げたこんにゃくを拾わされた事に激怒し、彼女に突進してきた。




すると突然男の顔が真っ白に光った。




「うわ!?」


「先輩、今です!!」


眩しさで眼を瞑った男に着物の袖を掴まれた彼女は、そのまま後ろの芝生に倒れた。



「とりゃーーー!」


ドサ、と男は頭から落ちたので玲は素早く起き上がった。


「うわ……こんな綺麗に巴投げが決まったのは初めてかもしれない」


「失神してますものね」


「太郎さんもね」



こうして男達を失神させた玲は、駆け付けて協力してくれた雨宮と百合子に頼んで悪戯用に持っていた打ち上げ花火を上げてもらった。


これを見た太郎ママは事件に気付き、救助がやってきたのだった。




「またしても御手柄よ。玲ちゃん」


犯人を捕まえた東警察署長の太郎ママは嬉しそうに犯人を連行して行った。




「あーあ。先輩!?髪に草が付いて、着物も裂けて……腕から血が出てますよ?」


「道理で痛いと思った」


「もう!顔にも泥がついているし……女の子って言う事を忘れないで下さいよ……」



肩を落とした雨宮は心配そうにタオルで玲の顔を拭いてくれていた。

その頃、百合子は財前を起こしていた。



「もう。起きてよ!太郎さん。迷惑なんだから」


家に帰りたい百合子は気絶している太郎を激しく揺さぶり起そうとしていた。



「ううう……。あ?頭が痛い。ここは一体」


「まったく。太郎さん。肝試しは終わったよ!」


寝ぼけた太郎は百合子の声に瞬きしながらゆっくり起き上がった。

そんな太郎の事が少しだけ心配だった玲は彼に駆け寄った。



「痛い所はない?太郎さん」


すると太郎ははこめかみを押さえながら玲を横目で見た。


「……心だけだ。全く。お前が悪乗りするから、もう少しで失禁する所だったぞ。ん?鳴瀬、その恰好はどうした?血を付けたコスプレなんぞしおって。俺の心《しん》の臓《ぞう》を止める気か?」


「違うよ、玲ちゃんは」


「いいの。百合ちゃん」


太郎をかばって悪者退治をしボロボロになった話なんかすると長引きそうだったので、玲は事情を話そうとした百合子を制した。


そうとは知らない太郎は玲に説教を始めた。



「お前な。いくらなんでも悪戯の度が過ぎる!はっきり言っておくが、そんなお転婆ではいつまで経っても彼氏はできないぞ」


太郎は眼鏡を掛け直すと、諭すように玲に言いだした。



「そうだね」


「何がそうだね、だ!?これでは俺はいつまで経ってもお前のお目付け役から卒業できないではないか」


「いいよ、卒業して」


「い、いいのか?」


「うん。別に頼んでないし。だから太郎さんは彼女を作りなよ。優しい女の子の」



そう言って玲は彼の背を押した。


いつの間にか自分よりもずっと背の高い幼馴染み。


いつも憎まれ口を言うけれど、彼女にとっては兄貴以外、本音で話せる人だった。





「……鳴瀬せんぱーい。カマを忘れてますよ」


「ありがとう、雨宮君。って太郎さん、どうしたの?」



月夜にキラリと光るカマを受け取った玲を見た太郎は、深い溜息を付いて彼女をじっと見ていた。




「鳴瀬よ。やはり幼馴染みの性《さが》として、俺はお前を放置できない」


「放置?」


「ああ、そうだ……ここに来い」


太郎はそう言って玲を傍にあった外灯の下に抱き寄せた。



「ほら、カマを振れ!インスタにアップするのだろう?」


「そうだった?忘れてた」


そこまでするつもりはなかったけれど、せっかくなので雨宮と百合子と三人で玲は写真を撮ってもらった。



「それにしても、なんだこのパトカーは。もしかしてお前を逮捕にきたんじゃないのか」


「その顔。本気で言っているみたいだね」


「何をのんきな。いいか。もし逮捕されても黙秘しろ。そして裁判になったら俺がお前の証人になって弁護してやるから」


「……ずいぶん優しいね」


「玲ちゃん違うよ?太郎さんは裁判に出てみたいだけよ」


「最低です。財前先輩。さらに見損ないました」


「賛辞を感謝する……」



こうして終えた肝試し。


犯人は無事に逮捕され全てが無事に終わったはずだった。



しかし翌日。


生徒会議室の太郎は動揺していた。





「皆。こ、これを見てくれ」


昨夜、カマを持った三人で撮った写真の前に、なぜか一枚、誰が撮ったか記憶にない画像が保存されていた。


「横たわっているのは財前先輩ですね。先輩の周りにたくさんの白い人が座っていて、先輩を覗き込んでいるみたい……」


「うわ……これって霊でしょう?」


「こんなにはっきりした心霊写真は珍しいね」


「簡単に言うな?夕べから俺は肩が重いし、頭が痛いのだ」


「眼の下のクマはそういう理由か……どれ」


玲は彼のスマホを借りて、検索した。




「あった。あのね太郎さん。これ見て!このお寺のサイトにこの写真を送信すると除霊してくれるんだって。太郎さんは送信後に、感想と『いいね!』を送れば無料だってさ」


「でかしたぞ鳴瀬!お前は俺にとって最高の幼馴染みだ……」


「これって、めでたしですか?百合先輩」


「そうね。今日も玲ちゃんのおかげで幸せよ!」


「どういたしまして?アハハハ……」


名だたる進学校私立高明学院。


その中等部の生徒会室は、夏の日差しに負けないくらい、こうして今日もキラキラと輝いていたのだった。



つづく


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