9話―祝福祭―


シーラに案内された家内の印象は、広いの一言に尽きる。


一六畳くらいの間取り。滑らかな木材の壁と床。欧州のような石で積まれた暖炉。


茶色の棚には、多種多様な食器類が並び、部屋に中世風の印象を色付かせる。


現代の技術と比較しても、同等の力量を伺わせる家具の品々が辺りを埋めていた


モニカは、小走りで台所へ行った。


シーラは、モニカの手伝いをしたいのか、"私も手伝う! "と言って母親の横へ近寄る。


「レイン様、どうぞこちらへ」


ルフラは長机に備えられた六つの椅子の内、一つの椅子を引く。


咲間は、引かれた椅子に座る。左隣にユア。机を挟んだ正面にルフラ、左斜め前にデルクが座った


ギルは、台所脇の壁に凭れている。


咲間は軽く一息ついて、ルフラへ視線を移す。


ユアが沈黙を切った。


「早速だが、ルフラ。キメラの件、お前はどう見る? 」


ユアは、腕を組んでルフラに話を振る。


「私たちも気にはしていたのです。ギル、アレを持ってきてくれ」


ギルは頷き、棚から縦横一〇センチほどの麻袋を取り出す。


麻袋の中身からある"モノ"を手に取り、卓上に置く。


「赤曜石? しかもこれほどの量? 」


麻袋には、はち切れんばかりの赤曜石が詰まっていた。


大小の赤曜石が陽に当たって、光のカーテンが幾つも覆う。


「はい。数日前からキメラの数が増えています。何とか撃退していますが、兵士の疲労は増すばかりです」


住民の中に混ざっていた兵士たちの様子を思い出す。


表情は、取り繕って明るくしていた。しかし疲労は、伺えた。


腕や足に包帯を巻いている人も見かけた。


「何日前から増えた? 」


「一週間前くらいだったと思います」


ユアは顎に手を置いて、考える素振りを見せた。


「私たちもおかしいと気づきました。近々ユア様の耳に報告しようとした矢先、まさかレイン様たちの身にも起こっていたとは……」


ルフラは、腕を組んで卓上に肘を置く。


「ここからはあくまで推測の域ですが……」


ルフラはユアと咲間を交互に見る。


「キメラたちが無傷の状態で中流を通過して、上流へやってきた。もしかすると中流の種族たちは、全滅した可能性があります」


「それが事実なら上流の村も危険。一刻も早く調査隊を結成して状況を確認しないと」


「ご心配なく。既に昨日から調査隊を結成。今朝、出発しました。明日中には、戻ってくるかと思います」


「そうか……」


ユアは両腕を卓上に付けて、一息つく。


愁いな瞼が下がり、表情が悲しみに彩られる。


中流の種族たちを心配しているのだろう。


数日間、ユアと生活して分かったことがある。


表は、無表情の冷たいという雰囲気を醸し出す。


しかし裏では、亜人に対する想いが強い。


困っていたら助けたいとか、亜人が殺されない世界にしたいなど、何度も口にしている。


詰まるところ、世話焼きなのだろう。


「あ、あの……ハーブティー出来上がりましたので良かったらどうぞ」


お盆の上に乗った四つのティーカップを、シーラは各席に置く。


水面からは湯気が立ち昇り、熱々を伺わせるものだった。


色合いは薄緑、柔らかく鼻に優しい香り。


強張っていた心の鎖を解きほぐすような温かみを皮膚に感じた。


「お、これは採れたてのワームウッドか?」


ルフラは、カップを手に取って匂いを嗅ぐ。


「はい、今朝採ってきものを磨り潰したものです」


ゆっくりとティーカップを口に近づけて、少量だけ飲む。


少し苦みを感じる。しかし不味い域ではない。


飲みやすく、喉が透き通るほどの爽快感がある。


「美味しい」


咲間は、一言漏らした。


シーラの頬に薄い朱が覆う。俯きながら身体を委縮させる。


「あ、ありがとうございます……」


「そのハーブティー、シーラが選んだものなんです」


台所の方でモニカが食材を切りながら言葉を発する。


シーラの頬が更に朱へと染まる。


「マ、ママ! それは言わないでよ」


モニカは軽く謝ると、シーラが"も~"と言いながら頬を膨らませた。


