第12話 ガチンコ対決

店受付の執事を突き飛ばし、すみれ嬢は男装している玲に突進してきた。玲もなんか言ってやろうとすううと息を吸った時、目の前に広い背がさっと現れた。

 

「……申し訳ございませんが、お客様。他のお客様の迷惑になる行為は御遠慮申し上げます」


ピアノの発表会のレベルのワンピースを着ていた彼女を制止するように、翔は玲の前に颯爽と立ちはだかった。


あまりのカッコ良さに玲は心を持っていかれそうになっていたが必死に冷静を務めた。翔はすみれと対決していた。




「アルフレッド?それが客に対する言葉なの?」


「申し訳ございません」


こんな彼に玲はいてもたってもいられずに彼の袖をぐいと引いた。


「翔さん。僕。彼女と店の外で話を付けてきます」


他の客の注目を浴びていた玲は翔の背中に向かって囁き、彼の脇の下を抜けようとした。


すると翔はふわと玲を抱きしめた。



「玲。ダメだ……お前を行かせるわけにはいかないよ」


「え?」



突然、翔に抱きしめられた玲は頭が真っ白になった。しかも初めて名前で呼ばれたことに玲はドキドキしていた。この勇ましい行為にBL好きの女子はキャー!という黄色い悲鳴を店に轟かせていた。



「で、でも翔さん?これではここにいるご令嬢達に迷惑が掛かります。僕のせいでみなさんに迷惑をかけるわけにはいきませんから、ね?離して?僕は大丈夫ですから……」



そういって玲は翔の腕をそっと振りほどき、すみれ嬢と対峙した。


「君は……僕に用があるんだよね」


「そうよ。あるのよ。用が……」



黒い微笑みを称えたすみれは、いきなりピンクレディーのテーブルにあったグラスの水を掴み、玲の銀髪にゆっくりとかけた。これにはピンクレディが驚きの声をあげた。



「おお?……なんてことを」


「あら?彼は暑そうなので冷やしてあげたんですよ?フフフ」


ピンクレディーに笑みを浮かべるすみれはこの場を静かにさせて行った。




そして最後にグラスの氷が、玲の頭に当たりコロンと床に落ちた音がした。


これによりホールはシーンとなり、玲の髪からは水が滴り落ちていた。




「……いい気味だわ。私を侮辱した罰よ」


腰に手を当てた玲を見下すすみれに、玲はまっすぐ顔を上げた。



「気が済みましたか?お嬢様」


玲は顔を拭きもせず濡れた前髪の隙間から、じっとすみれ嬢を見据えた。



「何ですって?」


冷静な態度の玲に対し、すみれは怒りに身体をわなわなと震わせていた。




「これ以上は本当に迷惑になりますので、どうか僕と店の外に来ていただけませんか。お願い申し上げます」


店の雰囲気に圧されすっかり執事気分になっていた玲は、彼女に頭を下げた。




「土下座をしたら、いいわよ?」


「お止めなさい!あなたがそこまですることはないわ」


ピンクレディーの声も聞こえない玲はどうしたものかと思っていた時、彼女の頭にふわとタオルが降ってきた。





「……おいで。俺が拭いてやるから」



加勢に来たロッシは、玲を背後から抱きしめたまま腕の中でゴシゴシと拭いてくれた。

    

  

