この世にいない尊い貴方に会うことが出来ますように

春海水亭

美しい思い出がこの世に無いとしても

一面に咲き誇る血染彼岸花ブラッドスパイダーリリィが、甘ったるい毒の匂いを振りまいていた。

人間の部品は軒先に吊るされてバラ売りにされ、

元が何だったのかわからないような屑肉はグラム単位で混ぜ合わせて売られている。

腕を複数本持った富豪が、

新たな腕に美女のしなやかな腕を加え入れるか思案する横で、

脚を売っぱらった貧民が今日生きるために、

腕まで売っぱらってしまうか悩んでいる。

腕も脚もこの街には幾らでも安い代用品がある、

脚は売って、猿のものを付けている。

ならば、腕も猿にしてしまった方がいっそバランスが良い。

ヤケクソみたいに貧民がそう考える横を、一人の男が通り過ぎていく。


「死体蘇生!安いよ!動くよ!あんまり噛まないよ!」

「人格再生率6割いくよ!脳みそは無くても大丈夫!」

「人格のテンプレートが1000個揃ってるのはウチだけだよ!

 死体整形と合わせて、他人の死体でもアンタの大切な人に蘇生出来るよ!!」


呼びかける快活な声を無視して、男は棺桶を引き摺りながら歩いていた。

棺桶を綱で引くその腕は白く、細い。

そういう人間は――もちろん、駆動死体も、この街ではそう珍しいものではない。

棺桶の中の死体を売っぱらうか、自分に付けるか、あるいは生き返らせるか。

いずれの目的にせよ、この街では容易に行うことが出来る。

ただし、本物は少ない。


男は本物の死体蘇生屋を――疑似人格による蘇生ではなく、

魂の呼び戻しを行える業者を探していた。


「体型いじれるよ!死体のままが良いなら、そういう風にも出来るよ!」

「サービス!ウチで蘇生してくれたら同じ人間をもう一人蘇生するよ!」

「おまけで自爆機能付けるよ!死体にも!アンタにも!なんなら嫌いな奴にも!」


客引きの声を無視して、男は導かれるように狭い路地へと向かっていた。

違法改築でほとんど迷路のようになってしまった道を、

ずるずると棺桶を引き摺りながら、するすると抜けていく。

歩くごとに客引きの数が減っていき、純正彼岸花スパイダーリリィの数が増えていった。

本物の彼岸花は匂いを放たず、血染彼岸花ブラッドスパイダーリリィほど狂った色彩でもない。

死者に捧げられた花であるかのように、路上で慎ましく咲いている。


どれほど歩いたことだろう。

男の目の前には、

二つの捻れた塔が絡み合い、一つの塔になったかのような、奇妙な建造物があった。

通常次元では存在し得ぬ奇怪なる構造体――本物の死体蘇生者だ、と男は思った。

如何なる技術を用いているのかはわからないが、

あの世から魂を呼び戻すために、

その店舗もまた、異界に半歩踏み入れた場所にあるのだという。


躊躇せず、男は塔に足を踏み入れた。

その瞬間、身体が捻れた。

数多の蛇が一つの棒に絡みつくかのように、

己の身体もまた、そのようになっている。

「死体蘇生の依頼に来ました」

しかし、身体に不自由はない。歩くにも。声を出すにも。周囲を見るにも。


棚の上の砂時計は溜まった砂が重力を無視して、上へと戻っていく。

猫の首は自分の尻尾を追いかけ回し、胴体は首から逃げ回る。

そして乱雑に積み重なった死体の山は、

時折目を見開いては、本当に目覚める時を待っていた。


「蘇生ッスか?」

背後から、軽い声がした。

ローブを纏った、どこも捻れていない全てが正常な男だった。

この異常な空間において、正常であることが最も異常であることの証明である。

どうやら店主のようである、と男は思った。


「どうか私の大切な母を蘇らせてほしいと思い、ここを訪ねました」

「母親を動かしたいだけなら外の店でいいと思うよ。

 ウチはちゃんとした蘇生をするから生き返った人間と向き合うことになるし、

 適当に都合よくイジった動く死体の方がいと思うけどね」

そう言って店主は

「まぁ、金くれたらやるけどね。極悪人だろうが、そのまんまで」と続けた。


ぶわん、と空間が軋んだかのような音がした。

その瞬間、砂時計の砂は重力に負け、猫の頭部は胴体と一つになり、

男の捻れた身体は元に戻った。死体の山は隅で眠っている。


