第13話 年下の男の子

「玲。入って良いか?」


「いいけどさ……あのね」


一緒にバンドを組む実兄、優介ために銀髪にした中学三年生の夏休み。



彼女は今日は何も予定が無く、大人しく勉強していた部屋に勝手に入ってきた彼に振り向いた。



「そのドアの電子錠をどうやってを開けたの?」


「お前の暗証番号などお兄にはお見通しだ!って言うは嘘。これは外したから?」


例の部屋の鍵。電動ドライバーを片手にニヤと笑った優介は、イヤホンを外した妹のベッドに腰を下ろした。



「あのな。いきなりなんだけど、お前に頼みがあるんだ。これから用意をして俺と一緒に夏祭りに行ってくれ」


「本当にいきなりだね」


そうか?と本気で思いながら金髪をそっとかきあげている優介に玲は訊ねた。



「一人でいけばいいじゃない?別に私がいなくてもそれくらいはできるでしょう」


「だって……。隼人がお前も連れて来ないとダメだっていうんだよ」


兄の長ーい話しによると、隼人のバイト先のコンビニ店が夏祭りで出店をするのに手伝いが足りないので優介と玲に手伝ってほしいという話しだった。



「アイツはさ。お前を男だって信じているしさ。それにこの前の翔の執事喫茶は手伝ったのに、隼人の時は手伝わないのはおかしいだろう?」


珍しく正論を説く金髪の兄に、玲の手がはた、と止まった。


……確かに隼人さんには日頃兄がお世話になっているし……。



「わかったよ!行くから。でも私は中学生だからボランティアって言っておいて?」


「了解!じゃ……15分で用意しろ」


「えええ?」


こうして兄に渡された男性用の甚平に着替えた玲は、無茶苦茶な兄に振り回されながら、隼人が待つ夏祭り会場にやってきた。



「よ!来たか。急で悪かったな」


「良いってことよ!気にすんな」


グレーの浴衣姿の兄は、うちわ片手の隼人にご機嫌に挨拶したが、日が西に傾いてきたこの会場はものすごく暑かった、


「いや。俺が言ってるのは、玲だから?来てくれてありがとうな!」



そういうチャラ男の隼人は紺の無地の浴衣がお似合いで、先ほどから金銀ヘアの鳴瀬きょうだいと一緒にめっちゃ目立っていた。



「こんにちは、隼人さん。今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ。よろしくな!」


そういってテントに案内した隼人は、これからここでコンビニの商品を販売すると説明した。


「あとな。こんな暑い日はやっぱ『かき氷』だろう?うちの店に機械があるから、これも売ろう話しでさ。お前にはこの販売を手伝ってもらいたいんだよ」

  

 

そういって隼人は、テント内にあったかき氷の機械を玲と優介に見せた。



「……電動ですね」


「ああ。発電機はまだ止めてあるけど」


「一回やってみましたか?」


「いや。あれ?誰か試したと思ってたけど」


こういう機械は年に数回しか使用しないので、使おうとしたら壊れていました、というパターンに陥ったことのある玲は、嫌な予感がした。


「隼人さん。これ、一度試しに動かしてみましょうよ」


「いいけど。ええとそれがコードか」


そして隼人が発電機を動かしてくれたので、玲はコンビニの氷を使ってかき氷を作ってみた。


しかし。


バーで押さえているはずの氷は、くるんくるんと回ってしまい固定されないせいでかき氷は全然できなかった。


「はあ?なんだこれは」


これを見ていた優介はじっと機械を見ていた。


「隼人。これ刃がボロボロだそ?かき氷の機械は、まず刃を研がねえと。それとここのビスが浮いているから押さえる力が弱いと違うか?……プラスドライバーじゃない、六角レンチあるか?」


「……店の中にあると思うけど、俺そんな道具、わかんねえぞ?」


「いいよ。俺が店長さんに行って直接借りてくるから」


下駄を響かせて頼もしくコンビニに向かった優介を見た隼人は驚き顔で玲を見た。


「あれは本当に優介か?」



驚く隼人に玲は力強くうなづいた。


「なあ、マジで超頼りになるんだけど?」


「……知りませんでしたか?お兄は機械に強いんです。それよりも刃を見せてください。あーあ。サビているな……」


でも研げば何とかなるかな、と思った玲はかき氷の機械が入っていた箱を覗き込んだ。


「あのね、隼人さん……砥石は?」


「砥石?そんなもんはコンビニでも置いてないぞ」


「……このかき氷の機械の部品と一緒にあったりして……あった!砥石だ」


玲は兄に刃を外してもらいコンビニの外の水道で、砥石で刃を研いだ。

このサビは軽いものだったので、すぐ落ちた。


……よし、これで使えますよ!


