シーン16-5 決着
正面を優希に向けて『
『歩生優希……我々の下に来るのだ。お前は『
「断る! 僕は今ある世界を信じているんだ!」
呼びかけるような『原初の存在』の言葉に対し、優希ははっきりと拒絶の言葉を発する。それを聞いた『原初の存在』は両肩を震わせる。
『……歩生優希、お前が信じているその世界がお前という存在を受け入れ、共に歩むことが出来ると思っているのか? お前という存在を万人が認めてくれるとでも思っているのか?』
「……そうは言わない。僕の姿を見て怯え、恐れ、追い立てようと考える人はきっと無くならない。僕は所詮化け物なんだ……」
優希は『原初の存在』の言葉を否定しなかった。その脳裏にはこれまで夜の戦いで救ってきた人たちの怯えたような視線が、昨日の午後に変身してしまった自分を見た街中のざわめきが甦り、優希の心を抉る。
しかし、優希は決然と前を向き『原初の存在』を睨みつけた。
「だけど、そんな僕を見ても怯えることなく命を救うために手を差し伸べてくれた人がいる! 苦しい時に僕の心を励まして繋ぎとめてくれた人がいる! 戦いを通じてではあったけど理解し合うことのできた人がいる! ……全ての人間と分かり合うなんて出来ないけど、それでも分かり合うこと自体が不可能なわけじゃない。僕は一人じゃないんだ!」
優希の言葉を聞いた『原初の存在』は、全身を大きく震わせながら不気味な笑い声を上げ、それを背後で聞いていたいずみは思わず顔をしかめた。
『……愚かな考えだな、歩生優希。たったそれだけの小さなつながりで何が出来るというのだ?』
「愚かなのはお前たちだ『原初の存在』。お前たちは確かに人を超えているかもしれない。もしかしたら神にも等しい存在なのかもしれない。だけど、お前たちこそ人とも他の生物とも交わらず、その本質を理解することも出来ないまま長い時間を無駄に過ごしていたんじゃないのか?」
『何だと……?』
その言葉にそれまで動揺を見せなかった『原初の存在』は初めて声を震わせる。優希はそれに構わず言葉を続ける。
「お前たちなら何度も見てきたんじゃないのか。一体の生物が他の同じ生物を見つけて仲間を増やして群れを作り、大きくなっていく姿を。どのような集まりであれ、最初から大きなつながりを持っていたわけじゃない。始まりは一対一の小さなつながりだったんだ!」
『それが何だというのだ……?』
「お前たちはきっとこの世界に現れた時から既に仲間同士でつながりあい、たった一つの意思の下で機械的に世界を見続けてきたんだろう。だから、生物が互いに手を取り合い、関係を築き上げていくことの偉大さ、素晴らしさが理解できないんだ。人同士が分かり合うということの価値が分からないんだ!」
『黙れ……!』
苛立たしげに言葉を吐き捨てた『原初の存在』は優希の顔に向けて手をかざす。しかし、優希は怯むことなく顔を前へと向け続ける。
『そのような下賤な考えを聞くために我々は貴様に目を付けた訳ではないぞ、歩生優希。お前は我々の指し示す道を歩けばいいだけだ』
「それが本音か『原初の存在』! ……分かり合うことを放棄した存在に新しい世界なんて築けるわけがない。お前たちは今まで通り世界の傍観者でいるべきだったんだ!」
『……歩生優希、どうやらお前にはちょっとした教育が必要なようだな』
優希の言葉にかざしていた手を下ろし、ゆっくりと両肩を回すような仕草をした『原初の存在』は、黙ったまま頭を背後にいるいずみへと向ける。
その瞬間、いきなりいずみの体は大きく後方に弾き飛ばされてしまう。
「きゃあああああああああっ!」
「いずみ先生!」
受け身を取ることも出来ず床に叩きつけられるいずみの姿を見た優希は慌てて駆け寄ろうとするが、その前に『原初の存在』が立ち塞がる。
『動くな、歩生優希! ……あれでも力は抑えてある。簡単に死にはしないはずだが、貴様の行動次第では次はないと思え』
「……僕をどうするつもりだ?」
『朝に貴様の下へ送ったあの男のように我々の記憶や意識を『
そう言うと『原初の存在』は音もなく歩いて優希に近付くと、両手で頭を抱えようとする。
『この『転写』というのは我々にとっても負担が大きい行為なのでな、二回くらいが連続でできる限界だが、貴様の動きを封じるだけなら二回でも充分……』
そこまでを言った『原初の存在』だったが、その体を突然衝撃が襲い大きく後方に吹き飛ばされる。
『何……?』
突然のことに驚く優希が背後を振り向くと、そこに巨大に変身させた拳を前へと突き出した格好の東元がいた。変身は不完全であり、体がやや大きくなった程度で肌の色も変色せず、蹴り落された角も治っていない。
「へっ……ざまあ……みやがれ……!」
「東元!」
「俺に構うな……! 座間センを助けてやれ!」
その東元の言葉に優希は前を向きいずみのところへ向かおうとするが、それより早く『原初の存在』が体勢を立て直している。
『動くなと言ったはずだぞ、歩生優希!』
間髪を入れずに『原初の存在』は衝撃波を体から放つ。直撃すれば人間を楽に殺せる程度の力が込められていた。
狙われたいずみは先程吹き飛ばされた際のダメージが大きく動くことも出来ない。
優希はその光景に完全に固まってしまう。が、その時誰かが『原初の存在』といずみの間に割って入ってきた。
バキィッ!