純正彼岸花スパイダーリリィの色をした赤いソファが二つ、

テーブルを挟んで向かい合っている。


男は、店主に勧められるままソファに座り込む。

男のそう重くもない体重をソファはずっしりと受け止めた。


「んで、母親を生き返らせたいって?」

「えぇ、えぇ、私の母を生き返らせたいのです。

 幾つもの、本物の死体蘇生者を巡りました、しかし手に負えぬと断られました。

 断られては別の死体市場を巡り、断られてはまた別の死体市場を巡り、

 そして、ここに辿り着いたのです」

「ま、本物の死体蘇生はかーなーり、難しいからね。

 その点、俺は凄腕だから、地獄の最下層コキュートスからだって、

 アンタの母親の魂を呼び戻してくるとも、金があるなら何度だってね」

自信たっぷりの店主の言葉を聞き、男の目から涙が溢れた。

「ありがとうございます、長い旅でした。しかし、ようやく報われるようです。

 ああ、店主さん。よろしければ、少し母の話を聞いては頂けませんか」

「まぁ、いいよ。高い金取るから。それぐらいはサービスするよ」

「ありがとうございます」


男は、そう言った後少しだけ沈黙し、

しばらくして、滔滔と自身の母の話を始めた。


私の母は、神の如くに尊い御方です。

命に対する敬意が消滅したこの時代においても、

他者に対する慈しみを忘れない方でした。

親が子を売り飛ばし、子が親を食らう時代です。

金がなければ尊厳など無い時代です。

そんな時代の中で、

他者に施し、子どもへの愛を忘れぬ御方がどれほどいらっしゃることでしょう。


私にとって母は、救世主キリントの如き人です。

母は私を殴らず、私の稼いだ金を情夫と共に巻き上げず、

私の四肢を売り飛ばさぬ御方です。素晴らしい御方です。尊い方なのです。


さぁ、どうか。

私の母を蘇らせては下さいませんか。


話を終えた男は、その白く細い腕で棺桶を開いた。

店主は目を眇めて、棺桶の中身を見て、首を振った。


「あぁ、あぁ、時間を無駄にした。

 俺はさ、アンタのおままごとに付き合うつもりはないんだ。

 蘇生は出来ないよ、アンタはとっとと本物の偽物の母親を作ったほうが良い」

「あぁ、そんなことを言わないで下さい。私は母に戻ってきてほしいのです」

「帰りな、帰りな、アンタだってそうして欲しいんだろうが」


店主はなおも喚く男を店から蹴り出すと、その門を硬く閉じた。

男は二度と、この捻れた塔に入ることは出来ないだろう。


砂時計は重力に逆らい、猫は再び二つに別れ、死体は蘇生の時を待つ。

男は葉巻に火をつけ、ぼんやりと考える。


死体は蘇らせなければ、何も言いはしないんだ。

だったら、生者が頭ん中で幾らでも妄想を膨らませることが出来るだろうさ。

母親に優しくされたかったか?


あいつの腕は女みてぇに細かった、実際女の腕だったんだろうさ。

四肢を売り飛ばされて、獣の手足に付け替えられたか?

その獣の腕で母親をぶち殺して、獣の腕の代わりにしたか?


例え、感情が一方通行だって、愛されたいと願ってしまうものさ。

しょうがない、そりゃあしょうがない。

だから、妄想の世界に逃げ込んで――けれど、実際、

愛しているなら蘇生という形で、証明しなけりゃあならない。

愛しているなら死人を死人のままにしておくはずがない。

そんな素晴らしい人間を死なせておくままにしておくわけがない。


世界を巡って棺桶を引きずって孝行息子のフリをするんだ。

何件もの蘇生屋を巡って、拒否されるんだ。

悪いのは蘇らせようとしない自分ではなく、蘇生屋の能力不足ってことにするんだ。


そうやっていれば幻想はいつまでも尊いままにしておける。


「死ぬまで、そうやってんだろうなぁ」


店主は棺桶の中身を思い出し、少しだけ哀れに思った。

棺桶の中身は、聖マリア――聖母を象った人形である。

死体を蘇らせることは出来ても、死んでも生きてもいないものはどうしようもない。


男は再び、どこかへと旅立ったのだろう。

尊い母と二人で、いつまでも、どこまでも。

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