「隼人さん。お兄!できたよ、あれ……?いない?」



準備が終わったが、自分を待っているはずの二人がテントにいなかった。

玲は仕方なく一人で研いだ刃を設置に用意を整えた。


やがて氷屋が届けてくれた氷を乗せ、実際に何度か作り、丁度いい氷になるポジションを見つけた。


そして玲は他のコンビニ店員に言われてテーブルの上にあったお祭りのハッピを着て二人を待った。




……これでいつでもオッケーだけど。肝心の隼人さんとお兄はどこにいたのかな。



携帯も出ないので玲は隣のテントの人に二人の事を聞いてみた。


「ああ。その二人なら、ナンパがどうとか言ってましたよ」


「え?まさか女の子をナンパしに行ったんですか?」



……あり得る!あの二人なら。は?もしかして……最初から?



この時、ようやく玲は隼人が自分を誘った理由に気が付いた。

しかし。玲の前には客がやってきた。



「すみませーん。かき氷2個ください」


「は、はい。少々お待ち下さいね」


腹が立っていたのでこの場を放棄してやろう玲は思っていたが、やって来たのは可愛い子供だったので、かき氷を作ってあげた。


「はい!お待たせしました。シロップは?」


「メロンとイチゴで!」



どうぞ、と渡すと後ろにも客が並んでいた。



……うう。本格的に始まっちゃった……。



仕方なく。

彼女は腹を決めて注文を聞いた。


「ご注文どうぞ」


「……えーと。ブルーハワイと練乳。それとカルピス。レモンとコーラも」


「全部で5個ですね。1万円お預かりでしたので、8,500円のお返しです!え、何この人の数……」


あまりの暑さのせいか、玲一人のかき氷店には行列ができていた。





電動なのでかき氷は勝手に出来るため、手際のよい玲は客さんのオーダーの通りに、次々とシロップをかけて、どんどん売っていった。



「お待たせしました!はい。コーラと練乳のミックスで!あ、申し訳ありません。レモンはもう完売なんですよ。醤油?醤油はちょっと用意してなかったです。はい、すみません……はああああ」




ようやく客の行列が途切れたにほっとした玲がふと見ると、周囲はすっかり宵闇になっており、盆踊りの曲が流れていた。



その時、やっと様子を見に来たコンビニ店長は、この売れ行きに喜び、氷を追加しまだまだ売って欲しいと言ったが、販売用のカップの在庫が無いため、今の氷で作れる範囲でフィニッシュで良いと言った。



