シーン14-3 答合<こたえあわせ>

 時間は再び今へと戻る。


 校舎内へと突入した優希はひとまず気配のする方ではなく、職員室の方へと向かった。あの女子生徒の話が本当かどうか確かめるためである。

 はたして、女子生徒の話は本当であった。職員室はその原型を留めていないほどに破壊されており、辛うじて破壊を免れた机や椅子が転がっていた。

 優希は職員室だった場所の中に立ち入って中を見回す。ここで何かがあったのは間違いないが、一体何が起こったのかのかが分からない。恐らくは北栄が絡んでいるはずだが、その北栄の姿も見当たらない。


「あの先輩が言ってたことは本当だったけど、でも何かが引っ掛かるな……」


 優希はぽつりとつぶやく。いずみの言葉もあってここまで先行したものの、肝心の北栄の姿が見当たらず、罠らしきものが仕掛けられている感じも受けない。それにあの女子生徒を見た時に感じた、かすかな違和感。あれは一体何だったのだろうか。

 優希はしばらくその場でじっと考え込んでしまったが答えは出ず、優希はため息をついて職員室だった場所を出た。どうにも人が良すぎるあまりに物事の裏の裏を見抜く力に欠けるのが優希という人間である。


「悩んでいてもしょうがないか……人の気配は……僕の教室に……二人?」


 気持ちを切り替えて残っている生徒の救出に向かおうと気配を探ったところ、感じられた二人の気配に優希は眉をひそめる。どちらの感覚も非常に良く知っている感じがしたからだ。それだけではない。片方の気配からはこれまで戦ってきた怪物たちに非常によく似てながらも、全く違う異様としか表現できない何かが感じられた。


「とてつもなく嫌な予感はするけど……行こう」


 優希は真っ直ぐに前を向いて、自分の教室である1-Cへと歩き出した。



 1-Cの教室。

 東元はあやめをその腕で抱きながら、優希の接近を敏感に察知していた。


「……来たか……!」


 硬い表情で言い、あやめを体から離して全身に力を込める。

 体を離されてしまったあやめも事態を悟って、緊張した声で声をかけた。


「き、来たって……どっちのこと? まさか両方とか言わないよね?」

「……決着をつけなきゃいけねえ方だ。……飛田」

「な、なに……?」

「今からでも遅くねえからこっから逃げろ! 今から来る奴はあいつと違って話も分かる。お前を見て手出しするなんてこともねえはずだ……!」


 再度の退避要請はかなり強い口調だった。あやめから見た東元は少し怒っているようにも見えるほど真剣な表情をしている。


「え……? で、でも……」

「逃げろって言ってんだよ! ……お前がいたら俺も相手もおちおち本気も出せやしねえ!」


 もう一度東元ははっきりとあやめに言った。

 北栄に聞いた話から判断すると優希も同じような『力』を得ているらしい。しかも、その力は東元の力よりも少しだけ先へ行っていると表現していた。

 それだけの力を秘める優希と東元が全力で戦ってしまえば、先程の職員室や二階の教室などとは比較にもならない被害が及ぶのは間違いない。そんな場所にろくに身を守る術も持たないあやめを置いておくことなど、東元には出来なかった。仮に今この場に優希がいたとしても、この意見にだけは賛同してくれるだろうとも思っている。

 それを聞いたあやめは戸惑いながら一歩二歩と東元から離れて教室の戸へと近付いていったが、その途中で不意に立ち止まった。


「……おい、急げ! ……もうじき相手が来ちまうぞ!」

「……嫌……嫌よ……嫌! 私やっぱりここに残る!」

「お前なあ……!」


 ここに来て急に聞き分けが悪くなったあやめに流石の東元も声を荒げる。


「いつままでも子供みたいなこと言ってんじゃねえ! マジで死ぬぞ」

「どこへ逃げたってどうせ死ぬんだから、東元君の側で死ぬ!」

「相手が来たら逃げるって言ったのは、お前の方だろ!」


 東元は苛立ちを隠そうともせず怒鳴りつけたが、あやめは再びその場で泣き出したまま一歩も動こうとしない。

 東元は頭を掻きむしりつつもあやめに近付く。とりあえず泣き止んでもらわないことには話が進まない。それに万が一、こんなところを優希に見られでもしたら著しい誤解を招いてしまう恐れがある。

