儀式

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 数日ぶりに空気が震えた。

 心の底から楽し気な笑い声が響く。

 馬鹿にしているかのように、清々しい声だった。


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 例の部屋に通された後、ソファみたいな椅子に座って待っている。

 ふかふかしている。教会故のおもてなしの心かな。

 たとえどれだけもてなされても、居心地の悪さは変わらないけど。

 教会、来たくなかったなあ。

 今頃アイツに笑われてそうで、嫌な気分だ。



「じゃあ、坊主はここで待っとけよ。俺は残りの書類を、本部に出してくるから」

「はあ」

 ベテラン門番さんは、部屋に入ってすぐにそう言って出て行った。

 教会とは別の自治機関もあるようだ。当然か。




 部屋の中の様子、異常なし。

 さっきまでの礼拝堂と同じような雰囲気が出ていた。

 窓が多く、光が多く入ってきている。

 周りには建物があったはずだけど、多少は庭があったし、ちょっと建て方を工夫したらこんなに明るくなるのだろうか。


 調度品も、少な目ではあるけど素朴で上品なものが多く、穏やかな空間の一部になっている。

 神の姿とか、その手のものを表した美術作品がないのは、教義と関係があるのだろうか。

 

 ドアは二つあった。

 さっき入ってきた礼拝堂につながるドアと、入って左手にある奥につながるドア。

 どちらも、目立たない小さなドアだった。部屋の雰囲気とマッチしている。


 ドアと違って、部屋の中はかなり広い。

 十数人が入っても、多分狭く感じない。




 緊張をほぐすために、部屋の様子を色々見ていたけど、それもすぐに終わった。

 十分程したら、奥の方のドアが開いた。

 神父様のお出ましかな?


「お待たせしました。書類を見たところ、貴方はこの町に迎え入れても大丈夫なようです。さあ、あとは『主』に祈りを捧げ、許可を頂きましょう」


 まず、さっきのシスターが話しかけてきた。

 どうやら、書類審査は通ったらしい。







 それはいいとして。







 多くないですか?そちらの人数。







 ざっと見た限り、十人は越えている。神官やシスターらしき格好をした人が何人も。僕と同じ位の年齢の少年や、小学校低学年程の女の子もいる。

 さっき思っていた通り、狭くは感じないけど、圧迫感が凄い。


 なんで?



「意外と……、たくさんの人が、来る、んですね……」

 戸惑いを隠せず、思わず聞いてしまった。


「ええ、折角『主』と通じ合う場を見ることができるのです。見習いまで含めて、手が空いている者は全員出てきました。迷惑なら出ていきますが……。大丈夫ですよね?ね??」

 シスターさん、目が怖いです。



 こんな風に迫られたら、出て行ってくれと頼めるはずもない。

 ああ、マジか。


 観念したように、ポケットの辺りを抑えていた手を放す。

 神から許可が下りなくても、シャーペンを使って無理矢理、許可証を貰おうと思っていたんだけど……。

 この人数相手だと、流石にできないだろうなあ。

 どうしよ。



 逃げるにしても、二つのドアは人の壁ができていて、簡単に通れそうにない。

 窓もあるけど、開けられていないし、そこから逃げるのはできなさそうだ。

 諦めるか。








 ……、許可が下りなければ殺す、とかは言われてない。この町からは追い出されても、他の町に行こう。

 今回の反省を活かして、次の町でこそ頑張ろう。

 またあの歩き旅は憂鬱だけど……。



 僕の思いとは裏腹に、準備は着々と進むようだった。

 さっきのシスターが、他の人たちと同じ位置に一歩下がり、代わりにおじいちゃんが出てきた。周りと比べて、良い生地の服だし、装飾も少しだけ豪華。多分、位が高い人だろう。

 占い師が持ってそうな水晶を抱えている。

 見た目相応なふらふらとした頼りない足取りで、見ていて心配になる。




 壁際にあった、祭壇のようなところに水晶を置いた。祭壇の近くの一際大きい窓から光が差す。

 水晶の下には紫のクッションが敷かれていて、いよいよ占いを始めそうな雰囲気になってきた。

 



「それでは、一心さん。前へ」

 いつの間にか僕のそばまで来ていたシスターさんに促された。

 なんで名前を知っているのか気になったが、そんなもの、渡した書類にいくらでも書いていただろう。





 日本風の名前って、この世界の一般的なものじゃないよなあ。

 どういう風に受け入れられているんだろう。

 変な奴って思われていないのかな?