束の間の談笑が続いた後、ユアがルフラに質問する。


「では、キメラの件は中流に向かった調査隊からの報告を待ちましょう。ちなみに人間族の動向は分かりますか? 」


「詳しいところまでは分かりません。第三者の言伝で聞いた程度です」


ティーカップを一口付けた後、ルフラは語り出す。


「現在、帝国領ではある騒動に沸いているようです。噂によると、次期皇帝が処刑されるとか」


「その手の話は、沢山聞いてきた。汚職とかの類じゃないの? 」


「いえ、違います。汚職より重罪、今の皇帝は相当激怒しているようです」


ルフラは、ハーブティーの水面を見つめて、髭の生えた口元を動かす。


「……亜人を保護。しかも保護した亜人は、妖精族」


ルフラの言葉を聞いた瞬間、ユアは咄嗟に立ち上がる。


「本当なの……その話? 」


「真相は分かりません。しかし商人からの証言です。あきないを生業なりわいにしている人なら、経済も熟知していると思います。信憑性は高いでしょう」


ユアの表情は相変わらず無表情。しかし驚きは、感じているようだ。


口を半開きにして、信じられないものを見るような視線をルフラへ向けている。


ユアはゆっくりと椅子に座って、背凭れへ身体を脱力させる。


「妖精族ってそれほど、珍しい種族なのか? 」


初めて見るユアの言動に驚きを見せた咲間は、ユアに問う。


「珍しいというより衝撃ですね。妖精族は、伝説の種族。それが今回、確認された。しかも皇族が亜人を保護……」


ユアは顎に手を置いて、考える素振りを見せる。


「私も聞いたときは、驚きました。しかしコラスの証言です。信じてもいいでしょう」


「コラス? 」


ユアは首を傾げる。"その人誰"というような雰囲気でルフラに問う。


「商人のコラス・キュホン・リネーゼ。確か一度ユア様も会ったことがあるはずです」


「あ~あの人か」


ユアは背凭れから身体を離して、ルフラの言葉に相槌を返す。


「確かに以前、コラスから商品を買ったことがある。コラスの情報網なら確かに信憑性は高い」


「ええ。コラスが言うには、次期皇帝の年齢が一四歳。年齢も若い。それなのに処刑するとは、酷な種族たちだ」


ルフラは、ハーブティーを飲み干し、憤りを露にしながら一息つく。


「それが人間。本当にゴミ以下の種族ですよ」


ユアは、掌を握って力を込める。


ユアの性格は、二つある。


亜人に対しては、世話焼き。人間に対しては、冷徹。


"てるてる坊主"が、突然逆に吊るされて"ふれふれ坊主"になるような性格の持ち主。


なぜ、冷徹なのか。過去、何か起きたのだろうと考えるのが妥当。


しかし、ユアの私事に入り込む理由が咲間にはない。


ユアとルフラの言葉を絶妙に躱して、一つ質問する。


「次期皇帝が処刑されるなら将来危なくないか? 後継者問題とか色々あるだろ? 」


「多分何かしら策は練っているのでしょう。あ、それともう一つ情報があります」


ルフラは、懐に仕舞っていた布切れを一枚出す。


布の端は、ほつれが激しい。所々、乾いた血痕が見受けられる。


中央には、国旗のような絵が浮かぶ。


形は、円形型。上半分は、燃え盛る烈火の炎。下半分は、神秘を纏った沈静の湖。


色で表すなら、紅蓮と藍が並ぶ。


円形型を覆うように八芒星が描かれている。


どこかの宗教が採用されている国旗に見えた。


「帝国の国旗? なぜルフラがこんなものを? 」


「実はキメラを討伐しているとき、奴らの巣を見つけたのです。きっと、餌を管理していたのでしょう。亜人や人間の死体や衣類が散らばっていました」


「つまり、どういうこと? 」


ルフラは間を置いてから、言いにくそうな素振りを見せた。


「……ここからは、私の推測になるのですが」


ルフラは腕を組んで、卓上の一点を見つめる。


「下流に暮らしていたキメラたちの生活圏に、人間が襲ってきた。キメラは次なる餌場に向けて中流へ向かう。しかし人間たちに追いつかれたキメラは中流で相対した。そして、中流に住んでいた亜人たちも戦渦に巻き込まれた」