仕事を早く終えたい玲は、どんどん客に声を掛け、とっとと店じまいをしのだった。




どうしようない男達であったが、この不在を店長が知ると、隼人が首になるかもしれないと思ったら玲は、この場は三人で売った事にし、売り上げ金を店長に渡した。


そして片付けはこちらでやるという言葉に当たり前でしょう!というのを我慢し、騒がしい祭りの中、涼しい風が吹く川のベンチに腰掛けた。



『……好きだ。好きだ♪逆立ちしたいほど……』


聞き覚えのある鼻にかかった音程の外れた声が、カラオケ会場から聞こえてきた。

見るとステージにはスタンドマイクで唄う兄と、隣でタンバリンを叩きながら踊っている隼人を発見した。


『……だめだ。だめだ♪僕、逆立ちができ、ない♪』



呆れた彼女は、兄に先に帰るとメールをし、帰ろうと立ち上がった。

すると、どこから泣き声がした。





「……うっうう……」


「うお?……え、誰かいるの?」


良く聞くと子供の声だった。

彼女は暗い公園の目の前の滑り台の下で、泣いている子供を発見した。一人の様子だった。






「どうしたの?君、迷子?」


「うるさい!僕の事は……ほっといてよ」


「あ、そう。じゃあね」



ネイビーブルーのTシャツ姿には見たところ怪我も無いし。言う通りにしてあげようと親切な玲がここを後にしようとした。


「……待ってよ?置いて行くなよぉ」


「なんなのよ」


泣きながら玲の服を掴んだ男の子に彼女はかがんで目線を合わせた。



「どうしたの?まあ、いいからこっちに座ろうか」


彼女は男の子を抱きあげベンチに座らせた。


「ねえ。何か飲む?」


「……リンゴジュース」


玲は少し大人しくなった男の子の顔と手を濡らしたハンカチで拭いてやると、自動販売機で真っ赤なリンゴのイラストのジュースを買って渡した。



そしてこれを飲み干す彼をじっと見ていた。





……この様子、幼稚園年長?もしかして小学一年生くらいかな。



子供の年齢が良くわからない玲は、まずは話をしようと隣に座った。



「落ち着いたら、話しを聞くよ。迷子なら、お家まで送ってくし」


「もう、家には帰れないよ……」


「家出するにはまだ早いと思うけどね。どうしたのお家の人に叱られたの?よかったら話してごらん。誰にも言わないから」


シーンとした二人のベンチのそばの街灯には虫が集まって来ていた。


「本当に?」


「うん。だって、話す相手いないもん」


「それもそうだね」


これに安心したのか、子供はぽつぽつと話しだした。

だらだらと要点がしっかりしない長い話だったが、普段優介のこの手の話に慣れている玲は話の真意を簡単に見出した。



「……話しを整理すると、君のお家は生け花をしている家で、今夜は君が皆の前で、花を生ける儀式があったわけか。で、君はそれから逃げて来ちゃったってこと?」



悲しくコクンとうなずく男の子に玲は腕を組んだ。


「どうして逃げちゃったの?」


「だって。僕、生け花怖いんだよ?でも僕の家は花の先生をしているから、僕もやらないといけないんだ」


「お家の事情か……」


玲の通う高明学院の友人にもこういう運命を背負っている人がたくさんおり、普段から家業を継がなくてはいけない愚痴を聞かされていた玲はこの話の根の深さに頭を抱えた。



「で、どうして怖いの?」


「……お花をハサミで切って、針に挿すのが、僕」



……針って剣山の事を言っているのかな。確かに、針だし……。


そういって俯く子供の背を玲は優しく撫でた。


「そうか。それはそうかもね」


悩み相談はまずは同調する事。兄貴の相手をしている彼女は適切に対応していた。


「それに……お兄ちゃんは平気だっていうんだけど、お花さんは痛いと思うんだ……」


「お花さん?」



そういって目に涙をためる男の子に玲の胸が思わずドキンとした。


……か、可愛い!!


こんな健気な男の子に嬉しくなった玲は思わず彼を抱きしめて膝に乗せた。



「……そうか。そうだよね。怖かったね……」



抱きしめてユラユラと彼と揺れた玲だったが、これをどう対処しようかと模索していた。



「……あのね。君、お花ってどうして咲くと思う?」


「みんなを幸せにするためだよ」


「いや。違う……。蜂や蝶や鳥を呼ぶためだよ」


「へ?」


玲はそういって、彼をベンチに再び座らせた。


「みて。あのタンポポを。あの花は綿毛で種を飛ばしているよね」


そんな種は花粉で作られると玲は説明した。


「でもさ。花は自分で動けないでしょう?だから花粉を虫や鳥に運んでもらうんだ。だから花は、虫達に集まって欲しくて、蜜や香りを出し、色鮮やかに咲いているんだ」


「虫を呼ぶため……」


「そうだよ。そしてあの小屋に絡んでいるツル。あれはカラスウリといってね」


玲は夜に咲いて蛾に花粉を運んでもらうのは、地味な花だからと説明した。


「昼に咲いても誰も見ぬ向きもしないでしょ?でも夜にはライバルの花が少ないからね。花は虫を呼ぶためにそこまで努力しているんだ」


「……」


話を聞いて納得している彼に、玲は説明を続けた。


「それにさ。君は針に指すのが可哀想と言ったけど。ほら、あのステージを見てごらん」



そこには浴衣姿の上半身を剥いだ姿で演歌を歌う若い男二人がいた。




「いいかい?花にとって剣山はあのステージと同じだよ」


「あれと?」


「ああ。短い命だからこそ、綺麗なうちに君の手でステージに飾ってほしいんじゃないのかな」


「ステージか……楽しそうだね」



優介の下手な歌と、隼人の踊りが作る席からの爆笑がここまで聞こえていた



「フフッフ。……それにさ。ハサミで切ると花は痛い、と君は言うけれど、痛いなら血が出るはずだよ。今までそんな事あったかな?」


「ない。水がでるだけだよ」


「ほら。痛みはないんだよ。そこは安心しなよ。それに生け花っていうのは、花を生かすって事でしょう……。君は花を生かし、見た人を幸せにできるなんてすごいと思うけどな。あ、ひょっとして、生け花、ヘタなの?」


「まさか?僕は天才だよ!」


彼はベンチからぴょんと降りた。

この元気な様子に玲は笑顔を見せた。



「一人で帰れそう?」


彼は力強く首を振った。



「無理だよ?!僕の母さん……鬼だよ?!」


「わかった!大丈夫。一緒に謝ってあげるから、帰ろう」


早く家に帰りたかった玲はこうして夜店の人波を彼と手を繋ぎ歩いて行った。

その時、ここに来たことがあるような気がしてきた。



「ここ……か。やっぱり……」



そこには『雨宮華道教室』と看板があったのだった。



つづく

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