第3話 車いす

「どうですか?新しい車いすの調子」

病院の備品として与えられていたものから、納品されたばかりの真新しい車いすに乗り換えた私にリハビリのPTは尋ねた。

「軽くてとってもいい感じ、実際に街中を散歩してみたいね」

自分に合わせて調整してもらったぴかぴかの車いすは、障害でふさぎ込む事の多い生活に、何かしら希望をもたらしてくれる存在のような気がした。


「良かったですね、来週あたり外出の予定入れときます。それまで段差越えの特訓しましょう」

遠慮のないPTの言葉も、新しい車いすの感触にすっかり有頂天だった私には気にならなかったのだが、にこやかな表情でもPTの目元は笑ってなどいなかった。


そもそも私には、車いすで段差を乗り超えるテクニックがいかに重要かという事の認識がなかった。

歩ける人にとって段差などこの世に存在しないも同然だ。が、歩道と車道のあいだの溝、コンビニの入り口、玄関やお風呂場の境目、建物の中でも外でも、世の中段差だらけだ。石畳の舗道、なんていささか趣のある光景のように思えるが、車いす乗りにとっては悪い冗談としか思えない。一度車いすで出かけてみればわかるが、人工的でフラットな場所以外は車いすなど不便で無力な代物以外の何物でもない。

「新しい自分の足」とか吹き込まれて一生懸命練習しても、車いすで乗り越えられる段差などごく一部にしかすぎない。

水平方向の移動は、電動車いすや、介助してくれる人がいれば何とかなる場合もあるが、垂直方向の移動についてはもうお手上げだ。車いすにとって、エレベータ、エスカレータが無ければ、地下や、二階以上の階は無いも同然なのだ。


こうして実際に街中に出て、一生懸命練習した段差越えがごく限られた場面でしか役に立たない事を思い知らされ、車いすで外出すると言う事の現実に直面した私は、段差越えの特訓をすると言っていたPTの冷めた視線の意味を理解した。

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永遠のワンパターン 3時のおやつ @3jinooyatsu

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