シーン16-2 祈り

 あやめは教室内から廊下へと移動して二人の戦いを見守っていた。

 初めは教室の端に居たのだが、次第に激しくなっていく戦いを前にして二人と同じ場所に居続けることが困難になったため、やむを得ず廊下に退避すことにしたのである。

 それにしても、とあやめは激闘を繰り広げる二人に視線を移す。

 紅い肌をした『超人』が青い肌をした『鬼』へと躍りかかる。

 それに対し『鬼』は腕を振り回して『超人』の動きをけん制しようとするが、『超人』はその腕の動きをかいくぐって『鬼』の体に強烈な蹴りの一撃を加える。

 だが『鬼』はうめき声を上げながらも強引に『超人』の体に鉄拳のカウンターを決め、それをまともに受けた『超人』の方は豪快に吹き飛ばされ、とうの昔に崩れてしまっている教室後方の壁を越えて隣の教室にまで飛ばされてしまう。

 しかし、それでも紅い肌の『超人』はすぐに起き上がって元いた教室へと戻っていき、青い肌をした『鬼』の方も崩れた態勢を立て直して攻撃に備えようとする。

 あやめは何度己の目を疑っただろうか。目の前で常識を超えた戦いを繰り広げいる両者が、揃って自分のクラスメイトなのである。間近でその姿が変わる瞬間を目撃したとはいえ、にわかには信じられない、否、信じたくないというのが本音だった。

 あやめの知る二人は、こんな戦いをするような人間ではなかった。優希はちょっと気弱で頼りないが、どんなにいじめられても自分からは手を上げないと言い切るほどの気高い心の持ち主だった。

 一方の東元は、いじめに加担していたとはいえ他の二人に比べると節度を知っていて、手を出す時はいつも最後であり、しかもやりすぎを避けるために手心を加えることも忘れない。いじめに加担していたこと自体は批判を免れないが、それでも人の心を知らないような他の二人に比べたらずっと心優しい存在であった。

 いじめる側、いじめられる側という立場にあるとはいえ、優希はそのこと自体は水に流しているようであったし、東元も口振りほどそのことを意識している印象は感じない。二人の間に遺恨はないはずだった。

 しかし、現実はそうではない。二人はそれぞれ異形の姿に変身し、命がけの戦いを繰り広げている。あやめの目の前で。

 あやめは静かに目を閉じる。戦いが始まってから何度となく目を閉じている。まだ年若い少女であるあやめがひとりで見届けるにはあまりにも凄惨な戦いに過ぎていたのだ。

 もしその力が自分にあるなら今すぐにでもこの戦いを止めさせたいと何度も思う。しかし、現実はあやめに傍観者であることを強いている。目を閉じる行為はあやめに許されたただ一つの休息であり、現実逃避の手段だった。

 あやめは再び目を開ける。二人は目を閉じている間も動かずにお互いの様子をうかがっているようだった。

 戦いを始めてから最初のうちは『鬼』がその巨体を生かして『超人』を圧倒していたのであるが、『超人』が離れた場所から何かを『鬼』に当てたあたりから潮目が変わり、少しずつ『超人』が『鬼』を押し込む場面が増えてきたようにあやめには映っていた。

 もし自分の目の前でどちらかが死んだとしたら許さない。二人にそう告げたあやめであったが、激しくなる一方の戦いを見るにつけて、その不安はどんどん高まりつつあった。

 普通の人間だったなら既に死んでいてもおかしくないほどの戦いを繰り広げながらも動き続けている二人であったが、流石に始まった頃に比べると、動きが雑になり息を乱しているような素振りを見せることも増えてきている。戦いの終わりは、確実に近付きつつあった。

 あやめは無意識のうちに両手を組み、神に祈りを捧げるような姿勢を取っていた。

 この祈りが届くのであるのならばどうか届いてほしい。あの二人を、不運な巡り会わせから戦わざるを得なくなったあの二人を救って欲しい。

 そうあやめは祈った。祈らずにはいられなかった。それがどんなに意味のない行為だったとしても、あやめはただ一心に祈りをささげた。

 あやめの祈りの先にいる二人も、正面から対峙しながらその姿を目撃していた。


『あんなに必死になって祈られると、少しだけやりにくいかな……』

「まっ……た……く……だ……」


 優希が少しだけ困ったような口調で言うと、『鬼』の方も少々困惑したのか首を傾げている。


『でも、そろそろお互いに後がないね。……そうだろ、東元?』


 優希はそう呼びかける。実際、優希は疲労の極致にあった。

 今までこれほど長い時間戦ったことがなかったことに加えて、自分の中の『力』を湯水のごとく消費しながら戦っていたため、余力がほとんど残されていない。もし変身の特訓をしていなかったら、とうの昔に変身が自然解除されていてもおかしくないほどの消耗である。


「ま……だ……や……れ……る……!」


 しかし、そう言った『鬼』の方も消耗が激しく限界が近づいていた。北栄と戦った時のダメージが体に残っていたことに加えて、通常の二倍の効力を持たされている『進化のらせん』が体の中で次第に暴走を始めつつあったのだ。両者とも気付いてはいないものの、戦いが始まった頃に比べて『鬼』の体は更に一回りほど大きくなっており、このまま放置すれば肉体が『進化のらせん』の影響に耐え切れずに崩壊する可能性があった。


 互いに爆弾を抱えたまま、にらみ合う二人。黄色く光る目と青白く光る目が明確な意志を宿して光り輝く。 

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