シーン16-4 神話
北栄はゆっくりと余裕のある足取りで三人の方へと歩み寄っていく。その後ろにはいずみがいて、無表情で優希のことを見つめている。
優希はいずみに声をかけようとして思いとどまり、あやめを守るようにその前へと進み出る。東元も動かない体を無理やり起こして臨戦態勢に入っていた。
「ど、どうしたの東元君、歩生君? あれって北栄先生じゃ……」
「……説明が難しいけど、あれは北栄……先生になりすました偽物、って思っていい……」
「随分な言い草だな、歩生優希。私はお前たちが学校に取り残されていると聞いて、こうして座間先生と一緒にやってきたというのに……」
あやめに注意を促す優希の言葉に、北栄はほとんど棒読みに近い感情のこもっていない声で反論する。それを聞いた東元は敵意を隠すことなく言い放つ。
「……良く言うぜ。俺に二回殴られてみっともなく逃げ出したくせによ」
「……貴様こそ良く生きていたものだな、東元恭二。『進化のらせん』の力があるとはいえ、これほどまでの頑丈さとは思わなかった。だが……」
北栄は東元の挑発に応えつつ、右の手を東元へ向けてかざした。
優希が危ないと声をかける暇もなく東元の巨体は宙に舞い、隣の教室まで吹き飛ばされてしまう。
「ぐあ……っ!」
「東元君!」
「飛田さん、すぐに東元のところに行ってあげて! なるべく急いで!」
東元が吹き飛ばされるのを見て悲鳴を上げるあやめに、優希は厳しい表情で告げる。
「え? で、でも……」
「いいから行って! 飛田さんがいた方が東元も安心だろうし」
「……わかったわ。座間先生のこと、お願いね歩生君!」
優希のその言葉に、戸惑っていたあやめも決心を固めたようにうなずくと、隣の教室に吹き飛ばされた東元の元へと小走りで向かっていった。
それを見届けた優希は改めて正面から北栄と対峙する。
「まずはおめでとう、と言わせてもらおうか歩生優希。貴様は私の課した試練を全て乗り越えた……『
「普通なら……いや普通でもここでありがとう、なんて言わないな。自分が完全に化け物になったなんて言われて喜ぶ奴はそういない」
「そうか……その割には自分の能力を完全に使いこなしているようだが?」
「……そうせざるを得なくなった原因を作ったのはどこの誰なんだ……?」
そう言って優希は北栄を睨みつけるが、北栄の方はそれを全く意に介していないように優希に近付いていく。
「ははは、そういきり立つな。座間いずみを前にして焦りを隠せなくなっているようだが……まずは私の話を聞け」
「誰がお前の話なんか……」
優希が北栄の言葉を無視して変身するべく姿勢を整えようとしたとき、それまで黙っていたいずみが口を開く。
「優希……とりあえず聞いてやれ、その男の話を」
「……え? いずみ先生……?」
「黙って聞いてやれ……今のお前にはそういうことも必要だ」
いずみの言葉にはまるで力が入っておらず、いつもの軽快で小気味よい口調も鳴りを潜めている。思わず優希がいずみの顔を見ると、いずみは無表情のまま黙ってうなずいて見せた。
「ほら、座間いずみもああ言っているぞ。なに、そう長い話をするつもりもない」
「……分かった、話を聞こう。でも、その前にいずみ先生を解放してくれ」
「……私の話を全て聞いてからなら、考えてやらなくもない」
どうにか隙を突いていずみの元へ向かおうとする優希を、手をかざすポーズでけん制しつつ北栄は話を進める。北栄の巧みなけん制に優希はひとまずいずみの救出を諦めて、構えを解き話を聞く体勢を取った。
「……これでいいだろう? 早く話を始めてくれ」
「うむ……その前に、我々のことを知ってもらわねばな……」
「……我々?」
怪訝な表情をする優希の目の前で、北栄は両手を天に掲げる。
姿が揺らめき、黒い肌をした無貌の怪人が現れる。
「……お前は……?」
『我々は『原初の
「原初の存在……この世界を見てきた……? どういうことだ……?」
黒い怪人の言葉が理解できず戸惑う優希に、既に話を知っているいずみが助け舟を出す。
「優希、難しく考える必要はない。要するにこいつにはいくつもの分身があって、それが全て同期してつながりを持ち、世界の至る所に存在している……ということだ」
『……座間いずみ、貴様の論理は少々乱雑だな。だが、それで理解が出来るのならばそれも良かろう』
「……それでその『原初の存在』が、一体何のためにこんなことをしたんだ?」
辛うじて理解が追い付いた優希は話の続きを促し、『原初の存在』はどこから出ているのかはっきりしない声で語りを続けた。
『……我々は世界各地に在り、この世界に生きる全ての生物たちを見続けてきた。太古の昔から現代にいたるまで数多の生物たちが世界に生まれ、生き延びることが出来たものたちもあれば、淘汰され滅んでいったものたちもいる。その繰り返しで生物は進化を続けてきたのだ』
「……」
『しかし、この五千年近くの間生物はただただ淘汰されるだけになり、その原因となった人類は進化の限界へとたどり着こうとしている。我々は今まではそれを傍観していたが、我々の中でただ傍観することを良しとしない存在が現れた』
「良しとしない……? みんな同じ考えをしてるんじゃないのか」
優希のその質問に『原初の存在』は小さくうなずく。
『言っただろう、我々は別個であり単一であると。我々は互いに知識や記憶を共有しているが、それは個々としての意識がないことを意味しているわけではない。例えばこの体は座間いずみの言葉を借りるならばただの『端末』に過ぎんが、共有意識とは別に自我も存在している』
「……つまり、端末同士がネットワークでつながってはいるが、それとは別に端末単体でも動くことが出来るというわけだ。PCやスマートフォンをイメージすれば分かり易いだろう」
いずみが再び『原初の存在』の言葉を補足する。
「じゃあ、その他の端末が異論を出したということなのか? それは一体……?」
『座したまま生物が滅んでいくのを見続けるのではなく、我々が我々の望む進化への道を創造し、今在る生物たちも新たな世界へと導く……ということだ』
「新しい世界……なら、今までの世界は……?」
『それについては我々の間でも意見が割れていてな。滅ぼせばいいという過激な意見から、進化を促すのみで世界そのものがゆっくり変わる様をこれまで通り見届け続けるという穏健な意見まで様々だ』
そこで『原初の存在』は一度言葉を切る。黙ったまま優希の様子をうかがっているようにも感じられるが、優希も、そしていずみも何も言わずに話の続きを待っていた。再び『原初の存在』が声を発する。
『我々から見た私という『端末』は比較的新しい存在であってな。滅ぼせばいいという意見にも、これまで通り見届け続けるという意見にも共感はしている』
「中立派ということか……? でもそれなら今回の騒ぎは……」
『我々の中の誰かが強く『世界の破滅』でも願ったのだろう。我々個々に自我があると言っても所詮は『端末』だ。共有意識全体の傾向として『世界の破滅』を志向するならば、自我が意識せずともそれに沿って動き出すということだ』
「……!」
その言葉を聞いた優希はとっさに身構える。『原初の存在』を名乗るこの怪人をこのまま放っておいては危険だと本能が告げていた。
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