茜差す部屋

 紙束を全部読み終わった後、“不眠”の副作用のせいで朝からずっと眠かったから、もう一度寝ることにした。

 ベッドの上に横になると、すぐに眠ってしまった。












「おいおい坊主、いい身分だな。早く起きろ、もう昼だぞ」

 聞き覚えのある声に叩き起こされた。

「おはようございます」

 あと、部屋に入るときはノックとかしてください、ベテラン門番さん。



「ノックはしたぜ?いつまでも返事ないから、勝手に入ってきたんだよ。ったく、人がまじめに仕事をしてる間によぉ」

 それはそれは。

「すみません」

「ん、別にいいよ。お前も昨日までの長旅で疲れてたろうしな」



「さて、昼飯できてるぞ。食ってからまた書類残ってるけどな」

「はい」



 一階のリビング的な部屋にも、三度目の訪問。

 既に三人の顔見知りが席についていた。新人門番と交代門番二人。

 机の上には、美味しそうな料理が並べられていた。

 まだ凄い“空腹”だし、ようやくこの世界の料理を味わえる。




「坊主、ずっと寝てた割によく食うなあ」

 食べ終わってから、恒例になりつつある団欒の時間に、ベテラン門番から突っ込まれた。

「なんかお腹空いちゃって」

「育ち盛りだもんな、少年は。何もしなくても腹が減るんだろう。俺もまだまだ若いつもりだが、動いた後じゃないとあの頃程食べられないなあ」

 金髪の方の交代門番が話に乗っかってきた。この人のイメージは、筋肉、しかないけど、年齢通りの肉体の悩みもあるんだな。





 などなど、三十分ほど談笑してから。


「じゃあ、そろそろ昨日の続きやるかあ」

「はい」

「あ、自分手伝います」

 ベテラン門番さんが立ち上がって、僕が続き、新人門番も立つ。



「俺ら、ちょっと用事あるんで、この部屋使っていいですよ」

 交代門番二人も立ち上がった。

 こう、みんな立ち上がると、鍛えられた巨体ばかりで怖い。圧迫感が凄い。


「おう、そうか。じゃあ、坊主は座っとけ。書類取ってくるから」

「わかりました」



 もう一度座り直す。

 ほどなくして、ベテラン門番さんも書類を持って戻ってきた。


 





 読んでサインして、の繰り返しが多かった。

 本当はもっと面倒な手続きもあるんだろうけど、既に二人から信頼してもらってることとか年齢の低さとかで免除。

 時間はかかったけど、そんなに苦労せずに全部の書類が片付いた。



「今の時間って、門の方は誰がいるんですか?」

「?ああ、ここに住んでない奴らの時間だから、心配ないぞ」

 そういえば、僕の知らない門番もいたんだっけ。全員昼食の時に揃っていたの、変だと思ったんだ。




「部屋にあったやつ、読んだんですけど。あれ、皆さんの名前載ってないんですよね。昨日からお世話になっといて失礼ですけど、名前聞いてもいいですか?」

 聞いたはいいものの、新人門番の顔が曇った気がして、失敗したかとちょっと不安になる。

「あー、そうかそうか、坊主はそういうの全然知らねえんだよな。俺らみたいなのは、名前名乗んねえんだよ。この町の安全守る仕事だから、な」


 言いたいことがよくわからなかった。この世界特有のマナーか何かだろうか。


「えーと、それってどういうことですか?」

 わからないことがあればすぐに聞く。大事なことだ。

「魔法は、なんとなくわかるな?この社会の根幹だしな。名前知られていると、魔法の威力が上がるんだよ。攻撃に使ってくる魔法の威力がな。肉体にダメージ与えるタイプのは1.5倍。精神系は特に顕著で、10倍とか20倍とか言われてる」

 ベテラン門番が答えてくれた。


 へー、魔法ってそんな仕組みでもあるんだ。色々面白いルールがあるんだな。


「だから、俺たちみたいな戦闘職は名前言わないんだよ。街門守衛兵隊の規則でも、生活許可証発行待ちには名前教えるな、ってのがあるし」

「ああ、そういうことだったんですね。知らなかったとはいえ、すみません」

「いいよいいよ、別に。色々聞いて知識を深めろ」


 お許しが出たし、更に質問を重ねる。





「名前って、親が考えるんですか?」

 まあ、当然だと思うけど。


 門番二人が、きょとんとしたように、首をかしげる。


「あ、ああ。坊主からしたら、そんな風に考えるのか。考えるか?まあいい。いや、違うぞ。親は名付けに関係ない」

 と、ベテラン門番が戸惑いながらも答えてくれた。


 へえ、そうなんだ。祖父母とか、親以外の人が考える慣習があるのかな?