手を組んで、ルフラは身体を脱力させる。


「でもキメラは無傷。ルフラの仮説が正しいなら、多少キメラに傷があってもおかしくない」


「その通りです。ですが、キメラたちがをしていたなら辻褄が合います」


咄嗟にユアは、ルフラに視線を合わせる。


「まさか……目合ひまぐわい? 」


「その可能性は十分ありえます。実際に餌場から、卵の殻が出てきました」


目合ひまぐわい。要は、夜の営みである。


「だけど、キメラが目合ひまぐわいなんて初めて聞く。五〇〇年前はそんな話全くなかった」


「キメラが知能を持ち始めたのか。理由は定かではありません。一つ確かなことは、上流にキメラが現れた。この事実を基に考えるなら、下流に住んでいたキメラが中流方面へ逃げた。そして、目合ひまぐわいしたと考えるのが妥当かと」


思索していた内容を言葉に変えて、咲間はルフラに問う。


「じゃあ人間たちも中流へ進軍した可能性もあるってこと? 」


「恐らくそうでしょう。キメラが下流から姿を消せば、クーシェル森の出入りは自由ですから」


「人間族の対策も課題か」


ユアはハーブティーを飲み干すと、一息つく。


滑ったティーカップの縁を指で拭き取って、身体を脱力させた。


一通り課題が整理して、束の間の沈黙が流れる。


キッチンの方では、モニカとシーラが黙々と食材を切ったり、煮たりなどの料理音が流れる。


居間に柔らかな匂いが立ち込める。


匂いが鼻筋をくすぐり、軽く鼻から吸ってみる。


心の疲弊が和らいでいくような心温まる匂い。


シチュー、もしくはスープ系の料理だと思った。


咲間のお腹が鳴って、周囲の空気が和む。


「これは、これは、すぐに何かお持ちしますね。ギル、悪いがバスケットにパンを詰めてくれ」


"かしこまりました"と返事をしたギルは、手際よくバスケットにパンを詰めて卓上へ持ってくる。


茶色や薄茶色に染まったパンたちが大小詰められていた。


胡麻が表面に浮いたパンやクロワッサンのようなパンなど種類は豊富。


まるで、多種多様な星が敷き詰められている光景だった。


ユアはパンを一つ手に取る。細かく千切って口に運んだ。


相当美味しいのか、口元が緩んでいる。


しかし表情は、無。口以外の表情筋は、微動だにしていない。


咲間はパンを一つ取って、細かく千切る。


口に入れた瞬間、安堵が心に灯る。


全身の力が一気に抜けるほどの味。凝り固まった肩や腰を和らいでくれるような食感。


食に付随する全ての要素が百点以上のパン。


思わず口から言葉が漏れた。


「美味しい……」


「コラスから仕入れた小麦で作ったパンです。味はモニカの腕ですね」


ルフラは、"いい奥さんだな"という視線をデルクへ向けて、肘でデルクの横腹を小突いて気分を煽る。。


「いや~自慢の嫁です」


デルクは、頭を掻いて照れる素振りを見せた。


シーラがキッチンの方から、"パパはママのこと溺愛してるもんね~"と揶揄う。


デルクの顔が徐々に赤くなっていく。


キッチンへ向かって、シーラの頭を軽々と叩いた。


三人とも良い笑顔。どこかの小学生が描いた絵に出てきそうな笑み。


タイトルは、家族たちと書いて発表会に登場するような絵。


絵が実際に投影されているような光景が面前で繰り広がる。


眺めている咲間も自然と口元が緩む。


正しく、家族のお手本のような光景だった。


咲間には、家族と呼べる存在が月姫だけ。


厳密に言えば、月姫も正真正銘の家族ではない。


両親は、不明。物心が芽生えたころから、義父が家内にいた。


毎日怒号が飛び出し、心が疲弊する毎日。


そんなとき、"アイツ"が現れた。


咲間に手を差し伸べ、家族という名のもとに手繰り寄せた。


家族という輪で過ごせる、そう期待した。


しかし、違った。


咲間にとって家族は、最初からいなかった。


