シーン16-3 帰還
優希は両手に『力』を集めていく。体の感覚からして、この次くらいまでが『力』を込めて戦える限界であろうと察していた。もう小手先の技や策を考える必要はない。渾身の一撃を『鬼』に叩き込むと、それだけを考える優希。
一方の『鬼』も両腕に可能な限りの力を込めていた。体が更に大きくなったのは自覚できていないが、少し前から体の動きにキレが無くなりつつあるのは分かっている。口ではああいったものの、これ以上戦えば確実に競り負ける。無駄に長引かせず、この腕で殴り勝つ。『鬼』の思考もまたシンプルだった。
二人とも黙ったまま、ゆっくりと構えを取る。優希は左脚を一歩前に踏み込み、『鬼』はその場で足元を踏み固めてそれを待ち受ける形を取る。
構えを取ったままの姿勢で動かなくなる二人。間合いは体の大きい『鬼』に対して有利な間隔であり、優希は自分から仕掛けなければならない。だが、それを理解しているからこそ簡単には動けない。
動く時は決める時である。決め切れなければもう優希に戦う力は残されていない。優希は焦らず呼吸が合うのを待った。
一方の『鬼』は有利な間合いではあったが、優希が少し前に見せた衝撃波を放つ技が頭の片隅にあった。単に体に受けても大したダメージではないが、それがどこに飛んでくるのかは優希の腕の向きから推測するしかないのでどうしても反応が遅れてしまうし、それが目などの急所に決まってしまったら今の状況では致命傷である。有利な間合いとはいえ、優希の出方をうかがわなければ安易には動けない。
後手になるのは承知ではあったが、とにかく次の一撃を決めれば勝てるのだから、焦ることはない。『鬼』もまた機が来るのを待っていた。
そして、廊下ではあやめが祈る姿勢のまま、固唾を飲んで二人を見守っている。
一瞬だけ、優希、『鬼』、あやめの視線が一つに絡み合う。
優希がうなずく。『鬼』は右腕を後ろに下げて殴りかかる姿勢を取り、そしてあやめは大きく目を見開く。
『……行くぞ!』
「……こ……い……!」
「……歩生君……!」
あやめがその名を告げるか告げないかというタイミングで二人は勝負を決するべく動く。
優希は『鬼』の真正面に向けて突っ込み、一瞬の判断でそれを読み切っていた『鬼』はそれより一歩速く優希のコースを塞ぐように右の拳で殴り掛かっている。
それに対し、優希は足を止めて両腕で受け止めようとする。
「お……わ……り……だ……あ……お……いぃ……!」
勝利を確信した『鬼』が叫ぶ。相手の動きさえ止めてしまえば遅るるに足らない。腕に一層の力を込めて優希に止めを刺さんとした。
だが、優希は受け止める体勢であった両腕を素早く後ろに引くと、両腕で『力』を込めた突きを放ち、『鬼』の拳と打ち合わせる。
一瞬だけ拳を突き合わせる両者であったが、押し勝ったのは優希だった。押し負けた『鬼』は大きくバランスを崩し膝立ちになってしまう。
「な……に……!」
驚愕の声を上げる『鬼』に対し、優希は動きを止めずに天井を突き破りそうな勢いで跳躍する。
下で膝立ちになっている鬼を見据える。
『決着をつけるぞ……!』
そう言いかけて優希は廊下にいる少女の言葉を思い出す。
「私の目の前でどちらかが死んじゃったら、承知しないからね!」
少女は確かにそう言っていた。
(そうだったね……約束は守るよ……飛田さん)
一瞬だけ緩んだ気をすぐに引き締め、優希は残りの力を振り絞った一撃を『鬼』へと放つ。
『……ヒトに還るんだ、東元ぉ!』
優希は『力』を込めた右脚で『鬼』の角にかかと落としを放ち、根元からその角を叩き落とした。
角をへし折られた『鬼』は一瞬だけ着地した優希に向けて手を伸ばそうとしたが果たせずその場に倒れ込み、角のあったあたりを両手で抑えながら大声で絶叫する。
「ぐ……ぐ……ぐ、ぎゃあああああああああ……!」
「……ひ、東元君! 東元君……!」
決着の瞬間を目の当たりにしてその場に凍り付いていたあやめは。その絶叫を聞くなり弾かれたように『鬼』の側へと駆け寄った。
角を折られた『鬼』の体は静かにゆっくりと縮小していき、肌からも青色が抜けて、目も青白い輝きを失い、元の東元恭二へと戻っていく。
優希もまた自分で変身を解き、東元が人へと戻っていく様を黙って見守っていた。
あやめは涙目になりながら、東元の名を呼びつつ体を揺さぶる。
「東元君……しっかりしてよ、東元君……東元君!」
「……そんなに揺さぶるなよ、起きてるから……」
東元は気怠そうな声であやめの呼びかけに答えるが、ひどく衰弱してしまっているのかうつ伏せになったままの姿勢を変えられずにいる。
「大丈夫? 体起こすの手伝おうか?」
「構うな……今はもう少し寝ていてえからよ。はは……それにしても完璧に負けちまったな……」
心配そうに付き添うあやめを制しておいて、東元は乾いた笑い声を上げて優希の方を見つめる。優希は変身する直前に脱ぎ捨てていた上着を着た後、自分の背負ってきたリュックを回収していた。
「……何やってんだよ、歩生」
「ここはもう大丈夫だし、僕はとりあえずいずみ先生のところに行かなきゃいけないから……あとは任せるよ東元」
「おいおい……こんなズタボロを働かせるつもりかよ。それになんで俺なんだよ?」
東元の問いに優希は微笑みを浮かべて言う。
「もう僕たちが戦う理由は無いし、飛田さんを守ってやれるのはお前しかいないだろう? 大丈夫、『
「……気楽なもんだな。俺はお前をマジで殺そうとしてたんだぞ」
「だとしたら、飛田さんに嘘を付いてたことになると思うけど、その辺はどうなのかな?」
優希はいたずらっぽい目つきで東元とあやめを交互に見つめる。その視線に東元は「ぐっ……」と言葉に詰まり、あやめは一瞬だけきょとんとした表情をした後ですぐに困ったような苦笑いを浮かべて言った。
「やだもう、あんな恥ずかしい台詞のこと覚えてたの? 歩生君」
「そりゃそうだよ、あんなに必死そうな顔をしてお願いされたら忘れる訳にもいかないよ」
「東元君も? やっぱり忘れていなかった?」
「……忘れそうになったことはあったが、結局頭の片隅にはあったな」
その二人の返答を聞いたあやめは嬉しそうな明るい笑い声を上げた。二人が何だかんだで自分の言葉を通じてつながり合っていたことが、何よりもあやめにとって嬉しかった。
優希と東元はそんなあやめを見てどこかほっとした表情を浮かべていたが、そこで揃って何かを感じ取り表情を硬くする。やや遅れてあやめも二人の表情に気付いて笑うのを止めた。
「どうしたの、二人とも?」
「おい、歩生! お前が座間センのところに行きたがってたのは……?」
「……どうも間に合わなかったみたいだね。やっぱりあの時に気付いていれば……!」
東元の言葉に優希は改めて唇をかむが、全てが手遅れなのも理解している。
緊張する三人の生徒たちの前に、その教師は一人の女教師と連れ立って悠然と姿を現した。
「いずみ先生……!」
「遂に来やがったかよ……北栄!」
「北栄先生……それに座間先生も……」
「歩生、東元、飛田……おはようだ」
北栄一郎は状況に似つかわしくない朝の挨拶を三人に贈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます