シーン15-2 原初

 話している間に二人は八束高校まであと少しという場所まで来ていたが、立ち止まった北栄は厳しい表情に変わっていた。


「妙だな……?」

「何かあったのか、北栄?」

「今頃は歩生優希と私の飼い犬が戦っているはずだが……それにしては静かすぎる」

「別に派手な戦いをすれば良いというものでもあるまい?」

「そういう問題ではない! 私は歩生優希の全力を見たいのだからな」


 かなり厳しい口調で言い切った北栄に、いずみはある可能性を思い浮かべて、面白そうに北栄のことを見る。


「どうやら、私以外に特別ゲストが学校に居残っていたみたいだな、北栄」

「……ゲストだと?」

「そうとも。……貴様は自分が陸上部員の女子生徒に化けていたのを忘れていないか? 貴様の話が作り話でないなら、校内に残っていた陸上部員が誰か一人くらい居残っていてもおかしくないだろう」


 いずみの言葉に北栄は一瞬だけ考え込み、すぐに苛立たしげに肩を震わせて吐き捨てるようにその名をつぶやく。


「……飛田あやめか! あの小娘め……」

「その様子だと、飛田がいるのは相当貴様には都合が悪いようだな?」

「歩生優希は勿論、私の飼い犬もあの小娘がいては全力を出せない恐れがある……それでは意味がない!」


 汚らわしい、とでも言うかのように怒りに顔を歪める北栄をいずみは冷ややかな表情で見つめていた。


「そういえば、貴様の飼い犬とやらは……南井と東元のどちらなんだ?」

「ほう……そのことも知っていたか。……その割には歩生優希は気付いていないようだったが」

「昨晩は色々忙しくてな……阪西が死んで南井と東元が行方不明などという憂鬱な話題を切り出す余地がなかった……で、どうなんだ?」

「南井三成が大人しく私の言うことを聞くような子供に見えていたのか? 実際、奴は私の言うことも聞かずに自滅していったよ」


 その言葉をいずみは大して動揺もせずに受けいれた。

 南井、阪西、東元……三人の性格や関係を考慮するならば、東元が一番北栄に従順な可能性が高いと考えるのは妥当と言える。もっとも、この場合にはもう一つ重要なファクターも絡んでくる。


「東元も『進化のらせん』に対して反応する体質だったのか?」

「歩生優希の前例を踏まえて、三人の個人情報については事前に下調べをさせてもらった。その結果、南井と阪西には目立った疾病歴はなかったが、東元は年端もいかぬ頃に頭を打つ事故を起こして生死の境をさまよったらしいことが分かっている」

「優希のケースと酷似しているな。……何らかの怪我が引きがねになっているという可能性が高いということか」


 いずみは考えるような仕草を取りながらそうつぶやき、北栄も大きくうなずいた。


「たった二例の成功だけで断じることは出来ないが、可能性は高い。大量の出血を伴うほどの怪我となれば、体内の免疫能力は大幅に低下する。その時かあるいは失われた免疫能力が元に戻る過程で『進化のらせん』に対する免疫能力を喪失したということなのだろう」

「……随分と良く調べているものだな、教師稼業の傍らで」

「北栄一郎という姿は中々居心地も良かったが、教師などという雑事を行わなければならなかったのが難点だったな。退屈で仕方がなかったよ」


 何でもない世間話をするような口調で話すのを、いずみは無表情で聞いていた。そういえばこの男は北栄一郎ではなかったのだなと今更になって思ったが、同時に何か引っかかるものを感じた。


「そういえば、貴様は一体誰なんだ……おそらくは『転写コピー』とやらで北栄の姿を盗んでいるのだろうが……」

「私……我々のことか。我々は……」


 いずみのその問いかけに北栄は両手を天に掲げる。すると北栄の姿はゆらりと揺らめき、次の瞬間には別の姿に成り代わっていた。

 全身がどす黒く染まった怪人。顔の部分には目も鼻も口もない、耳すらくっついていない無貌の怪物。

 いずみは大きく息を呑む。


「……それが貴様の……いや、敢えてこういう言い方をさせてもらうが、その『端末』の正体と考えればいいのか?」

『その通りだ座間いずみ。しかし貴様は勘が鋭いな。いつから気付いていた、我々の操るこれが単なる『器』でしかないことに?』

「話の途中からだ。初めはちょっと違和感を感じた程度だったがな!」


 いずみは怪人からの圧力に負けないように声を張り上げた。


「……誰かが一人でやっていることにしてはあまりにも規模が大きすぎる! いくら人間を超えた存在と言えども、その姿……否、存在が一つであるのなら同一の時間、同一の空間に出来ることは一つしかない! だが、もし全く同一の存在が同一時間、同一空間軸上に存在し得るとしたならば……」

『そうだ。我々は常に同じ時、同じ空間を共有し、それらの制約を超越して、別個でありながら単一の存在としてこの世界に在る……『原初の存在オリジン』としてな』

「原初の存在、か……神にも等しい存在ということか……」


 いずみは疲れ果てたというようにそうつぶやき、何かの糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。その様を『原初の存在』は静かに見下ろしていた。


『……どうやら限界に達したようだな、座間いずみ』

「見ての通りだ……私を『転写』したいのならば好きにすればいい。優希を先に行かせた時点で覚悟はしていたよ……」

『……そうだな……』


 自嘲気味にそうつぶやくいずみに対し、『原初の存在』は静かに両手を掲げると再び北栄一郎の姿を取る。


「? ……どういうつもりだ『原初の存在』……」

「貴様にはまだ利用価値がある」


 北栄はそう言うと地面に座り込んでしまっているいずみの側で膝を立て、その顎を指でくいっと持ち上げた。


「今の歩生優希に私の言うことを聞けと言っても効果はあるまい。また貴様を『転写』したところで見抜かれてしまえば同じことだ」

「要するに人質か。……まあ好きにしろと言ったのは私の方だからな。ここは貴様に従っておこう」

「口が減らんな。だが、流石に我々の正体を暴いただけのことはある」


 北栄はそういうといずみを引っ張り上げながら立ち上がった。いずみもその助けを素直に活用して立ち上がる。


「また歩くのか……?」

「ちょっと意識を離している間に、どうやら本気で戦い始めたらしい。今私がそこへ行って水を差す必要もあるまい」

「思惑があるとはいえ、細かな気遣いをするものだな『原初の存在』」

「今の私はあくまで北栄一郎だよ、座間いずみ」


 北栄は冗談めかしてそう言うと、いずみの手を引いて歩き出した。

 待ち望む『抵抗者レジスタント』を自ら出迎えるために。

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