私と読者と仲間たち

『助けて(>< 全然反応なくて死にそうだから読んで! できたらコメントも! リア友ってのは隠すカンジで!』


 マスクさんが困ったような顔で見せてくれたスマートフォンの画面には、そんなセリフとともに、URLリンクがつぶやかれていた。


「と言われてもですね……」

「わかるよ、なんとなく……。『既読』もついちゃってるしね……」


 その発言はマスクさんの高校時代の部活仲間のグループトークに投げられたもの。発言者ももちろんマスクさんの友人で、彼女は昨今の情勢で増えた「おうち時間」に、「WEB小説を書く」という趣味を始めたらしい。それでいくつか作品を書いたものの、玉石ぎょくせき混交こんこうのWEB小説界に揉まれ、埋もれ、少しでも反応が欲しいと旧友たちに泣きついた、とのことだった。


「マスクさん、読んだの?」

「まだ……。なんか、読んじゃいけない気がしてね……」


 マスクさんはもどかしげに眉根を寄せた。


「相手の日記を見ちゃうような感覚?」

「うん、近いね……」

「確かに、『見て』と言われて差し出されてもそれは躊躇ちゅうちょするよね……」

「……読んでくれない?」

「ぼくが?」


 マスクさんは申し訳なさそうに「うん」とうなずいた。


「私より本読んでるからそういう目あるだろうし、『ミィナ』のこと知らない人のほうが適切にコメントしてくれる気がする……」


 『ミィナ』という人がマスクさんの部活仲間――作者さんなのだろう。彼女の言うことももっともなのだけど――。


「マスクさんも読んでくれるならいいよ」

「私も?」

「うん。そんなに堅苦しく考えなくていいんじゃないかな。誰よりなにより、マスクさんに読んでもらうのが、『ミィナ』さんも一番嬉しいと思うよ」

「……なるほど」


 というわけで、ぼくたちは休日の午後を「読書の秋」にして、マスクさんの友人による中編作を読みふけることとなった。


***


「ふぅ」


 陸上部に所属する女子高生を題材とした、青春小説――読了しました。

 当然なんだけど、本屋で売られている小説などと比べてしまうと文章や話の構成はつたなく、突飛に感じてしまった。でも、作者さん――『ミィナ』さんが楽しんで書いているのが言葉の端々はしばしににじみでていて、最後のシーン――部活のメンバーがケガやレース中の転倒トラブルを乗り越えながらもしっかりとタスキをつなぎ、ゴールを迎えるところなんかは目頭に熱いものを感じた。

 コメントをするとしたら――「登場人物たちが生き生きしていて、読んでいると心温かになるお話でした。次回作も期待しています」といったところかな。


 ぼくは、マスクさんはどんなカンジかな、と顔を向けた。


「……うぅ。……グスッ。ズビィ……」


 な、泣いてる……。号泣だ。

 いつの間にか、テーブル上にはティッシュの山――。


「……うん、うん」


 読みながら頷いている。泣き笑いみたいになったマスクさんは鼻をかむと、またひとつ、ティッシュのつぶてを作る。

 彼女が読了するには、まだ少し時間がかかるかな。


「……ココア、れるね」

「……うん。あんがと」

「ホットにする?」

「冷たくして」

「了解」


***


「立ち位置が違うからかな」

「立ち位置?」


 ぼくとマスクさんはココアをすすりながら、ちいさな「感想会」を開いた。「ミィナ」さんの青春小説に大絶賛のマスクさんは、ぼくの淡々とした感想に不服な様子だった。それで、おこがましいとは思いつつも解説めいた弁明を披露することにしたのだ。


「うん。読んでて感じたけど、このお話ってマスクさんたちの高校生時代――陸上部の実話っぽいエピソードが多いよね?」

「まさしく」

「ただの『読者』だったぼくはそのエピソードを客観的に読んでた。でも、高校時代の思い出そのままのエピソードを、マスクさんはまさに『茜ちゃん』の『仲間』として読めたんだね。だから、大きく心を動かされた」


 「茜ちゃん」とは、お話の主人公――どこか抜けたところがあるけど、いい意味で負けず嫌いの、快活な女の子のことだ。


「ああ……そうかも。なんか、いろいろフラッシュバックさせられっぱなしだったな」

「マスクさんの部活仲間からは大好評になるんじゃないかな」

「よし。コメントしよう」


 マスクさんはいそいそと、スマートフォンを操作しはじめた。


「これで出すね?」


 隣で見守っていたぼくに、コメントを書き終えたらしき彼女は画面を見せてくれる。


『登場人物たちが生き生きしていて、読んでいると心温かになるお話でした。めっちゃ感動。すごい泣いた。茜ちゃんってたぶん私だよね?』


 そんなコメント文が『私と読者と仲間』といった投稿者名とともに待機画面に表示されている。


「いや、これは……。だいぶダメだね」

「え……。三つの立ち位置から贈られる、名コメントでしょ」

「『リア友は隠す』んじゃなかったっけ? 丸出しじゃん」

「あ」


 気付いた様子のマスクさんは、コメントを編集しなおす。


「『私』としてのコメントはグループトークに投げればいいんじゃないかな」


 マスクさんは、そのマスクの下できっと赤くなっているであろう鼻をすすると、「そうする」とつぶやいた。

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