第14話 鬼夫人

「凛君!?どこにいたの、今まで」


彼が指さす『雨宮華道教室』と書かれた立派なビル。その一階のガラス扉の前に立っていた着物型の女性は、凛を見て血相を変えて駆け寄って来た。


「……ごめんなさい」


「もう!みなさん心配してたんですよ、ってあなたは?」


銀髪で甚平姿の玲はあきらかにチャラそうな男の子。だか、ここで腹を決めて挨拶をした。



「僕は公園にいた彼をここまで連れてきただけです。あの、どうか、彼を叱らないでやって下さい」


そういって玲は凛のためにすっと頭を下げた。人のためにそこまですることないと思うの普通だが、兄のために謝罪をする日々の玲。このくらいの事は抵抗が無く、これで解決するなら手っ取り早いと彼女は思ってた。


そんな時。


ビルからは続々と人が出てきた。その中に、やはり彼がいた。



「あ、雨宮君!こっちに来て」


「?僕ですか」


着物姿の後輩雨宮は、不思議そうな顔で男前の玲の元に来た。


「雨宮君。私よ!鳴瀬玲。こんな恰好だけど」


「え?鳴瀬先輩?誰かと思った!?」


驚きの目で見開く彼は、まるで化け物を見るかのような表情を玲を下から上まで見た。



これに構っていられない玲は、話を進めた。


「あのね。その儀式って終っちゃたの?」



「どうして先輩がそのことを?」


「いいから!弟君の儀式って、まだ間に合うの?」


すると雨宮はビルを振り返りながらやんわりと話した。



「……たぶん。無理でしょう。凛も無理だし、母も怒っているし……」


「そうか。せっかくやる気が出てみたいだったけど」


「……迅。こちらの方は?」


「おっと。これは?」


高明学院保護者代表、雨宮夫人の登場に、玲は眉を潜めてしまった。



『高明学院 鬼 母』でネット検索したらこの人がヒットするくらいの偉大なこの女性は、玲でも分かるほどの高級な着物姿で圧倒的なオーラを放っていた。



「あなたは誰?」


「え?あの?お母様、こちらは」


説明しようと困惑気味の雨宮を、玲は制した。


「恐れ入ります。私は通りすがりの名も無き者です。公園にてご子息に逢いました。生け花について色々お話しましたが、彼も反省していましたので、どうか叱らないで頂けないでしょうか」


見た目はスーパーチャラ男の銀髪玲の正論はむしろ夫人の機嫌を損ね、彼女は嫌そうな顔をした。



「ここまで送って下さったのは感謝いたします。ですが、これは我が家の問題!部外者は関係ございません。さ、凛、行くわよ」



そう言い踵を返した夫人に玲は、その冷たい背に声をかけた。



「夫人!後日でも構いません。彼にもう一度。チャンスを上げてください。今ならきっと生け花が出来ると思います」



すると夫人は真っ赤な口紅の口元でキッと玲を睨みつけた。



「……あなたは知らないでしょうけどね。あの子の逃亡は今に始まったことじゃないのよ」



その苛立つ声。これに玲の正義感に火をつけてしまった。


「ではお尋ねします。彼が何度も逃亡するほど苦しんでいたのに、母親のあなたはどうしてその意味を考えてあげないのですか?」


このやけに冷静な声。そばにいた雨宮は弟の凛をそっと抱きしめ、そろりそろりと、この場から離れた。



「失礼ね。意味など関係無いわ。これは我が家の問題なんですよ!?他人は黙ってなさい!」


「……子供の嫌がる理由を知ろうとせず、躾と称して強制するのは、虐待です!」


この口論。雨宮は凛の耳を塞いでいたが、なんかニヤニヤしていた。



「なんですって。虐待とは何よ!あなたね?私は息子の為を思ってやっているのよ。あなたに何がわかるのよ!?」



すると玲は怯むどころか一歩前に出て、夫人を睨みつけた。


「欺瞞です!子供を自分のものだと思っている人間の考え方だ!」


「え?」



ここで玲は鬼夫人にとどめを刺し始めた。


「そうやって親だから何をしても良いわけではありません。子供の意見を尊重してこそが、本当の愛です」


「うるさいわね!大人には都合があるのよ!!」


「知りませんよ?大人の都合なんて!!」


「へえ……お母様がタジタジだ?」


「お兄ちゃん。僕も聞きたい!」


雨宮は弟を解いた。両者を良く知る彼は着物の袖をまくり腕組みをし、このバトルを感心しきりで凛と眺めてた。



「息子さんは『お花は人を幸せにするために咲いている』と言っていました。だからお花が大好きなんです。でも、刃物が怖いのかもしれません。とがったハサミとか、針の剣山が」


「……え?なんですって」


玲の正論攻撃に鬼夫人は、興奮していたが、玲は真っ直ぐ話を続けた。



「凛君は大好きな花を、ハサキで切って。剣山に挿すという行為が、苦痛なんですよ。あーあ。誰にも言わない約束をやぶっちゃった」


その時、ビルから女性がやって来た。



「……あの、奥様。家元がお呼びでございますが?」


すると夫人はいきなり玲の手首をむんずとつかんだ。


「は?」


「あなた!そこまでいうなら来なさいよ。!まさか?逃げるつもりはないでしょうね?」



「ええ?あの私はもう、言いたいことは言ったから。これでおさらば……えええええー?」

 

「わーい!先輩も一緒だって。良かったね凛」


「うん!お兄ちゃん。」



夫人に腕を取られた玲は、こうして雨宮華道教室のエレベーターに乗り込んだのだった。

  


つづく

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