第21話 嵐のリハーサル

「……ちょっと可哀想だが、仕方ない。玲もアイツを甘やかしすぎだぞ?これからは責任を果たさせないと、もっとダメ人間になるぞ」


「ううう」


優介が去ったドアのこちら側のテンションは一気に沈み、翔の冷たい声が場を支配した。しかし全くその通りなので、玲は耳が痛かった。


「さ。今日は玲がメインボーカルか」


隼人はみんなを励ますように明るく言うと、ギターのスイッチを入れた。


「楽しみだな!」


そう言って正樹は、腕を回して準備運動をした。優しい気遣いの中、玲はキーボードの前に座り、深呼吸をしてドラムの翔を確認した。


やがて彼の合図で、彼らは演奏を始めたのだった。 





「……いい感じ。なんか自分がすげえ巧くなった気分」


「音がバッチリ合ったのに、途中俺、コード間違えた……」


喜ぶ隼人に反し、正樹は落ち込み気味に水を飲んだ。



「いや。あれで良いさ。演奏を止めるのは方が良くないからな。自信を持て」


こうして練習を終えたドタバタバンドは楽器を用意し実際に行われる会場へ向かった。




本日の公開リハーサルにはダンス部や、ラップの披露など、結構多彩な出場者が順を待っていた。



「えーと。僕らの演奏予定時刻は、14時か」


「まだだな。ええと俺達の楽器を今のうちに前の方に運んでおくか」


客席にいる先生達や運営を任されている実行委員の生徒達をしり目に、大きなドラムなどを翔と正樹は、先にステージに運びに行った。


ここで待つ玲は隼人と一緒に順に並んでいた時、彼が彼女の肩を叩いた。



「やべ!……玲。かくれろ!」


そう言うや否や隼人は玲の肩をガバと抱いた。


「な、なに?」


「しい!先生だ」


……そうか?私は部外者だから基本はここにいてはいけないんだった。



当日は紛れるから見付からないけれど、今はここの学校の人に囲まれている状態だったので玲も背中に冷や汗をかいていた。


「ん、そこに隠れているのは、鳴瀬優介か」


「ちがいますよ、大熊先生?」


正直者の隼人に教師は一歩前に出て玲を指した。


「いいや。そんな金だか銀だか知らないが、派手な毛の色は鳴瀬優介しかいなはずだ。いいからこっち向きなさい。ひい!その顔どおした?」


大熊教師はまるで化け物を見るような目で玲を見つめていた。




「ロックバンドのメイクです」


隼人の背に隠れている隙に優介に使う予定だったメイク道具で、鏡を見ずに慌ててメイクをした玲は、適当に塗った真っ赤な口紅が間違いなく唇からはみ出ている実感を抱きながら彼を向いた。




「ぷっ」


「!」


笑った隼人を肘で突いた玲は、そうトボケて教師を見ていた。



「ふざけたことを。君はそんな事よりもやらなきゃいけないことがある!こっちへ来なさい」


「え?隼人さん?うわー」


「おい、待てよ。先生ー」


隼人の声も空しく、玲は先生に引きずられ職員室へ連行されてしまった。



「……全く。君には呆れかえるよ」


「すみません」


立たされた彼女は、職員室で他の教師の見守る中、兄の身代わりに説教を食らっていた。



「勉強はしない。授業中は寝ている。提出物もいつもぎりぎりだ。学校には弁当を食べにきているのかね」


「すみません」


「課題も出さず、いやな授業はさぼる……」


「すみません」


「まったく親の顔が見たいよ」


「……お言葉ですが」


「は?」


「勉強をしないとか、授業中寝ているというのは、先生の方にも問題があるのではないですか……」


「なんだと?」


玲はメイクの顔で真っ直ぐ教師を見つめた。



「不出来な生徒にも興味を引くような説明や、教書に載っていない事柄を説明し、勉強の意欲を促進させるのが教師の大きな役目です。本に書いてある事をただ読み上げるだけでしたら、皆眠くなるのではないですか」


大好きな兄への侮辱を受け、玲は全身全霊のフルパワーでこの教師を叩きのめす戦闘モードにシフトしていた。

こんな玲にロックオンされた教師はこの正論に顔を真っ赤にしていた。



「貴様……誰に向かって者を言っているんだ?」


「貴様とは『目下の者に向かって言う言葉』であり、相手を罵る言葉です。教師は学問を教える立場でありますが、決して偉いわけではありません。現代においての教師とは、単なる職業の一つにすぎません」


「……君は『三尺下がって師の影を踏まず』という言葉を知らんのか!」


「『弟子は師を敬う気持ちを忘れるべからず』、という意味としてお話しされているようですが、これは仏教から来たことわざです。教師に限った事ではありません。さらに生徒を貴様呼ばわりするような教師は、師に値しないと考えます」