 等々、現実逃避をしながら。


 数分後にこの部屋から追い出される運命を自覚しながら、水晶の前まで辿り着いた。

 おじいちゃん神官が、ブツブツと何か言いながら拝んでいる。祈りの言葉か何かだろうか。


 

 おじいちゃんの真後ろに立ってから、きっかり十秒。

 おじいちゃんが振り返って、

「準備は整いました。祈りを捧げてください」

 と言ってきた。




 そういえば、作法も何も知らないぞ。

 まあ、その程度のことはどうでもいいか。




 おじいちゃんも僕の後ろに下がり、入れ替わりに僕が水晶の更に近くまで寄る。



 ええい、ままよ。


 水晶の置いてある祭壇の前に跪き、両手の指を絡まして顔の前まで持っていく。

 教会の雰囲気に合わせて、キリスト教風。キリスト教の作法すらよく知らないから、あくまでそれっぽい感じ、なだけ。


 その姿勢のまま目を瞑り、一分は経った。

 後ろからの視線が痛い。ざわついているようにも聞こえる。





 絶対に祈りたくないし、何も願いたくない。

 あの神のことは、大嫌いだ。

 『ステータス』から感じ取れた、人間への侮辱。生命を弄ぶ、傲慢な悪意。

 ゴキブリや黒板を引っ掻いた音みたいな、受け入れられない何かがあった。










 それなのに、

「頼むよ」

 と、無意識の内に言ってしまっていた。



 自分でも言ったか言ってないかわからないほど小さな声なのに、反応は顕著だった。

 水晶が光ることを、初めて知った……















 どういう理屈か、水晶が光った。

 思わず、目を開けてしまった。

 この世界に来て何度思ったかわからないけど、魔法か何かなんだろうなあ、と。

 段々と強くなる光に、また目を瞑る。嫌がらせか?


 背後の声が、不安を煽るざわめきから、感嘆のどよめきになった。

 どういう状況なんだろうか。



「一心さん、水晶をのぞき込んでください」

 シスターさんの声が聞こえた。

 更にもう一度、目を開ける。眩しい。

 


 極力、目を細めながら水晶を見る。字のようなものが見える。眩しい。


「『此の者に私の加護を。愛すべき隣人として迎え入れよ』」


 読み上げてみた。なんだこの文章?

 眩しい。



「では、『主』のご許可を頂けました。お言葉の通り、貴方を迎え入れましょう。これから貴方は、この町の住人です。ご教示の通りに隣人を愛し、神に感謝してこの一生を大切に過ごしましょう」

 おじいちゃん神官が声をかけてくれた。

 成程?なぜか、許されたのか?




「ああ、素敵でした。あの光……。心が浄化されたようです。幸せな気持ちで今日の御勤めに戻れます」

 楽しそうですね、シスターさん……。

 というか、恍惚って感じ。大丈夫かな?


 周りの人たちも似たような顔になってる。幸せそうで何より……。



 来た時と同じように、奥の部屋からぞろぞろと出て行った。

 正直怖かったから、いなくなってくれて助かる。




 部屋の中に一人残され、ようやくほっと一息ついた。

 安心して、ソファにもたれかかる。

 疲れたよ。


 



 何故、許されたのか。絶対無理だって思っていたのに。

 一言、懇願したのがよかったのかな。お気に召したのだろうか。

 あんな奴の気紛れについて考える必要もないし、うまく言ってよかったとだけ思っておこう。


 ただ、どうしても気になることはあったから、ポケットの方に手を伸ばす。

 無理矢理丸めて突っ込んでいたノートを取り出す。


 ああ嫌だ。



 言いたくなかったあの言葉を口に出す。


「ステータスオープン」


 アイツの思惑通りに進んでいるようで、それはそれでムカつくけど。

 それは置いといて。



 ノートの表紙を捲る。

 最初の、神との会話とかは全部消えているはずだから、1ページ目を見ればいいだろう。



 予想通り、例の項目がだらだらと並べられていた。

 できるだけ見ないようにしながら、一つだけ確認する。



『神の寵愛:100000000000000000000000000   』







 やっぱりな。

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