シーン14ー5 変身

 東元は大儀そうに体を揺らし、真正面から優希を見据えつつ両腕両脚に力を込めた。


「そうかい……なら俺は化け物らしく力でお前に思い知らせてやるよ。所詮化け物はどこまでいったところで化け物にしかなれねえってな!」

「東元……!」

「冥途の土産に良く見とくんだな、これが……俺の……『力』……だ……」


 優希とあやめの前で、ただでさえ大きい東元の体がさらに大きく膨らんでいく。

 肌は青く染まり、口元からが牙が顔を覗かせ、額からは角が突き出る。

 その目は青白く光り輝き、肩よりも低い位置にある優希の顔を見下ろしていた。


「……お、鬼……? あの鬼が本当に東元君なの……?」


 東元の変身を目の当たりにしたあやめは呆然とつぶやく。

 優希も東元の変身した『鬼』を前に一歩だけ足を引いた。その巨体もさることながら、東元が自力で変身を制御したというその事実に優希は圧倒されていた。

 優希自身が今朝になるまでしたくとも出来なかった変身の制御を、事情が異なるとはいえたった一日で東元は成し得てしまっている。レジステアを飲んでいるとは聞いていたが、東元が一体どれだけ凄まじい精神力を持っているのか、優希には想像も出来なかった。


「東元……!」

「こ……い……よ……あ……お……い……!」


 『鬼』となった東元が相変わらずたどたどしい口調で優希を挑発するが、優希はそれに乗らず、更に一歩後ろに下がる。『鬼』はそれを見て納得がいかないというように首を左右に振り優希を睨みつける。


「さ……が……る……な……あ……お……いぃ……!」


 そう言うと『鬼』はその丸太のごとき右腕を優希に対して振り下ろし、優希はそれを両腕で受け止める。受け止めた両腕がひしゃげてしまうのではないかと思うほどの衝撃が優希を襲い、思わずたたらを踏んでしまったがどうにかその場にとどまった。


「ぐっ……!」

「め……が……さ……め……た……か……!」


 しかし、『鬼』はそこで優希に対して振り下ろした手を何故か静かに引いてしまう。優希は姿勢を立て直しながら『鬼』に視線を送る。何故手を引いたのか、と。

 それに対する『鬼』の答えは明快だった。


「ほ……ん……き……で……こ……い……」

「東元……お前は……」

「ち……か……ら……を……み……せ……ろ……!」


 それだけ言うと『鬼』は再び右腕を振り下ろすが、今度はそれを受けずに左に回避する優希。『鬼』はすかさず左腕を優希に向けて放ち、優希がわずかに下がりつつ右に戻る。


「に……げ……る……な……あぁ……!」


 一向に戦う姿勢を見せようとしない優希に『鬼』が苛立った様子で怒鳴りつける。

 その言葉に、優希は動くのを止めて立ち止まり、静かに『鬼』を見据える。

『鬼』もまた優希を睨みつける。


「や……る……き……に……なっ……た……か……」

「最後に聞きたい! ……東元、お前は本当に人間であることを諦めてしまったのか?」

「な……に……?」

「まだ人間として生きられるのに、それを捨ててしまうのか東元?」


 優希は最後まで諦めたくなかった。あやめに対する対応や変身するまでの話しぶりを見ても、東元は確実に人であろうとしている。化け物としてではなく、優希のように人として生きていく道もまだ選べるはずだった。

 人には手を上げない。姿が化け物であっても心が人間であるのならば、手を差し伸べたい。優希は化け物の自分に手を差し伸べてくれた大切な人を想いながら呼びかけた。

 しかし、『鬼』は優希の言葉に首を左右に振り、両の拳を握りしめて優希に殴りかかるような構えを取る。


「……だ……ま……れ……!」

「目を醒ませ東元! 僕はお前とこれ以上争いたくないし、そんな余裕も無いんだ……!」

「こ……れ……で……も……か……ぁぁ……!」


 優希の言葉に対する返答はこれだと言わんばかりに、『鬼』は渾身の力を込めて右の拳で優希を殴りつけた。

 全力を込めた鉄拳の一撃に優希の体は大きく宙を舞い、廊下側の壁を突き抜けて廊下間で吹き飛ばされてしまう。

 優希は吹き飛ばされた先で静かに立ち上がる。


「……あ、歩生君……!」

「こ……れ……で……ど……う……だ……!」


 心配そうなあやめの声と勝ち誇る『鬼』の言葉が重なる。

 優希はボロボロになった上着をその場に脱ぎ捨て、静かに右の拳を天に向けて突き上げる。


「それが……答えなのか……殺し合うしか……ないのかよ……東元ぉ!」


 天に突き上げた拳を一度振り下ろし、突きの構えから両の拳を目の前で突き合わせる優希。

 だが、そこで次の動作に移ることなく動きを止めて、視線をあやめに向ける。あやめが見た優希の両目は昨日と同じように黄色に輝いていた。


「歩生君……その目は……」

「……昨日までの僕は臆病だったから、見られる前に逃げちゃったけど……今は違う。僕はもう……自分の本当の姿から逃げたりなんてしない!」


 優希はそれだけ言うと視線をあやめから『鬼』の方へと切り替え、突き合わせた状態の拳を離して右を引き、左を前に付きだしながら叫ぶ。

 自身に秘められた力を解き放つための、たった一つの言葉を。


「変身!」


 その言葉とともに優希の体は急速に変化していく。

 全身が紅く染まり、逞しい筋肉に覆われていく。紅く染まらなかった個所は白い繊維状の何かに包まれていき、頭髪は体内へと吸い込まれ、顔には黄色く光る二つの目とわずかに開く口があった。

 変身を終えた優希は、いつものように変身した自分の手を眺めその感触を確かめる。

 青い肌をした『鬼』は、その変身の様子を黙ったまま見守っていた。

 自分とは正反対の、紅い肌をした超人。


「そ……れ……が……ち……か……ら……か……?」

『ああ、そうだよ……東元』


 その問いにほとんど口を動かさず答えを返す優希に、『鬼』はニヤリと笑みを作って見せた。


「な……ら……い……く……ぞ……!」

『来るなら来い! 手加減はしない!』


 再び鉄拳を放つ『鬼』に対し、優希はそれを左脚で蹴り返すと素早く体勢を整えて、『鬼』の懐に潜り込みその腹に肘の一撃を加える。

 だが、『鬼』はそれには全く動じず無造作に優希の体を掴むと前方に放り投げる。優希は床に叩きつけられる前に何とか体を戻して着地する。


「そ……の……て……い……ど……か……!」

『まだ全力は出し切っていない……もう一回だ』


 今度は優希が先に仕掛けていき、『鬼』がそれを迎え撃つ。

 似たような力を持つ二人の戦いは、まだ始まったばかりだった。

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