「何だと?」


「『実れば実るほど、頭垂れる稲穂かな』。聡明な人格者ほど、謙虚である、ということわざを先生は御存じですか?」


「……口答えしよって」


「自分の意見を述べたまでです」 


男性教師はダ―ンと机を拳で叩いた。


「……そんな口を聞いて。ただで済むと思うなよ!」


「成績を低く評価するとの脅しは、立派な恐喝です。今の会話は録音しましたので、私はこれを県の教育委員会に報告させていただきます」


「ねえ?君達。お話しはもういい?」



この一触触発のムードの中、初老の男性はニッコリ笑顔で玲の肩を叩いた。


「校長?あ、あのこれはその」


怒っていた先生は、ぎょっとした顔をしていたが、校長はまあ、まあとこれを制して玲を見た。


「いいから!ねえ、鳴瀬君、ちょっと来なさい。御茶でも飲もうよ」



こうして玲は校長室のソファに腰を下ろし、渡されたテッシュで顔を拭っていた。そんな彼女に校長は背を向けて本当にお茶を淹れ始めた。


「ダメだよ……。先生をあんなに怒らせるなんて」


「……僕の方に問題がある、というのですか」


「私には、君がわざと怒らせたように見えたけど。はい、これ熱いよ」

 

確かにそうだったので、彼女は受け取った湯のみをそっとみつめた。



「少しやり過ぎだったことは認めます。申し訳ありませんでした……」


すると校長は玲の対面にすっと座った。


「ところで。君は誰なの?私の知っている優介君はもっと気のいい男だよ?」


「う?そうですか。兄と知り合いなんですね」


玲はここで潔く優介では無いことを打ち明けた。


「僕は鳴瀬優介のきょうだいで、玲と申します。本日は兄の代役で学校祭の手伝いをするために兄の振りをしておりました。本当にすみません!」

 

頭を下げた私に校長はまあまあと、彼女の肩に手をかけてくれた。


「そう。ところで。本物の彼は何をしているの」


「学校祭の参加条件である課題を、自宅で進めております」


「ふうん。ところで君は。どこの中学校?」


「高明学院に御世話になっております」


「……優秀なわけだ。君はディベート部かな」


「はい」


「なるほど。兄思いの有能な君は、兄を侮辱され思わずカッとなり相手を言い負かそうとしたってところかな」


「……そんな綺麗事ではありません。先ほど件は、私の悪い癖です」


「口論していると、ついケンカ腰になるってことかな?」


「そうですね。つい相手より優勢になろうとするあまり、相手を傷つけてしまう事をわかっているのですが、止められなくて……」



すると校長はふっと笑って椅子に深く座り短い脚を組んだ。



「そうかい。でもね、本当にわかっていたら止められるはずだよ。君は口で言っているだけで、自覚が足りないんじゃないのかな」


「……校長先生」


いつも口達者な玲は優等生で大人にあまり叱られた事が無い。

ましてや彼女を納得させられる話を説く大人にも出会った事が無かったので、このストレートな真理は彼女の心を震わせた。



「ごめんなさいね。君はまだ中学生なのに、きつい事を言ったよ」


「いえ。あの、ありがとうございました……。正論です。すっきりしました」


嬉しくて心臓がドキドキした玲は、すくと立ち上がった。



「先生。本当に申し訳ありませんでした。先ほどの件は反省しております。それと、今後供、不肖の兄、優介を、どうぞよろしくお願い申し上げます」


「そんなことは言わなくても大丈夫だよ。私は優介君が好きなんだから!はい、はい。もう顔を上げて!さ、お行きなさい。お仲間が待っているよ」


そう言ってにっこり顔の校長がパッとドアを開くと、あの三人がダダダーッと部屋に倒れ込んできた。




「え?みなさん。だ、大丈夫?」


「……校長。玲は悪くないです!」


「そう。悪いのは全部、優介で!」


隼人と正樹は、倒れたまま校長先生に直訴していた。



「……お前達。まず、俺から降りろ」


二人が降りると下敷きになっていた翔は、ゆっくり立ち上がった。



「校長……。兄思いの健気な玲は、まだ中学生なんです!広い心と、長い目で!どうか穏便に……」


「わかっていますよ。この子の事、ちゃんと面倒みなさいね。君らも御兄さんなんでしょう?」


「「「御兄さん?」」」


隼人、翔、正樹は顔を見合わせると、ふっと微笑んだ。



「……そうですね!校長」


「ほら、行くぞ!玲」


「もうすぐ俺達の番だし」


「はい!」


三人に背を押され、彼女は熱い会場へ駆けて行ったのだった。




つづく





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