「きゃあああっ!」
『何だと!』
「飛田!」
机を盾代わりにしたあやめがそれでも攻撃を相殺し切れずに後ろに弾き飛ばされ、それを見たいずみが動かない体を引きずってあやめの下へと近寄った。
「……しっかりしろ飛田! 私なんぞを守るために……」
「……そ……そんなことない……先生がいなきゃ、歩生君……戦えなくなっちゃうよ……」
「……馬鹿者……お前は……大馬鹿者だ……!」
震える声でそうつぶやくあやめの体をいずみは優しく抱きしめるが、そんな二人の前に『原初の存在』が現れる。
『……ちょうどいい、貴様も目障りだったところだ飛田あやめ。座間いずみ共々ここで始末してやろう』
「殺すなら殺せ! ……ただし、だ……」
「……う、後ろがお留守なんじゃないの……北栄先生……?」
いずみとあやめ、二人の言葉に後ろを向いた『原初の存在』が見たのは、既に両の拳を目の前で突き合わせている優希の姿だった。
『!』
「見ていろ『原初の存在』! これが僕の……僕たちの力だっ!」
迷いなく左手を前へと突き出しながら、優希は力強く叫ぶ。
「変身!」
『……させるか!』
変身途中の優希に対して『原初の存在』が衝撃波を放つが、優希は突き出している左手の拳に使える『力』を集中させてそれを受け止める。
『ば、馬鹿な……我々の力が……!』
「無駄だ! そんな攻撃で倒せると思うな!」
変身した優希の口が普通に開くようになっていた。紅い身体の至る所に力が漲り、爆発しそうなほどに高まっているのを優希自身も自覚している。
その優希の姿にはっきりと動揺した声を上げる『原初の存在』。
『これが『
「お前の言う新たな進化になんて興味はない! 僕たちはどこまでも、ヒトとして、優しく、強く生き続けるんだ!」
言い終えると同時に優希は『原初の存在』へと突進する。
『この……愚か者めが……!』
接近する優希に対して両腕で衝撃波を放とうとする『原初の存在』だが、優希の動きはそれよりも遥かに速かった。
止まらない。優希は迷いなく全霊の『力』を込めた右の拳で『原初の存在』の胸を貫く。
『!!!』
「……どうだっ!」
音もなく胸を貫かれた『原初の存在』は、言葉を発することなく数歩ほど後ろに下がると、ぐらりとその姿を揺らめかせた。
『……こ、この体はもう保てない……だが、言ったはずだ。我々は別個であり単一の存在であると。この体を滅ぼしたところで、我々全てを滅ぼすことなど……不可能だ……『抵抗者』よ』
「分かっているよ『原初の存在』……もう二度と、元には戻れない……」
『ふ……ふふふ……貴様だけではない、そこの女どもも、東元恭二も同じだ……せいぜい足掻くがいい……我々の掌の上でな……』
最後通告のようにそれを告げた『原初の存在』だった存在は、ぐにゃりとその姿を歪ませると、そのまま得体の知れない液体となり溶けて消えていった。
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