第4話 クールな美女は語る

 カーテンの隙間から除く朝日にやられて目を覚ます。ソファで眠ったからか痛む節々を無理やり伸ばしながら立ち上がった。二日酔いも含めた重い気分を抱え、俺の部屋の扉を開ける。


 そこには予想通り李衣菜が寝息を立てていた。細い指先で布団を握り締め、俺が明けた扉から差し込む光から逃げようと奥へ奥へと潜っていく。時計には九時と表示されていたからそろそろ起こしても構わないだろう。


 問答無用で布団を剥がす。


「んあ……!?」


 その声を出す頻度多いなと思いつつも、はぎ取った布団をたたんでベッドの隅に置いた。枕に顔を埋めて光から逃げようとする彼女の手を取ってベッドの上に座らせる。


「現状理解してるか?」

「……してるわ」

「で、後悔は?」

「…………してないわよ」


 今の間は何だったのだろうか。俺としては後悔してくれていた方がありがたかった。そうしたらそれを理由に早々と追い出してしまえたのに。


 俺の視線から逃れるように枕を抱きしめて顔を半分隠したままの李衣菜は、昨日と同じく水井色のブラウスを着ている。さすがに二日連続で同じ服というのは嫌なのではないだろうか。


「風呂は入るのか?」

「……貸してくれるのであれば入りたいわね」

「勝手に入ってこい」

「……ありがとう」


 李衣菜は焦ったように立ち上がり、足をもつれさせながらも部屋を出て行った。呆れの感情を抑えきれずに嘆息しながらベッドを整える。部屋の中に彼女に見つかって困るようなものがなければいいのだが。


 ……あぁ、通帳をしまってなかった。まあ、見つかったとしても悪用するような人ではないだろう。数日前に確認した時から籠の中に放り込んであった通帳をもとの場所に戻し、リビングに戻った。


 シャワーの音が耳を刺激するのを誤魔化すためにテレビをつけた。


 ほどなくして、控えめに扉が開く音が聞こえる。思わず視線を向けると。


「………ごめん、私服用意してなかったわ。何か貸してくれるとありがたいのだけど………」

「……下着類は姉のがあるかもしれない。前に来た時に忘れてったのが。他のはないと思うけどとりあえず待ってろ」


 タオル一枚に身を包んで頬を赤く染めた彼女が扉の奥に引っ込んでいったことに安堵しつつ、クローゼットを開けた。案の定姉が忘れてった下着が袋詰めされていて、それを袋ごと取り出す。一応着れる服が欲しいということだったので俺の服をいくつか選んで袋に突っ込んだ。


 つかつかと浴室へとつながる洗面所の扉を開き、中も見ないままに袋を投げ入れる。小さい悲鳴が聞こえた気がしたものの、気にしてはいられない。「とりあえずそれ着ろ」と言い残してリビングのソファに沈み込んだ。


 もともと俺の家に来る予定だったと言っていた。だったら服ぐらい用意してもらいたいのだが。


 また扉が開く音がして、次視線を向けても危ない格好ではなかった。俺の渡したトレーナーが太ももの付け根まで隠しているのは少々誤算だったが、一応切れなくもないようだ。使わなかった服は袋に入れて押し付けられた。


「わ、私。ごめん……考えてなかったわ。ありがとう服」


 相手も相手で混乱しているようで、どもり視線を逸らされながらも謝辞を告げられた。「別に。どうってことない」と返して、俺も風呂に入らなくてはいけないので会話もそこそこに切り上げる。用意してあった服を無造作につかみ取って洗面所に入った。


 丁寧に隠されているものの、洗濯かごの服の隙間から赤い下着が覗いていて思わず瞠目する。まじまじと見るのも申し訳ないので視線を逸らし、妙に緊張しながらも服を脱いだ。


 男の風呂は早いもので、リンスなど込みでも十分足らずで出てこれる。頭を洗ってから全身を洗い、洗顔やらなにやらをしてシャワールームを出る。自然乾燥派なのでドライヤーは使わないでタオルで頭を拭きながらリビングに向かった。


 そこではなぜかソファに縮こまっている李衣菜の姿があった。


「どうした。妙にしおらしいな」

「……ちょっと反省してるのよ。君に迷惑かけたかなって」

「やっと酔いが覚めたか」

「……うぅ、ごめん」


 萎らしいを通り越して最早涙目だ。別に彼女をいじめて楽しみたかったわけでもないので、「気にすんな」と声をかける。気休め程度にしかならないだろうが、これ以上恩情をかけてやる義理もない。


 少し落ち着いてきたころを見計らって、ぶかぶかな服を着た李衣菜に声をかけた。


「んで、帰るのか?」

「………帰らないって言ったらどうしてくれる?」

「別に帰らなければいいんじゃないか。人が一人増えたぐらいでどうってことないだろ。お前が男を警戒するのであれば今すぐここを出て行くことをお勧めするけどな」


 一応帰ってほしいということをポーズだけでも取って見せるも、彼女は小さく首を横に振った。俺が無理やりに連れ込んで無理やりに何かをしているわけではないということを本人に確認が取れたということでいいだろう。


「……帰らないわ」

「わかった。とりあえず朝飯にするか」

「手作り?」

「ご所望ならそうするが、面倒だから普段は三分もしくは五分の魔法だ」

「じゃあ、カップラーメンが食べたい」


 棚からカップラーメンとカップうどんを取り出す。そのうちの片方を李衣菜に投げ、自分はうどんの方の透明なフィルムシートを剥がした。李衣菜が苦戦しているのを見かねて、そっちも引きちぎってやる。


 テレビを前にした食卓にて二人でカップの用意をする。しかも一緒に居るのは高嶺の花の秋原李衣菜で、俺のトレーナーを着ている。自分でも今何をしているのか理解が出来なかった。


「……なんで俺なんだ」

「何に対しての質問?」

「わざわざ俺の家に来たことと、家に選んだのが俺であることに対する理由についての質問」


 何もついていないテレビに視線を向けたまま、李衣菜に問いかけた。ちょっとの間の沈黙が返ってきて、ゆっくりと話し始める。


「……私と初めて話したのいつだか覚えてる?」


 李衣菜と初めて話したこと、か。サークルに入ってからのことだとは思うのだが、いつのタイミングで話したのかよく覚えていない。もしかしたらサークル入ってすぐに言葉を交わしたかもしれないし、ここ数か月妙に話すようになってからかもしれなかった。


「…………覚えてないな」

「そういうところよ。そういうところ」


 悩んだ挙句に返すと、なぜか嬉しそうな感情をにじませた声音で答えられる。


「どういうことだ。謝ればいいのか」

「違うの。私に対して無関心なのが心地よかったのよ。普段意図的に冷たく接していても鬱陶しく寄ってくる男が多いから」


 思わず横を見ると、少し寂しそうな瞳で彼女は語っていた。確かにここまで整った造形ならば、男など引く手数多なのだろう。でもだからこそそれが息苦しかったのかもしれない。何もかも与えられていると与えられていない状況に羨望する。隣の芝は青く見える。人間にはがある。


 でも、が人間を作り上げているものであることも確かなのだ。だからこそ人間一人一人に動きがあって、人と接することに魅力を感じるようになるのだろう。そして李衣菜の場合は、無関心を求めていたのだ。


「じゃあ俺はお前に対して興味を向けないで居ればいいのか?」

「……そうじゃない。どちらかと言えば興味をもって欲しい側ね」


 優しく緩められた、それでいて少し達観した感情をのぞかせた瞳を真直ぐと見つめる。「君に救われたのよ」と、李衣菜は何でもない風に言った。

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