「神様から貰うんだよ。生まれてから一週間後に神殿まで連れて行って、名前を頂くんだ」




 アイツかよ。いや、でも考えたらそうか。

 人間が考えた名前に、魔法の威力変わるトンデモ仕様があるはずないか。

 アイツが関わってる方が納得できるか。

 そうやって、人間弄ぶの好きそうだもんなあ。



「ほとんどの国が、そうしてると思うけどなあ。あ、坊主ってもしかして少数民族とかの出身か?」

 さっきの質問がよっぽど頓珍漢だったのか、かなり不思議がられた。

「いや、そういうわけでもないんですけどね」

 昨日と同じく、なんとなく誤魔化す。








「異教徒かもしれませんよ」




 さっきから黙っていた新人門番が、深刻そうな声で言った。



「おい、そういう言い方はよせ。信教の自由は認められているだろ」

「認められているとしても、ですよ。光祝神命こうしゅくしんめい教以外の信者って、何考えてるかわかんないじゃないですか。ほかの宗教と違って、目に見えるご加護のある『主』を信じないってだけでわけわかんないし。知ってますよね?邪教徒の異常犯罪率の高さ。実際、コーメー以外の信者だったら、町入れるときの手続き変わるでしょ。みんな口に出さないだけで同じ考えですよ」


 いつもは穏やかで優しい人だけど、ちょっと雰囲気が違う。

 光祝神命教とやらは、多分アイツが祀られてる宗教だろう。

 あの神以外にも宗教があるのは驚きだけど、当たりは厳しいようだ。ステータスとか名付けとか、わかりやすい干渉がある分、光祝神命教に絶対的な力があるんだろうな。

 この世界だと、三大宗教とかはなさそうだな。



「ちょっと手続きしたらすぐに入れるだろ。確かに俺たちと全く同じ価値観だとは思えないけど、他の宗教の信徒だって普通の人間だ。落ち着け」





「……というか、僕はそういうのないですけど」


 二人とも揃ってこっちを見る。


「ややこしいこと言ってすみません。でも、異教徒とかじゃないです」


「あ、ああ、そうか。それならそれでいいけどよ」

「ま、まあ、君みたいな人が異教を信じてるって変だと思ったよ」



 誤解?が解けたようで何より。

 ノート越しとはいえ直接話したんだから、神の存在は信じてるよ。

 善性は信じてないけど……。




「坊主の場合、名付けのこと単純に知らなかったのか?どういう人生送ってきたんだよ。もう慣れたけどな」

「どうも」


 ベテラン門番が、僕の肩を叩きながら笑った。痛いんですけど。



「ごめんね、変に疑って。気を悪くしないでくれ、街門守衛兵隊としては、邪教に敏感なんだよ」

「はあ」

 

 新人門番も、気まずそうに笑いかけてきた。言葉の端々に異教に対する敵意や差別のようなものを感じるけど、普通にこんなものなんだろう。




 神ねえ。神といって、一番思い出すのは、ポケットに入れてる文房具たちだけど。あ、ノートは部屋か。

 なんとなくポケットを触ると、ごつごつした感触があった。

 シャーペンかな?








 あ、シャーペンといえば……。



 え、もしかしてピンチ……か?






「すみません、変なこと聞くんですけど、僕のこと、怪しいとか思いませんか?やってきたとき、変な格好だったし、徒歩で一人とかおかしいですし」


 もしかしたらヤバいかもしれないけど、聞くしかない。

 追い出されるかもな。




「なんだ今更、怪しいに決まってるだろ。初めて見たときから不自然だし、今だってよくわからんこと聞くしよお」


 だよな。だとすると、やっぱり危ない?




「だからどうしたんだよ?お前が怪しいとしても、大丈夫って判断したんだからもういいだろ。俺らはお前を信用してるぞ?」



「え?」




「今思えば、なんで大丈夫って思ったか謎だけど、兎に角もういいんだよ。実際、昨日今日で間違いじゃなかったってわかったし」



「へ?」








 状況を整理しよう。

 

 シャーペンを触ったとき、あることを思い出した。

 “許容”の文字の効果時間。

 昼食から大分時間が経ったし、昨日のエンカウントから24時間は絶対に経過しただろう。

 効果切れ。だとすれば、やばいかもしれない。

 二人はシャーペンのおかげで僕を信頼してるから、文字の効果が切れたら信頼がなくなる。



 ……って、思ったんだけど。

 杞憂だったかな?

 出会った時のことを不思議に思ってるから、効果切れは間違いないんだろうけど。

 一度“許容”して受け入れたんだから、そのあとも信頼関係は続く、のか?

 まだまだ分からないことが多いな。実験を繰り返して“理解”を深めないと。




























 大人数が入る部屋に見合った、大きな窓から夕陽が差し込む。

 紅い、美しい光だった。

 部屋の中にあるものを穏やかに照らす。

「ああ、もうこんな時間か」

 ベテラン門番も、しみじみと呟いた。 

 伸びをしながら、

「神殿に行くのは明日にするか。坊主、今日も泊まれ。明日は夜番だから、朝一に許可証貰いに行こうや」

と、言ってくれた。




「わかりました」

 なんだか楽しくなって、笑いながら言ってしまった。




 自然、三人で笑いあった。





「ただいま帰りましたー。飯も買ってきましたよ~」



 玄関の方から声がした。いい匂いもする。




 前の世界では感じたことのない、暖かい、時間だった。

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