シーン17-2 終幕
迎えた約束の日。あやめ自身も久しぶりに八束市に戻ってきていた。
実家への挨拶もそこそこに八束中央公園へと向かう。空は快晴。
約束の大噴水前では相変わらず車椅子姿のいずみがたたずんでいる。
「いずみ先生!」
「おお、来たか飛田」
あやめが声をかけると、いずみは明るい表情でそれを出迎える。あやめから見たいずみは最後に学校で会ったときに比べて、またちょっと衰えが感じられた。特に脚の筋肉が大分落ちているのが見た目からもうかがえる。
「先生、お体は大丈夫なんですか?」
「ははは、見た通りだよ。この間トレーニングで立ってみたが脚がもう全然動かなくてな。我ながら情けない限りだとは思う。だが、今日という日に備えて出来ることはしてきたつもりだ」
いずみは言葉の中身とは裏腹に明るい口調で語ると、話題を切り替える。今日はしんみりした話をするために集まるわけではない。
「そうそう飛田、すっかり遅くなってしまったが、大学進学おめでとう。聞いているぞ、全国でも指折りの難関大学に合格したそうじゃないか」
「ありがとうございます、いずみ先生。最近ようやくその実感が湧いてきたところなんです。……先生があの時に言ってくれた言葉のお陰で最後まで頑張れました」
「私の言葉の力なぞ一割も役に立ってはいないさ。全てはお前自身の頑張りがあってこそだ」
いずみはそう言って謙遜しているが、あの時のいずみの言葉は今でもはっきりとあやめの脳裏に焼き付いている。一人の女性として、大人として、何よりも一人の人間として、あやめはいずみのことを心から尊敬していた。
「でも、私、いずみ先生みたいな女性になりたいって思ってます……」
「私みたいな、か。……やめておけ、またろくでもない事件に巻き込まれても知らんぞ」
「望むところですよ」
いずみが冗談めかして言うのを、あやめも微笑みながら受け止める。
微笑みを浮かべたまま、あやめは時計に目をやる。
「ところで、東元君と歩生君はまだなんですか?」
「東元は先に来たのでちょっと買い物を頼んである。もうすぐこっちに来るだろう。優希は……少しだけ遅れるとさっき連絡が入った」
「歩生君……また何かに巻き込まれたりしてなければいいけど」
あやめが心配そうな声で言ったところで、後ろから野太い男の声が響いてきた。
「うぃ~っす、買い物に行ってきたぜ座間セン……おっ、飛田も来てたのかよ!」
「東元君、久しぶり!」
あやめは後ろを振り向き、少しワイルドな面構えになった東元にとびきりの笑顔で挨拶する。東元の手にはお菓子やら飲み物やらが大量に詰め込まれた袋が握られている。
東元は元が巨体だったために何がどうなったのかははっきりと分からないが、あやめの視点からすると最後に見た時より少しだけ体が小さくなったようにも思えた。
「東元君、ちょっと小さくなったかなって思うんだけど……」
「ん? ああ、一時期俺の体の中にある『進化のらせん』を取り除く実験ってのに付き合わされてよ。……ま、結果的にそれは失敗したんだけどな、その時多少効果が中和されたとか何とかいう話で、少しだけ元々の体格に近付いたってわけだ……」
「やっぱり完全には元に戻らないものなのね……」
「……ま、そうしみったれた顔をすんなよ飛田。せっかくの美人が台無しだぜ」
少し表情を暗くしたあやめに、気にするなと言わんばかりに豪快に笑う東元。そんな二人を見たいずみが声をかけた。
「……まあ、そういうことだな。東元、買い物ご苦労だった」
「気にすんな座間セン……動けねえあんたを買い物に行かせるわけにもいかねえしな」
「お菓子と飲み物ってことは……どこかで飲むんですか?」
「ああ、今日は天気もいいからな。ここで少し馬鹿話に興じるのも悪くないと思っていたんだが……」
いずみはそこでスマートフォンをのぞき込むが、着信は入っていない。
東元が舌打ちする。
「あのバカ……一体何やってんだ! あれほど遅刻すんなって言っておいたのによ」
「東元……お前と優希が引き受けていた『仕事』は先日完全にケリがついたと聞いていたが?」
