(11)



「このぐらいで十分でしょうか」


日用品をある程度買ったスチュアートが荷物を抱え直す。アゼルへのお土産ももちろん買った。棒付きキャンディー。前から食べたいと言っていたのでお土産にはぴったりだった。

紅茶の茶葉も買ったし、あとは帰るだけだと思ったのだが、スチュアートは予想外のことを言い出した。


「ではこれから、アルドヘルム様のお屋敷に参りましょう」

「……え?」


ぱちくりと目を瞬かせる。だって想像もしていなかった。いつものようにお買い物をするだけだと思っていたから。しかしスチュアートは微笑んでいる。嘘をついているわけでもなさそうだ。


「おじい様のお屋敷に行くの?」

「はい」

「今から?」

「そうですよ」


スチュアートの言葉に、私は嬉しさでいっぱいになる。今すぐこの場で飛び跳ねて嬉しさを全身で表したいぐらい。しかしさすがにそれはスチュアートの目があるので抑えた。だって叱られるのが目に見えてるから。


「でも、どうして急に?」

「急にではございませんよ。奥様に言われておりました」

「お母様に?」

「はい。『たまにはアルドヘルム様にお顔を見せて差し上げて』と」


おじい様とおばあ様は少し離れた所に屋敷を構えていた。すぐに会いに行ける距離ではあるけれど、お父様が建てた学校の先生をして老後を過ごしているおじい様は忙しく、迷惑をかけたくないのでなかなか会いに行けなかった。でも今日は会える。嬉しくないわけがなかった。


「スチュアート、お土産は……」

「もちろん買ってございますよ」

「そう。ならば、その、早く行かない……?」


怒られることを覚悟してスチュアートを見上げる。彼はそんな私を予想していたらしく、短く嘆息してから小さく頷いた。


「えぇ、参りましょう」

「やった!」


はしたないといつもなら言われてしまう大きな声も、今だけは聞かないふりをしてくれるらしい。私はスチュアートの手を引っ張って、少し早めに目的地へと足を動かした。











「カーラ!」


お屋敷に着くと、おじい様は溢れんばかりの笑顔で私を抱き締めてくれた。生やした髭がチクチクして痒いけれど、それでも私はおじい様に頬を擦り寄せる。


「久しぶりじゃの、カーラ。スチュアートもよく来てくれた」

「ご無沙汰しております、アルドヘルム様」


スチュアートは礼儀正しく腰を折り、それを見たおじい様が『うむ』と頷いた。いくらおじい様が現役を退いたとしても、主従関係は確かにそこに存在していて。私はなんだか嬉しくなった。


「カーラ、いらっしゃい」

「おばあ様!」


奥から現れたおばあ様に、おじい様と同じように抱き着いて頬を擦り寄せる。そんな私に『あらあら』と、おばあ様が優しく背中を撫でてくれた。


「さぁ、中にお入り。一先ずお茶でも飲もうではないか」

「うん!」


私はおじい様の手を取って、お屋敷の中へ一緒に入る。お屋敷と言っても大きくはなく、おばあ様との二人暮しにぴったりの広さだった。何やら現役を退く時に『普通の暮らしがしてみたい』と言われたそうで、おじい様についていくと口にしたスチュアートを頑として認めなかったらしい。初めは何かと苦労されたようだが今ではすっかりこの暮らしに慣れ、厨房にすら入ったことのなかったおじい様が料理をしているのだと、お母様も驚きながら教えてくれた。


「サラ様、私が」

「いいのよ、スチュアートはお客様ですもの。お座りになって」

「ですが……」

「スチュアート、座っていなさい」


おばあ様だけでなくおじい様にも言われてしまい、渋々といったようにスチュアートはソファに座った。その顔は少し不満げだけれど、誰もが見ないふりをしていた。


「カーラは今何歳だったかな?」

「8歳です」

「おぉ、そうか。ついこの前生まれたばかりだったのがもう8歳か。この歳になると時間が経つのがすっかり早くてね」


自分の髭に触りながら、おじい様は目を細める。その傍らでは、おばあ様が紅茶の準備をしていた。


「ということはもうすぐで魔力の開花だね」

「はい」

「カーラの属性が楽しみだ」


自分でもそう思う。ゲーム内でカーラの属性は “水” だと分かっているのだが、どのように開花が行われ、どのように感じるのかは知らない。だから私は魔力の開花を今かと待ち望んでいる。


「魔力の開花が行われたら、いよいよ社交界デビューか」

「……え?」

「ん? なんだ、知らなかったのか? この国では魔力が開花したら社交界にデビューするのが習わしなんじゃよ」


おじい様の言葉に、目の前に座っているスチュアートを見やる。彼はさも当然にと言わんばかりに首を縦に振った。


「そろそろダンスの練習も始めなくてはなりませんね」

「げっ」

「げっ、ではありませんよお嬢様」


ただでさえ厳しいスチュアートのことだ。ダンスの練習だって厳しいに決まってる。今からその将来を想像してガックリと項垂れた。


「社交界のデビューはお披露目の場です。お嬢様が恥をかかないようにするのも私の務めなので」

「まぁ恥はかきたくないけれど……」


社交界といえば貴族のご子息、ご令嬢が集まる場だ。そこで恥をかいたらきっと一生言われ続けることだろう。あー、こわい、とぶるり体を震わせる。


「社交界デビューが決まったらドレスをプレゼントしないといかんな」

「え、いいのよおじい様。そこまでしてくださらなくても」

「そんなことないのよ、カーラ。私達は昔から決めていたのだから。可愛い孫の社交界デビューには、可愛いドレスをプレゼントすると」


おばあ様は優しく微笑んで、カップを置いてくれた。そこから立ちこめる紅茶のいい匂いと、おじい様達の優しさに、私の胸はぽかぽかと温かくなったのだった。

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