第3話 クールな美人はお持ち帰りされる

 思いっきり頭を抱える。元からそういう予定だったとはどういうことだろうか。


 また早々と静かな寝息を立て始めた李衣菜を恨みがましい視線で見ながら、必死に頭を働かせる。


 とりあえず判明していることは、このまま彼女を家に帰らせるのは難しいということだ。俺は彼女の家を知っているわけではないし、ああして意固地になっていた様子を考えると聞いても教えてくれないだろう。


 とりあえず行動しないことにはここで体を冷やすだけになってしまう。このまま俺の家に連れてくればいいと思ってしまうのは、きっと酔っているからなのだろう。うつらうつらとしている彼女の隣に座り、スマホでタクシーを呼んだ。


 ほどなくして、緑色の車が上に予約済みという光を放ちながら来た。寝ぼけている李衣菜をまず押し込み、その後に自分が乗り込む。人の好さそうな運転手の男性に自分の家までの道順を説明した。


「了解しました。では、出発します」

「ありがとうございます」


 夜中だと言うのに未だ車通りの多い夜の街を俺たちが乗ったタクシーが走っていく。


 幸せそうに寝息を立てている李衣菜の表情が無駄に腹立たしい。俺はこうして混乱して苦労しているというのに、なぜこの女だけいい思いをしてるのだろうか。


 というか、家に連れて帰ったとしてどうすればいいのだろうか。彼女の発言を鑑みれば、糾弾されたとしてもギリギリ言い返すことが出来なくもない。だから彼女を家に泊めた後のことは今は考えないとしても、泊めるまではどうすればいいのだろうか。


 家に泊めるにしても寝る場所を用意しなくてはならない。明日の朝食だって必要になるだろう。もしかしたら風呂に入りたがるかもしれないし、化粧を落とすことだって考えらえる。


「……んぅ」


 面倒くさくなってすべての思考を放棄した。すべてこいつが悪い。何かを言われたとしても俺のせいじゃなくて、こいつ、もしくはこいつを俺に押し付けてきたこいつの友人たちが悪い。


 ぼけっとしながらタクシーの外を眺めていた。


 運転手に目的地に着いたことを告げられ、我に返る。外を見ればそこは見慣れたアパートの駐車場だった。運転手にお礼を告げて代金を払ってから李衣菜を抱えて車を出る。


 無駄に甘い匂いがするし、女子特有の柔らかさが今になって羞恥心を呼び覚ましてくる。酔いがゆっくりとめていくような気がした。取り返しのつかないことをしているような感触に襲われつつも、アパートの階段を上がった。


 鍵を開けて、玄関に李衣菜を座らせる。とりあえず目を覚ましてもらうために、肩をゆすった。無駄に柔らかな髪が俺の指にかかる。


「……目を覚ませ秋原」


 もう敬語を使うことすら面倒くさい。普段はデフォルトで敬語を使って接するようにはしているが、ここまで迷惑をかけられているのだから態々わざわざ距離感に気を遣うようなことをしなくてもいいだろう。周りに人もいないことだし。


「お望み通り我が家に連れてきたぞ、おい」

「……おはよ、西澤君」

「まだ朝じゃねえ」


 さっきの眠そうな様子から一転して、ぱちりと素直に目を開けた。まだ目がとろけているから眠いことには眠いのだろうが、この場ですぐ崩れ落ちてしまう程ではないようだ。明日は休日だし、早起きする必要はない。早く寝た方がいいものの、色々とする時間はあるようだ。


「んで、お前は何で俺の家に来たがったんだ」

「……なんとなく」


 ごまかすように視線を逸らし、李衣菜は靴を脱ぎ始めた。ネイビー色のスニーカーを丁寧に並べてから立ち上がる。俺は乱雑に靴を脱いで、さっさとリビングに上がった。


 一人暮らし、しかも物欲がないとくれば家の仲は必然的に簡素になる。生活感のないその部屋のソファに李衣菜を座らせた。自分の家に李衣菜がいることを思うと違和感が半端じゃない。


「何かしたいことあるか?」

「……眠いのよ」


 女性は男とは違う手入れなどがあるだろうからいろいろ大変だと思うのだが、一日程度であれば大丈夫なのだろうか。とりあえずは李衣菜にしなくてはならないことはないようなので良かった。


「勝手に寝てろ。ベッドは俺が使ってるので良ければ向こうの部屋にある」

「一緒に寝よ?」

「誘ってんのか?問答無用で襲うぞ」

「……ごめん。寝るわ」


 服装などにも気を遣っている余裕がないようで、李衣菜は俺の部屋の中に消えていった。俺としてもいろいろ余裕がないからありがたいことだ。


 李衣菜がリビングから姿を消した時点で大きなため息を吐く。彼女は俺に何を期待しているのだろうか。彼女が持っていないものは何も想像ができない。社長令嬢ともあれば金も腐るほどあるだろうし、イケメンなど選りすぐりだろう。学力も俺よりもあるのだから俺と一緒に居る利点など何もない。


 簡素な部屋の電気をつける。落ち着かない思考を落ち着かせるためにスマホに手を伸ばしてニュースを読もうとしたが、目に負担がかかり過ぎて断念した。ソファのへりに頭をもたれ掛けて、そばにあったブランケットを雑に体に掛ける。


 思ったよりも食事してしまったので、明日は運動したほうがいいかもしれない。一応少し運動ができるという長所しかない俺にとっては体重が増えるのはいただけない。一時間程度走れば体重はすぐに元通りになるだろう。


 そこまで考えて、李衣菜の対応をしなければならないことに思い至ってため息をく。


 どこまで俺に迷惑を掛ければ気が住むのだろうか。酒に酔ってやけくそにでもないっていない自分であれば、腹立ちに任せて道端に捨てていただろう。今はどちらかというと諦めの感情の方が強い。


 深く深く肺の中にある空気をすべて吐き出し、思考を整理してから眠りに身を任せた。

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