この優しい行為に、キャーという2回目の黄色い悲鳴が店内を包み込んだ。真顔の翔は、再び玲とすみれ嬢の間に立ちはだかり冷たく言い放った。


「お嬢様。これ以上のお戯れは、警察を呼ばせて頂きます」


「何よ、アフルレッド。呼べば?別に構わないのよ。こっちには弁護士がついているんだから。どうぞ、入って!」



そうほほいきり立つ彼女の背後からは30代後半位のスーツ姿の男性が現れた。

玲は彼の胸のバッチを見て弁護士と悟った。




「私は弁護士の御子柴みこしばと言う。君は娘にストーカー行為を働いたそうだね?」



ものすごい言いがかりだったが、得意顔の彼女は父親の同伴で強気の姿勢を見せていた。



そんな弁護士に玲は首を傾げながら話かけた。


「……もしかして。東京弁護士会の役員の御子柴先生であらせられますか?」


玲の声に、御子柴は眉間にしわを寄せた。



「確かにそうだが?君は」


玲はロッシと翔の腕の中から出て、弁護士と和かに向き合った。




「先生!僕は弁護士会顧問の白河先生の門下生、というか、勉強会に参加させていただいています。先月の高輪ホテルでの講習会!御子柴先生の貴重な講和、僕も拝聴していました……」


「え。君はあの席にいたの?」


「はい。御子柴先生のおっしゃる『現代の民法で情報問題のトラブルを解決する解釈方法』というお話し。非常に興味深いものでした。白河先生も感心されていました」


「本当かい?だがあの日は、高明会のメンバーだけだぞ?」


玲の通う高明学院中等部は、名だたる進学校。その卒業生達は高明会という組織に強制的に加入させられており、その組織は政治を動かす力もあるといういう噂だった。


「先生。僕は現役生です!『……その結束力は?……』」


玲の問いかけに御子柴は条件反射で嬉々として大きく息を吸った。



「『ダイヤより堅く!その血潮ちしおは?……』」


「「『親より、濃い!』」」


高明学院の合い言葉をこうして決めた玲と御子柴は、イエーイと笑顔で熱いハイタッチを決めた。


「いやいや。そうか?君は高明か!ハハッハ、身内じゃないか?」


「光栄です!御子柴先輩!」


敵を仲間にした玲の剛腕を、信じられないロッシは翔の肩に手を置いた。



「翔。こいつってなんなの?」


「……俺が知りたいよ」


高明学院のハイスペック玲を知っているはずの翔は、そういってため息をついていた。が、この状況が一切理解できないすみれは、父親のネクタイを引っ張った。


「ちょっと!パパまで何なのよ?私を差し置いて」


「なんだ?すみれ。お前いたのか」


「あの、御子柴先生!ここは迷惑なので店を出ましょう。あの、店内のお客様……」


 

玲は店内をくるりと見渡した。


「僕の事でお客様に大変御不快な思いをさせた事を、心から謝ります。本当にすみませんでした」


しかしここで思わぬことが起きた。



……パチ、パチ、パチ……

 

いつの間にかピンクレディーが玲に賛同し、パチ、パチと、ゆっくり拍手を始め、やがてこれは店内の客の賛同で夕立のような音にまで発展していた。




「……アンドレ。すてきなドラマをありがとう。久しぶりに楽しかったわ。ここはもういいから。早くお行きなさい。ね、みなさん?」



はい、と頷くお客様達の頬は、なぜか赤く染まっていた。

そしてピンクレディーは嬉しそうに玲の手を取り、付け睫毛の重そうなまぶたで、ウインクをした。




その後。


玲は翔が用意した別室で話し合い、御子柴弁護士の誤解を解くことができた。しかし御子柴に叱られたすみれ嬢は、ぶうとふくれていた。



ストーカーをしていたのはすみれ嬢の方だったが、下を向いてうつむく彼女を見ると後味が悪く、玲は申し訳ない気持ちになっていたが、彼女は御子柴父子を見送った後、店に戻った。