 しかし、東元のそんな思いは届かなかった。ガラッと音を立てて教室の戸が開き優希が入ってきてしまう。


「みんな大丈夫……って、え? 何……この状況……?」


 入ってきた優希は目の前で繰り広げられている状況が分からずにその場に凍り付く。


「……タイミングが悪いんだよ……馬鹿野郎が……」


 あまりの優希の間の悪さに東元は顔を抑えつつぼやく。そして、あやめは突然教室に入ってきた優希の顔をぽかんとした表情で見つめていた。


「へ……歩生君……? なんで歩生君が来るのよ……?」

「飛田さん……? い、いや、なんで、って言われても……!」

「だって、東元君はこれから来るのは『決着をつけなきゃいけない相手』って、そう言って……!」


 あやめのその言葉に優希はそこで初めてあやめの隣にいる大男が東元であることに気付く。


「ひ、東元……? な、なんでそんなに大きく……それにその怪我は……」

「怪我のことは気にすんな……それよりも、だ」


 東元は言いながら、その巨体を優希の方へと進ませる。その動きで東元の後方に置かれる形になってしまったあやめは、二人の顔が見えるようにと二人の側面へと出てきた。


「歩生、お前には分かるんじゃねえのか? 俺と同じってんならな」

「! ……まさか、いきなり大きくなったのって……!」


 東元の言葉に優希は顔色を変える。一体何が同じなのか、意味するところは一つしかない。


「……まさかお前がドーピングまがいの手を使ってたとは思わなかったぜ、歩生」

「ドーピング……? レジステアのことを言ってるんならそれは違う!」

「レジステアなら俺も使ってるぜ。大した効果は出ねえけどな……じゃあお前は、あの薬は飲んでねえのかよ?」


 東元の語る言葉の意味を、優希は懸命に頭を働かせて考えていた。

 優希がこうなったのはあくまであの時の怪物から受けた攻撃が原因だと思っていたし、いずみの見解でもその点だけは変わったことがない。

 しかし、東元の話を聞いている限り、東元本人は優希のような過程を経ず何らかの薬物を摂取したことで似たような力を手に入れたらしい。

 優希が受けた攻撃と同等の効果を持つ薬物。そんなものが存在するのだとしたら、一体作ったのは誰なのか。

 そして、優希の頭は考え得る限り最悪の答えを導き出す。


「……まさか、まさかあいつが……?」

「……お前もどうやら気付いているらしいな、あいつがヤバい奴だってことによ」

「ちょっと待ってくれ! 僕の言っているのとお前が言っているのが同一の存在だとしたら、あいつは一体どうしたんだ?」


 必死の表情で問いかけてくる優希の姿に、東元はついつい苦笑いを浮かべてしまう。これから命を賭けて戦わねばならない相手と呑気に問答を繰り広げてしまっている自分が妙に面白く思えてしまったのだ。


「……一発入れてやったのさ、俺の『力』でな……」

「それでどうなった? ……倒したとか……?」

「知らねえな。意識が飛ぶ寸前にも一撃はかましてやったが、それきりだ。……次に目を覚ました時に見たのは飛田の顔だった」

「……」


 淡々と起きた出来事を語る東元と、話の内容が理解できずにただただ不安そうな表情で二人を見守るあやめの顔を見比べて、優希は黙り込んでしまう。

 東元本人も止めを刺せていないのを認めている以上、あいつは確実に生きていることになる。にもかかわらず、その東元に反撃を入れることも優希に何かを仕掛けることも無く黙って引き下がったとはとても思えなかった。

 そこで優希はふっと学校に来る直前に助けた女子生徒のことを思い出す。陸上部の二年生と名乗っていたあの先輩。


「飛田さん、ちょっと聞きたいんだけど……」

「……? どうしたの突然」

「今朝は朝練だって聞いたけど、その中に二年生の女子の先輩はいた?」

「え……? 二年生の女子の先輩はいることはいるけど、今朝の練習には誰も来てなかったわ。こんな状況だし」

「しまった!」


 あやめの言葉を聞いた優希は思わず歯噛みした。あの時助けた女子生徒が恐らくあいつ……北栄に違いなかった。あの姿で優希といずみを油断させておいて、優希を遠ざけていずみに手を出すつもりなのだろう。優希は自分の迂闊さを呪った。

 あやめの方はあまりの優希の焦りぶりに目を丸くしている。


「ど、どうしたの歩生君? そんな慌てた声を出して……」

「ごめん飛田さん! 急いで行かなきゃいけないところが出来たから……もうしばらく東元と一緒にここで……!」

「……悪いがその提案には乗れねえな」


 優希はあやめにそう言い残して急いで教室を出ようとしたが、その優希の肩を東元ががっちりと掴んだ。

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