シーン14ー4 試合<ためしあい>
東元の手を振りほどこうとする優希だったが、東元の手は微動だにせず肩を掴んだままだ。
「……東元……?」
「……ま、お前にはいじめてたことを含めて色々あるが、ここでそれも全部込みで決着をつけねえか、歩生?」
「……僕はそれどころじゃないんだ! 急がなきゃいずみ先生が危ない……!」
「……え、座間先生に何かあったの、歩生君?」
あやめの問いに優希は答えず、体の持てる全力を出して東元の手を振りほどこうとする。するとようやく東元の手は体から離れたが、東元も手に力を込めているのか、その状態のまま優希も東元も動けなくなってしまう。
「止めてくれ東元。今僕らが争って何になるんだ!」
「……簡単だぜ歩生。勝った方が負けた方を好きに出来るってことだ」
「同じ力を持っているのに、力を合わせないで戦い合わなきゃいけないのか……!」
「……あいつの肩を持つ気はねえが、所詮俺とお前は並び立てねえんだよ!」
東元はそれまで使っていなかったもう片方の手も使って優希の全身を押し潰そうとしてくるが、優希も全力でその圧力に抵抗する。両腕に限界以上の力を集めて、東元の両腕を押し戻そうとする。
突然争い始めた二人の横で、あやめが震えながら双方を止めようとする。
「……や、やめてよ二人とも。ねえ、お願いだから……」
「ごめん、飛田さん……少しだけでいいから離れてて……どうもこのままじゃ済まなそうだから……」
「どいてろ飛田……なるべく巻き込まないように努力はするからよ……」
優希も東元もお互いにあやめのことを気遣いながらも、戦う姿勢そのものは解こうとしない。まるでそういう風に事前に申し合わせていたかのように。
二人の対応にあやめは何かを言おうとして果たせず、しばらくの間その場でうつむいていた。が、やがて思い切ったように顔を上げると二人から大きく距離を取って大きな声で告げる。
「私の目の前でどっちかが死んじゃったら、承知しないからね……!」
他にもうちょっと気の利いた台詞が無かったのかとあやめ自身も思ったが、今この瞬間に自分の気持ちを正直に二人に表明しなければきっと後悔する。そんな思いに突き動かされてあやめは今の言葉を口にしていた。
一方、その言葉を聞いた優希と東元はそれぞれ苦笑いを浮かべる。
「……だそうだけど、殺し合わないで終われるかな、僕たちは?」
「……なかなか難しいことを言いやがる。手加減なんて出来ねえぞ?」
「……どうやらお互いに努力するしかなさそうだね……」
「……面倒くせえなぁ、全くよお……」
二人はぼやき合いながらもあやめの言葉を尊重することをお互いに確認する。
「……でも、今更遅いとは思うけど、どうしても戦いは止められないのか?」
「しつこいぜ歩生。お互いにこうなった時点で戦うことは決まってたんだ。そう思えよ」
その問いかけを鼻で笑い飛ばしつつ、優希を潰そうと更に両腕に力を込める東元。体格の差もあり徐々に優希は押し込まれていく。
優希が懸命に抵抗するのを、東元は冷ややかな目で見つめる。
「どうした歩生。お前の力はそんなもんか?」
「そう言われてすぐに力を出せるほど、僕の体は素直でも無くてね」
「……俺たちがいじめてた間もそうだったのかよ」
「むやみに力を使うわけにも行かないだろ。普通の人間相手に!」
そう言いながら優希はようやく東元の両腕を撥ね退ける。多少呼吸は乱れているが。まだまだ余裕がある。そう感じた東元は姿勢を立て直して両腕を構えた。
「随分と余裕じゃねえか。人間をやめてるからかよ?」
「否定はしないよ……何をどう取り繕ったところで僕の体が人間じゃないのは明らかだし。……でも、だからといって人間らしく生きようとする姿勢まで否定されるいわれはない!」
「人間をやめている奴が人間らしく生きようとするものなのかよ?」
東元は試すような目つきで優希のことを静かに見つめる。優希はその視線を真っ向から受け止めて、はっきりとこう言った。
「僕は人間であり続けようとすることを諦めない! どんなに体が化け物になろうとも、他人から蔑まれようとも、僕は人間として人間とともに生きる! それが僕の生きる意思だ!」
「……」
優希の決意表明を東元は無言で受け止める。戦闘態勢は解くことなく、しかし何事かを考えるような目つきで優希を見据えていた。
一方、遠巻きにそれを眺めているあやめは黙ったまま二人を見つめている。相変わらず二人が何を言っているのかはよく分からない。しかし、どんなに言葉を交えようとも、もはや二人の進む道は重なることはないのだろうということだけはおぼろげに理解できた。
あやめは黙り込む東元に声を掛けようして思いとどまる。この場に立ち会う以上は公平な立場の傍観者でなければならない。勝者への祝福も敗者への慰めも必要ない。ただこれから起きることを静かに見届けるだけの役目。
ただ、そうであったとしてもあやめは逃げていればよかったとは考えない。むしろこれから起こるであろう出来事に、ただ一人立ち会えることを誇らしくすら思っていた。
だからあやめは何も言わずに二人を見つめ続ける。戦いが終わるその瞬間まで、自分の目で全てを見届けるために。
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