「ああ、あれなら確かに片付けたはずだけどよ……」
いずみと東元の話を聞いたあやめは色々な疑問が頭に浮かんだが、全てを聞くようなことはせず、慎重に言葉を選んて言った。
「あの……『仕事』を引き受けるって何のことですか?」
「うむ……優希と東元は今、ちょっとした便利屋みたいなことをしていてな。普通の人間では手に負えない『仕事』を請け負って生活している。……まあ、私も少しだけ手伝いをしているのだがな」
「少し……? 冗談きついぜ座間セン……あんたがいなけりゃ俺も歩生の奴も安心して動けねえよ」
「私を買いかぶりすぎだ東元。それにお前はもうそろそろ私から卒業した方がいいとこの場で言っておくぞ」
「そんなこと言って、どうせ歩生の奴と二人きりでイチャイチャしたいだけなんじゃねえの?」
「……余計なことは言わんでいい……」
東元の言葉に憮然とするいずみを見て、あやめは思わず噴き出してしまう。何だかんだとあって、昔通りとはいかない面も確かにあるが、それでもいずみと東元の変わらない話し方を見ていると、あやめも心のどこかで元気が湧いてくるような気がする。
そうやって場の雰囲気が和やかになったところで、ようやく場の主役となるべき人物が姿を現した。
「ごめんなさい! 遅くなりました!」
あやめの正面から慌てたような声をかけながら、優希が軽快な足取りで駆けてきた。着ている服の所々にちょっとした傷が出来ている。
優希はあやめの姿を認めると明るい表情を作る。その顔は最後に見た時に比べると頼りなそうな面影が消えてより一層引き締まったものになっていた。
「お久しぶり飛田さん。ごめんね、せっかく来てくれたのに遅くなっちゃって……」
「え? ……ううん、それは全然気にならないんだけど、何かあったの?」
「ん……まあちょっとばかり『残業』があってね」
優希はあやめの言葉に口を濁したが、それを聞いたいずみと東元は厳しい表情を取る。
「おい優希。あの件は終わったんじゃなかったのか?」
「いずみさん……僕もそう思ってましたけど……ここに来る途中にいきなり……」
「歩生お前……ここまで追跡されてねえだろうな?」
「仕掛けてきた相手は全員倒して警察に引き渡してきたし、今この段階で妙な気配は感じ取れないだろ、東元?」
二人の問いに真剣な表情で答える優希を見て、あやめはおおよその事情を察することが出来た。つまり三人の言うところの『仕事』とは戦いのことであり、今まで三人が連絡を入れてこなかったのはその戦いにあやめを巻き込まないように、という親心だったのだろう。
それが分かっても、あやめは三人に水くさいとは思わない。優希や東元のような『力』も、いずみのような度量や知識もないあやめがいても足手まといにしかならなかったに違いない。
あやめは心の中でそう割り切ると、澄ました顔で東元が持っていた袋の中からジュースを取り出して、栓を開ける。
「おい飛田、何勝手に開けてんだよ?」
「だってこれで全員揃ったんでしょ……なら飲むしかないじゃん!」
「え……? でもこんな状況じゃあ……?」
「あら、『
あやめの痛烈なカウンターを受けた優希と東元は返す言葉もなく黙り込んでしまい、それを見ていたいずみが爆笑した。
「はははははは、いやこいつは飛田に一本取られたな二人とも」
「……全くよ、久しぶりに会ったと思ったらこれだぜ」
「あまりにも正論過ぎて、とっさに声が出せなかったよ」
「私だって、この三年間無駄に過ごしてた訳じゃないんだからね」
得意げに笑みを浮かべるあやめに、優希と東元は顔を見合わせながら苦笑いを浮かべ、そんな三人の教え子たちを満足そうに見つめながらいずみが呼びかける。
「さあ、立ち話もなんだから座れ三人とも。今日は『仕事』の打ち上げと飛田の進学祝いだ。賑やかにいくぞ!」
抜けるような青空の下で、四人の穏やかな笑い声が響き渡った。
(たった一人のレジスタント 完)
たった一人のレジスタント 緋那真意 @firry
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