「おい、アンドレ!本当に大丈夫だったか?」


「はい、ご心配かけました」




玲が戻った店内は客が途切れ、今は店内スタッフの休憩時間になっていた。

そして子犬を愛でるように玲の頭をなでるロッシは、バターの香りがした。


この時、ようやく実の兄が口を開いた。


「……あのロッシさん?うちの玲は口げんかで負けたことは無いんで。見くびらないでもらえませんか」


「お兄?何ケンカ売ってるの?ロッシさんは心配してくれただけじゃない!」


「俺も心配したぞ。玲」


「もちろんです翔さん……あの、お客さまから苦情とかありませんでしたか?」


「何も?ただ……ちょっとな……」



そう言ってロッシと翔は、大きくため息を吐いた。



「ピンクレディーにお前にホール係りをやってほしいと頼まれてしまった……」


「僕が?あんなに迷惑かけたのに?」


「ああ。ピンクレディーがそう言って念を押して帰って行った」


翔はそう言ってきょとんとした顔の玲に、首を振っていた。




やがて一息入れようとロッシは玲のためにまかない食のフレンチトーストを作り振る舞ってくれた。



「にしてもさ、アンドレ。お前さ。妙に手際が良かったな?」


ロッシはそう言って玲の眼の前の皿のフレンチトーストに、たっぷりとハチミツをかけた。



「フフフ。実は僕。料理しながらお客様のオーダーには一定の法則があることに気が付いたので。途中から予測調理を行っていました!」


「オーダーを予想して作った?……」


「そうですよ、翔さん。いただきまーす。はい、お兄、一口どうぞ!アーンして」


「うん……うまい!後はお前が食って良いぞ……」


一口目を兄に振る舞う玲の様子。このラブラブ自称鳴瀬ブラザーズのテーブルに紅茶を運んで来た翔ははあきれ顔を見せた。


「もういい。お前が食え」


「はい。ありがとうございます!うわ。これ?ふわふわして、美味しいです!あ、予測調理は、食材を無駄にする可能性があったので、黙っていました。すみませーん。あー幸せ……」



ハイスペック女子の玲は美味しいものには目が無い。このフレンチトーストにメロメロになっていた。


こんな玲に翔は何気に質問してきた。



「なあ、玲。ちなみにその一定の法則ってなんだ?」


「やめとけ。翔。訊いたってどうせ玲にしかできないんだから。おい、玲!それ食ったら帰るぞー」


「ふぁーい」


「なんだ。せっかく面白いヤツが入ったと思ったのに」



そうぶつぶつ話すロッシに、優介はドヤ顔を作った。



「ロッシさん。俺は暇だから今度のライブが終わったらいつでも来ますよ!いつでも連絡ください!」


「蘭丸か……」


優介の嬉しそうな決めポ―ズをロッシと翔は冷めた目で見てた。



「フ」


「何だよ?翔まで!くそー」


含み笑いの二人に対し、優介は顔を真っ赤にして怒っていた。この男子達に構わず、玲は皿を空にした。



「はい。御馳走様でした!」


「お味はいかがでしたか?アンドレ王子」


すっと空のお皿を掴んだ翔は、ふざけて玲をお客様扱いした。

これに玲は悪乗りの演技を始めた。


「おお、アルフレッド?パティシエをここへ呼んでおくれ」


「はい、王子様?私はここに……」


ロッシもふざけて胸に手を当て頭を垂れ、この寸劇に参加してきた。

これに玲はなぜか悲しい顔を作った。



「……ひどいじゃないか。僕は不幸になったよ」


「え、どうした」


悲しそうな顔をした玲。翔とロッシが見つめる中、寂しく語りだした。




「これを食べたせいで、僕は他のフレンチトーストを食べられなくなったじゃないか?責任を取って欲しいよ?……」


玲の大げさな冗談にロッシは、フフフと笑った。


「ハハハ!ア、アンドレ王子のお褒めの言葉。光栄にございます。他にも何かご所望ですか?」


「いいえ。僕はお城に帰ります」


玲がそう言って立ち上がると、翔はすっと椅子を引き、優介に声を掛けた。



「蘭丸、何をしているのだ?アンドレ王子のお帰りだ。早く馬車を引け!」


「え?パッカパカパカ、ヒヒーン。ブルブルブル〜!!」


「お兄は……う、馬なの?」

 

彼のおトボケに執事喫茶は爆笑に包まれた。



執事喫茶しか入っていない雑居ビル。


この日以来、このビルの一番人気の執事喫茶ローズガーデンには『アンドレ王子の不幸なフレンチトースト』というメニューが増えたということだった。





つづく。




    

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