(12)



「では今度の休みにでも王都に行こうか」


突然ぶちこまれた発言に、私は危うく紅茶を吹き出すところだった。そんなことをしてしまったら目の前にいるスチュアートに『淑女とは何たるか』を延々と叩き込まれるに違いない。長い棒を持ってペちペちと私の頭を叩く(もちろん弱くだ)スチュアートの姿を想像して、ぶるりと体を震わせた。


「お、おじい様、どうして王都に?」

「ドレスの布を予約するためじゃよ」

「そんな、わざわざ王都にまで出向かなくても」

「甘い!」


ビシッと声を上げ、顔を近付かせるおじい様に(ひっ)と短く息を飲んだ。


「いいか、カーラ。社交界デビューというのは一生に一度しかないとても大切な場だ。それをいつものドレスと同じ布を使って仕立てようなぞ甘すぎる! 何年も前から布の争奪戦は始まり、仕立て屋の取り合いだってある! 最高なものを可愛い孫に着させたいと考えるのはどこも同じなのだ! そして儂の可愛い孫の姿を見せてアイツの悔しさに歪んだ顔が見たいのだ! ふはははっ!」


最後はちょっと何を言ってるのか分からなかったけれど、どうやら社交界デビューとはご子息、ご令嬢の問題だけではなさそうだった。肩で息をし、その誰かを想像しているおじい様に変わって、おばあ様が口を開く。


「祖父母というものは、孫が可愛くて可愛くて仕方がないのよ」

「孫が、可愛い……」


そういえば前世でもよくおじいちゃんとおばあちゃんにプレゼントを貰っていた。私が小学校に上がった時に貰ったランドセルを見せれば、おじいちゃん達は嬉しそうにしていたのを思い出す。いつの時代も、そういうのは変わらないんだなぁ、なんてしみじみ思いながら、私はおじい様に微笑んでみせた。


「ありがとう、おじい様。ご一緒に王都へ行けるのを楽しみにしています」


おじい様は一瞬驚いたような表情をした後、顔をくしゃくしゃにして私を強く抱き締めた。











おじい様のお屋敷から戻り、スチュアートは早速私に紅茶を淹れてくれた。メアリから頂いたスコーンもお皿に乗せられている。

『スチュアートもどう?』と誘ってみたのだが『お気持ちだけ頂きます』と断られてしまった。まぁ、当然の反応なのだけれど。


「それでは、何かございましたらご遠慮なくお申し付けください」

「えぇ、ありがとう」


スチュアートを目線で見送った後、私はスコーンに手を伸ばす。やっぱり彼女が作るものは美味しい。思わず落ちそうになる頬を押さえながらもぐもぐと味わっていると、部屋の窓がコツコツと叩かれた。


「ん?」


顔を動かすと、そこにいたのは白い鳥で。コツコツとくちばしで窓を叩いていた。


(すずめ? いえ、その割にはなんだかおかしい気が……)


なんだか角張っているし、大きさもすずめより随分小さいし、厚みがない。不審に思いつつ、そっと窓を開けてみると、その小さな隙間から鳥が入り込んだ。


「わわっ!」


鳥は空中を旋回し、やがて私の目の前で浮遊する。よくよく観察するとそれは鳥ではなく、紙だった。えぇ、紛うことなき紙。だって見たことあるもの。子供の頃、といっても前世の子供の頃だけれど、お母さんが折り紙で折ってくれた鳥と似たようなそれだった。

紙の鳥に手を伸ばすと、それは私の人差し指に止まり、そしてパタパタと普通の紙に戻っていった。


「って、これ、手紙?」


どうやら紙は便箋で、そこには少し歪な、けれど丁寧に書かれた字がつらつらと書き連ねてあった。

書き出しは『親愛なるカーラへ』で、どうやらこれはレオンからのお手紙のようだ。


「魔法だったのね」


手紙を鳥にして相手に送る、というやり方があると何かで読んだことがある。誰にも知られず、ひっそりとやりとりをするにはこれがいいらしい。もちろん公的な手紙ではない。恋人同士がよく行う手段だ。もう一度言おう。恋人同士がよく行う手段だ。


「まぁでも、レオンは知らなそうだし、気にしないでおこう」


手紙の内容は、あの時はありがとうだとか、近況報告だとか、また遊びに行くだとか。そして、もし手紙を送ってくれるのならばジェド殿に頼むといいとかが書いてあった。


「書かないわけがないじゃないの」


初めての友達との文通をどれだけ心待ちにしていたものか。前世ではスマホでひょいっと送るだけだったが、自分で手紙を書くというのはこんなにも心躍るものなのだと知らなかった。


私早速引き出しから便箋を取り出し、ペンとインクを並べて手紙を書き始めたのだった。

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