初めまして

 昨夜はお楽しみでしたね。

 なんてね。





 交代門番の二人が買ってきてくれた晩御飯を食べて、楽しく会話した。

 交代門番の組は深夜番だったらしく、早めに切り上げて仮眠をとっていた。


 僕も、早くに寝た。












 というわけで朝。

 さわやかな日差しが窓から差し込んできた。

 気持ちいい。

 どこからか小鳥の鳴き声が聞こえる。



 こうやって自然を愛でたりする余裕を持てるたのは、この世界に来てからだよな。

 朝起きたらすぐに単語帳を手に取っていた日々を思い出したけど、この世界には単語帳なんてない。

 ノートやシャーペンはあるけど、勉強には使わないし。



 少ししたら、ドアが開けられた。

 部屋の前には、いつものベテラン門番が立っていた。

「おお、早いな坊主。朝飯できてるぞ。九時ぐらいには出かけるからな」

「はい」




 今は六時半から七時位だろうか。

 いつもの食卓には、新人門番だけが座っていた。

 交代門番組は、ようやく帰ってきて寝ているのかな。


 昨日と同じ硬いパンだった。

 牛乳も一緒に。

 この世界の衛生ってどうなんだろう。




 美味しくいただいてから、数十分。

 身だしなみを整える。

 貰った服も二着目。




「今から神殿行くけど、準備良いか」

「はい」



 もうこの宿舎には戻ってこないのだろうか。

 用があったら来てもいいだろうけど、もう一度泊まることはないだろうな。

 持ち物は全部忘れず持っていく。例の文房具しかないけど。

 ノートを無理矢理丸めてポケットに突っ込み、いざ出発。






 ようやく、ようやく異世界の町を歩く。

 窓から覗き込んだ感じ、道は石畳み、家は木造が多かった。

 実際歩いてみてもそんな感じ。

 向こうの世界でも、この時代のヨーロッパってこんな感じだったのかな?

 勉強はしていても、博識ではなかったからよくわからないことも多い。

 

 たとえ元の世界とは矛盾してても、あの神が支配しているような世界だ。何の不思議もない。




 町の壁から、20m離れたことすら初めてだった。

 宿屋とか、雑貨屋とかが多い。生活感がない、というか町にやってきたばかりの人を相手にした商売が多いようだ。


 いかにも旅商人、みたいな人も多い。いくつか馬車も通っている。相応に広い道だし。

 この人達は多分、東門から入ってきたんだよな。

 一昨日、僕がやってきたときは門の辺りに誰もいなかったけど、それにしては商人の人数が多いな。出入りの多い時間や日があるんだろうか。



「どこまで行くんですか?」

「神殿、つうか教会だよ。コーメーの教会は、この町の東西南北と中央にそれぞれあるけど、一番近い東の教会だな。どこでも同じだしな」



 コーメー、もとい光祝神命教の教会ねえ。聞いてる感じからすると、神への祈りとかよりも、役所みたいだな。

 一つの町に五個も教会があるのは多いのかな。この町が広いのかもな。

 教会行くの、アイツの領域に踏み込むみたいで気が乗らないなあ。







 目的地が多少気がかりでも、初めての外出に少し浮かれていた。

 メインストリートをただただまっすぐ歩いてたけど、枝道もいくつかあった。

 四本目位の枝道の前を横切ろうとしたとき。


 タ、タ、タ、タ、と。


 軽やかに駆ける音が路地に響いていた。

 なんだなんだと、状況を把握する前に。


 ドンッ、と。


 痛ってえ。

 ぶつかってこられた。

 なんだ?いや、誰だ?






 目の前に女の子が転がってた……。

 こけてた、というのが正しいのかもしれないけど、転がってるって感じだった。

 なんなんだよ、こいつ……。



「おいおい、大丈夫か?坊主、と嬢ちゃん?何があった?」

 僕にもわかりません。 




「大丈夫?」

 こけたまま、立ち上がってこなかった女の子に手を伸ばす。

 小さいな。ハムスターとかの小動物が連想される。可愛らしい。



「……」

 返事はなし。何も言わずに差し伸ばした手にだけは掴まってくる。

 柔らか!

 女子との接触とか、初めてか。前の世界含めて。




 僕の手を取って、なんとかその女の子は立ち上がった。

 改めて見ると、やっぱり小柄だ。

 じっ、とこっちを見てくるから、折角だしこちらからも観察する。


 ショートの赤髪に深紅の瞳。肌の色は、色白の日本人、に似ているかな。透き通るというほどではないけど、綺麗な色だった。


 顔は、美少女?なんだよな。今まで、人の見た目に注意を払ったことがないからわからない。でも、町ですれ違ったら振り返る、と思う。人との美的感覚の違いは、更にわからない。

 好きなタイプです、と開き直ればいいか。可愛い部類には入ると思う。


 服は、白い長袖のシャツにシックな長ズボン。上から小さめな緑のマント、上半身までの丈で前は開いている。

 予想を超えてお洒落さん。宿舎で貰った服の質からして、服装の自由度は低いと思っていたけど。よく見たら、周りの人もベテラン門番さんもかなり良い服だった。貰った服の質が低いのは、無償配布用だったからかな……。


 色々言ったけど、一番目を引くのは顔や服装なんかじゃない。

 手元に目をやってしまう。

 短杖、なのかな?