脳裏にアイツの最期が過る。


小さな舌打ちが漏れた。


「どうされましたか、顔色が悪そうですが? 」


ユアは、咲間の耳元まで近寄って体調を伺う。


フローラル系の匂いが鼻腔を摩り、咲間を現実へと引き戻す。


羽毛で包まれた心地を感じて、感情が柔らかくなっていく。


「えっ、ああ。うん、大丈夫」


温くなったティーカップを持ち上げて、全部飲み干した。


枯渇した喉にハーブティーが流れていき、忌々しい記憶がぎていく。


そのとき、玄関の扉から金属で打ちつけるような音が家内に響く。


窓から人影を確認したルフラは、玄関へ向かって扉を開けた。


中に入ってきた人物は、茶色気味の髪色とそばかすが特徴的な女性だった。


「村長、衣装の準備ができました。シーラさんのお時間空いていますか?」


「おぉ、遂に完成したか! シーラ、すぐに準備しなさい」


ルフラは、少し興奮気味の様子だ。


"は~い"と軽くシーラは答える。


玄関傍に置いてあるバスケットを腕に通す。


中身は、純白の花冠。


まるで、ウエディングドレスを纏った乙女が被るような花冠に見えた。


「それじゃあ行ってきます。レイン様……そのー少しお待ちくださいね」


シーラの頬が赤く変色していく。耳にも朱が入り込む。


顔全面が真っ赤。頭から湯気が出そうな勢い。


シーラと女性は、小走りで外へ出て行った。


ギルは、シーラの護衛をするために、玄関へ向かう。


去り際、ギルの視線が咲間と合う。


嫉妬を抱いているような目つき。


嫌いというより、鬱陶しいを抱いている様子だ。


咄嗟に目を背けて、ギルは外へ出た。


ギルはシーラの従者。しかし、従者以上の想いを抱いている節を感じる。


シーラは、レインさんに対して好意を抱いているのか。


言動が明らかに恋する乙女。思春期の恋愛感情が漏れまくっている。


ギルはシーラに好意を抱き、シーラはレインさんに好意を抱くという構造。


ギルの気持ちも分からなくもない。しかし咲間にとっては、関係のないこと。


"迷惑極まりない"と思いながら、窓に映るギルの背中を見つめる。


ルフラは、顎ひげを摩りながら唸る。


「楽しみですな~」


「綺麗に決まってますよ。なんせあの子、この日のためにお化粧も学んでいたし」


モニカの言葉に引っ掛かりを感じた。


うん? お化粧?


昨日、ユアから祝福祭の大まかな内容を耳にした。


異常と可笑しいが織り交ざった祝福祭。サバト風にならないか心配ではあった。


しかし街の雰囲気を見る限り、サバトは行わないようだ。


確認のため、ルフラに問う。


「そういえば、祝福祭って具体的に何するんだ? 」


ルフラ、デルク、モニカは愕然とする。


次の瞬間、三人とも大袈裟な涙目を浮かべて、指で目尻を拭う。


「やはり記憶が抜け落ちているんですね」


「大丈夫ですよ、レイン様。シーラの晴れ着を見たら、すぐに記憶なんて戻ります」


「きっと記憶は、取り戻せますから安心してください。あぁ、シーラがレイン様に奉仕する機会が生まれるなんて夢みたい」


三人の反応を見た咲間は、ユアに助力を求めた。


「ユア、奉仕って何? 」


至極当然のように、ユアは答える。


「奉仕は奉仕です。レイン様に全てを捧げる。心も……身体も、全て」


"あっ、それと"と言い、ユアは立ち上がる。


「言い忘れましたが、祝福祭はレイン様に奉仕する従者を選ぶ祭りの側面もあります。出場者たちは、従者の座を射止めるために競り合うのです。今のうちに出場者の顔ぶれも確認しておきましょう」


ルフラ、デルク、モニカ、シーラの言葉たちを思い出す。


全ての言葉が鎖のように繋がったとき、咲間の口から大きなため息が漏れた。


祝福祭と偽った、従者争奪戦が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る