シーン15ー1 真実
優希と『鬼』が戦い始めた頃、いずみは北栄と並んで歩きながら八束高校へと向かっていた。
北栄は自分から語りだすつもりはないのか、今のところ一言もしゃべらずに悠然と歩を進めている。てっきり何か仕掛けてくるかと警戒していたいずみだったが、当てを外された格好になった。
ともあれこのまま黙って歩いているわけにも行かない。北栄には聞きたいことが山ほどあるのだ。
いずみは緊張する意識をほぐしながら、一番聞いておきたいことについて問いかけた。
「……単刀直入に聞きたい。『
「最初がそれか。随分と焦っているのだな」
「貴様が全ての問いに答えてくれるわけでも無いだろうしな。それに他の疑問についても、まずそれを明らかにしないことには理解が出来ないことだらけだ。……むしろそれから聞くのは必然だろう?」
いずみの語る理由に北栄は反応しなかった。ただ、少しだけ歩く速度を落として話す姿勢を取り、おもむろに口を開く。
「簡単に言えば、『抵抗者』とは私の開発した生物兵器に対して特定の反応を示したものの総称だ。もっとも今貴様に明かすまでは誰も知る由もない話ではあったがな」
「……大して嬉しくもない話だな。まあそれはともかく、特定の反応、とはどういう意味だ?」
北栄の説明の曖昧な点についていずみは質す。『
北栄はその疑問に直接答えることはせず、その前提となる他の言葉の解説を始めた。
「その生物兵器だが『進化のらせん』という名前を付けている」
「兵器に付ける名前にしてはロマンに溢れているな」
「そうだろうな。私の目的とも密接にかかわる話だ」
いずみが皮肉のつもりで発した言葉に、北栄はいたって真面目な表情でうなずく。
「……貴様の目的とやらにも興味はあるが、とりあえずは『抵抗者』との関わりについて聞かせてもらおうか」
「元々『進化のらせん』はその名の通り、生物の新たな進化を促すことを目的に開発したものだ。それを摂取したものの細胞を新しく作り替えて再構成を促進し、既存の生命体を超える新たな存在を生み出す触媒と考えればいい。私はこれの効果を確かめるための実験場としてこの街を選んだ」
「……ということは、あの怪物たちは全てその実験の産物ということか」
そう語りながら二人は揃って少し先の曲がり角にいる犬の姿をした怪物を見やる。北栄が何かを仕込んでいるせいなのか、怪物は二人に近付くことなくその場を後にしてしまう。
「次の話の前に一応礼は言っておこう。私一人では怪物の相手など出来ないからな」
「そう気にするほどの話でもない。客人のもてなしにはあのような無粋なものは必要ないからな」
とりあえず礼を述べるいずみに対し、素っ気なく答えて北栄は話を続ける。
「……今のもそうだが、私は様々な生物に対し『進化のらせん』を接種してその進化の過程を見守った。だが、研究を進めるうちにいくつかの欠点が明るみになってきた」
「欠陥な……確かにあれを見ても進化とやらに成功している気はしないが」
「まさにその通りだ、座間いずみ。あんなものは私の目指している進化ではない」
いずみのその言葉に北栄は反応して足を止める。この男にしては珍しく深刻そうな表情を浮かべていた。
「その欠陥とやらは相当深刻な問題らしいな。何がいけなかった?」
「まず第一に人間以外の生物にあれを投与した場合、効力が強すぎて進化を超えて自滅に陥るケースが多発した。ひどい場合には投与した瞬間に消滅していったこともある。これについては効力を調整し、分量を抑えることで一応の解決を見たが、私が望む結果には程遠い」
「そういえば、貴様の『分身』は怪物のことを『
「効力と分量の調整は何度か繰り返したが、人間以外の生物ではそれまでの肉体を強化するところまでは到達しても、そこから更に一歩進んで新たな進化の形を得るまでにはどうしても至らない。『進化に行き詰った』というわけだ」
そこまで話したところで北栄は再び歩き出し、いずみも合わせて歩き出す。
「……欠陥だらけだな。では、人間相手にそれを投与したら、一体どうなる?」
「私の直面した一番の課題はそこだ……動物実験の限界を悟った私は人間を対象にした実験に移行した。だが、肝心要の人間に対して『進化のらせん』はその効果を発揮しなかったのだ……」
「……待て! それは変じゃないか? 他の話は置くとして……『進化のらせん』がヒトに対して効果を発揮しないのなら、何故優希はああなった!」
いずみは思わず声を荒げる。動物には効果を発揮するが人間には無害である細菌やウィルスというのは自然界にはいくらでも例があり、だからそれはそれでいいのだが、だとしたら何故人間相手に効かないはずの『進化のらせん』がピンポイントに優希にだけその効果を発揮しているのか。
北栄はそんないずみの剣幕を面白そうに眺めつつ一言で告げる。
「免疫機能の不全だよ、座間いずみ」
「免疫不全? ……優希がそんなものになっているとは聞いていないが……」
「通常の検査では見分けることのできない、ほとんど誤差にも等しい不全だ。それに自然界には通常存在し得ないものに対する免疫機能が不全になっていたところで、誰一人そんなものには気付かず、よしんば気付いたとしてもそれに対して手を講ずることはできまい」
北栄のその言葉をいずみは奥歯を噛み締める。確かに話の通り、いずみを含めた周囲の人間たちは誰一人そのことに気付けなかったし、気付けたとしても手の施しようがなかったに違いない。
だが、まだまだ疑問点は尽きない。
「……その不全は先天的に起こり得るものなのか? それとも後天的な事象によって引き起こされるものなのか?」
「サンプルの絶対数が少ない上に、この件に関わる研究はまた始まったばかりでな。はっきりとしたことは言えんが、仮に先天的な不全だとするなら私の予想よりももう少し『進化のらせん』が効果を発揮する人間がいてもいい」
「……後天的な事象か……」
そこでようやくいずみの中で話がつながった。つまり、優希の場合は両親を失った事故の際、事故そのものかその後の治療のどちらかが原因で『進化のらせん』への抵抗力を失ってしまったのだろう。そして、そのことに優希も周りも誰一人気付けぬままあの日を迎え、優希は……。
荒れ狂う内心を懸命になだめようと足取りが重くなるいずみに、北栄は嘲るような視線を送る。
「折り合いを付けるのが大変そうだな、座間いずみ」
「……私の問題に構うな。それよりまだ最初の質問に答えてもらっていない……結局『
「既に貴様の中では答えは出ているはずだがな……『抵抗者』とは、つまるところ人間でありながら『進化のらせん』に反応し『
北栄はいずみから視線を外すことなく、その嘲るような視線とは別に淡々と答える。それを聞いたいずみは釈然としないものを感じた。
「……しかし、何故『抵抗者』なんだ? 経緯を聞く限り『
「……私の仲間内の取り決めでな。何らかの形で人間を超え、我々に抗い得る存在へと到達したものには、その成長に敬意を表して『抵抗者』と呼ぶことにしている。『適応者』はさらにその先の称号だ」
「……なるほど、優希は貴様の視点から見てようやく『入口』に達したばかりだということか」
いずみの言葉に北栄は黙ってうなずきながら、再び立ち止まる。
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