 杖としての本来の役割は果たせそうにない短さだけど。あれもお洒落の一つなのか?

 一番上に綺麗な玉が付けられているし、その周りには二匹の絡み合う蛇の装飾が施されていた。職人の技術って感じ。

 高そうだなあ、って思うけど、そうじゃなくて。

 

 ぶつかったときにあれが刺さらなくてよかった……、と。

 その杖、とげとげし過ぎませんか?




「……」

 何も言ってくれない。というかにらまれてる気がする。観察するとか、不躾過ぎたか?

 何か気の利いたことを言えばいいのか?もうこれでお別れしていいのか?何待ち?何をすればいい?

 やめてくれ。そんな、女子の心の機微を読むのとか、履修してないんだ。せめて現文の問題になってから、取り組ませてくれ。


 謝ればいいのか?あっちがぶつかってきたのに?



「ごめんなさい。慌ててたから、前をちゃんと見てなかったわ。大丈夫、怪我はしてない。そっちこそ、怪我はない?」

「平気」

「それは良かったわ、悪かったわね」


 

 ようやく口を開いてくれたと思ったら、かなり突き放したような口調だった。見た目のイメージと違うなあ。

 でも、わざと壁を作っているような感じがした。普段はもっと大人しい感じだと思う。思うだけだけど。


 鈴を転がすような声ってものを初めて聞いた気がする。色々可愛い人だな。

 



 彼女は足早に去っていった。

 タ、タ、タ、タ、と。

 また誰かにぶつからなければいいけど。











 お出掛けにハプニングは付き物。

 少々の事件はあったものの、無事に教会に着いた。 

 


 周りは相変わらず木造建築なのに、石でできてるから目立つ。

 アイツのエゴが出てるみたいで、なんとなくムカついた。別にいいけど。




 ドアを開けると、鐘が鳴った。

 ああ、ドアについてたのか。なんかレストランみたいで安っぽい気がするけどいいのか?光祝神命教的には何か意味があるのだろうか。



 教会の中は、イメージ通りだった。イメージ通りなことが予想外ではあるけど……。


 キリスト教の教会と同じ感じかな。実物見たことないけど。

 木の長椅子とか、周りのステンドグラスとか、それっぽい雰囲気が出てる。雰囲気だけを重視してる気もするが、それは僕の偏見かな。

 ただ、キリスト教の教会の場合は像や十字架がありそうなところには、窓があるだけだった。偶像崇拝はしないのかな。光祝神命教だし、光を取り込むことに意味があるのかも。




 さて。で、どうすればいいの?

 完全にお祈り用の構造じゃん。

 え、役所的な意味もあるのかな、とか考えてたのは何?

 深読みしすぎた?

 ここで何の許可証貰うんだよ。ミサに出る許可か?



「おや、東門の。今日はどうなさいましたか?」

「いえね、この隣にいる坊主の生活許可証を貰おうと」

 さっきまで祈りを捧げていたらしい、シスターのような人がこっちに気付いた。死角にいたのか、気付かなかった。

 このシスターも、キリスト教風のそれっぽい服装だ。 




「では、あちらに」

「はい、わかりました」

 ベテラン門番さんとシスターで話が進む。シスターが、脇の方にあるドアを指し示した。

 あまり目立たない色の、こぢんまりとしたドア。何があるんだろうか。


「神様に直接祈り捧げたり、神父様のお話を聞いたりする以外の事務的な用はあの部屋で済ますんだよ。中は結構広いし、居心地良いぞ」

 お互いのことがよくわかってきたのか、疑問に思ったことはすぐに答えてくれる。ありがとう、ベテラン門番さん。




 向こうの部屋に行く前に、ベテラン門番さんがずっと小脇に抱えていた書類をシスターに渡す。昨日まで書いてた例のやつか。


 軽く書類に目を通したシスターは、にっこりと僕に笑いかけてきた。神に仕える者らしい、慈愛に満ちた笑顔だった。


「もう少し詳しく見る必要がありますが、これなら大丈夫でしょう。安心してくださいね」


 それは良かった。


「手続きの最後に、『主』へ祈りを捧げ、『寵愛』によるご加護を頂きます。『主』と通じ合うありがたい機会です。楽しみに待っていてくださいね」



 はい、雲行きが怪しくなったー。



「おや、不安ですか?大丈夫ですよ。『主』の御心は広く深いのです。恐れ多く感じるかもしれませんが、安心して祈りに身を捧げてください」



 本当にぃ?





「拒否されるような奴は町から追い出さないといけないけどな。だが、神様に対して敵対でもしてない限り、拒否なんてされないよ。なあに、すぐ終わるさ」



 ベテラン門番さん?すっごく不安になること言いますね??








 生きて帰れるかなあ?

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