シーン14-2 触合<ふれあい>
優希が八束高校にたどり着く少し前のこと。
傷の応急手当てを済ませたあやめと東元はそれまでいた教室を離れて自分たちの教室に移動して、隣り合って座っていた。
東元は「戦う時に邪魔になる」と移動を拒否したのだが、あやめが「自分たちの教室で戦った方が地の利があるんじゃないの?」と言いだし、そのまま押し切ったのである。
「……机と椅子だらけの場所に地の利もクソも無いんじゃねえのか?」
「気分の問題よ。どんな相手か知らないけど、どうせどっちもクラスの人じゃないんでしょ? 居心地のいい場所で戦った方が絶対いいって!」
「……お前は気楽でいいな、飛田……」
あやめの言葉に東元は大きくため息をつく。まさか待っている相手が同じクラスメイトとクラスの担任だとは夢にも思っていないのだろう。
しかし、どこに姿を消したのか分からない北栄はともかく、歩生優希はもうじきこの学校にたどり着いてしまうに違いない。そうなったらそのことを隠している意味も無くなってしまう。
東元は待っている相手が歩生優希であることを明かそうとして、口を開きかけたが止めた。隣にいる少女にはギリギリまで何も知らず純粋なままでいてほしいと、そう思ったからだ。
自分らしくもない、と思わず苦笑いを浮かべた東元を見て、あやめもまた微笑みを浮かべる。
「……何か楽しいことでも考えてるの、東元君」
「……ん? な、何でもねえよ……」
「違うの? ……こういう時だから楽しいことでも考えて気を紛らわしてるのかと思ってた」
「……そんな繊細な考え方、俺のキャラじゃねえ」
そう言って顔をそむける東元を、あやめは興味津々と言った感じで眺めていた。
「こうして見ると、結構可愛いとこもあるんだね、東元君」
「か、可愛いって……お前……」
「冗談冗談。こんな男前が可愛いで済むはずないじゃん」
次々発せられる言葉にすっかり困惑している東元に、あやめは気楽そうに言いつつ持っていたカバンからスマートフォンを取り出したが、画面に目を落とすと暗い表情になる。
「あーあ……もうすぐバッテリー切れか。写真でも撮ろうと思ったのに」
「何だよ……充電とかしてねえのか?」
「朝から今まで外の状況とか確認するためにずっと使いっぱなしだったからね。うちの学校って予備のバッテリーは持ち込み禁止でしょ?」
「……まあ、今は仕方ねえだろ。写真なんていつでも撮れるしな」
落胆するあやめを慰めるようにそう言った東元を、あやめは急に姿勢を正し真剣な表情で真っ直ぐ見つめる。
「……何だよ飛田、急に真面目な顔になって」
「次なんて……無いかもしれないでしょ?」
「えっ……?」
「だってそうでしょ。私も東元君も死んじゃったら、次なんて無くなっちゃうじゃない……」
東元が見ているあやめの顔は、今にも泣きだしそうな表情に変わっていた。
「急に何言ってんだよ。そんな簡単に死ぬわけ……」
「じゃあ、東元君の今の体は一体どうしたのよ? 前の日までは変わりなかったのに、今朝はこんなに大きくなって、おまけにひどい怪我までして……一歩間違えたら確実に死んでるわよ」
あやめの気持ちをなだめようとした東元だったが、あやめは感情のままに次々に言葉を吐き出してくる。
「私だって怖いわよ。街の中は化け物だらけで家にも帰れないし、こんなところで東元君と二人きりで、その上どんな奴かもわからない相手がここを襲ってくるかもしれないなんて……こうでもしてないと耐えられるわけないじゃない……!」
「飛田……」
あやめの言葉は途中から涙声に変わり、言い終わるや否や完全に泣き出してしまう。その時になって東元はようやく、今までのあやめの行動はあやめなりに恐怖を紛らわそうとして行っていたのだと気が付いた。
子供の用に泣きじゃくるあやめをしばらく黙って見ていた東元だったが、しばらくして少しぎこちない動きであやめを自分の方へ抱き寄せる。
その行動に驚いたあやめは泣くのも忘れて顔を上げた。
「え……? 東元君……?」
「済まねえ飛田……もう少しお前のことを気遣ってやれれば良かったんだけどよ……」
「……ううん、そんなこと全然ない。私がこらえ切れなくて勝手に泣いちゃっただけの話だし……」
「でもよお……」
「何だったら東元君の言う通り、さっさとここから逃げてても良かったわけだし……これから大変そうなのに、迷惑かけちゃってごめん」
済まなそうにうつむく東元を励ますように、あやめは恐怖に押しつぶされそうな内心を押し殺して穏やかな笑顔を作って見せる。
「これからが大変って、何で分かるんだ? 俺はそんなこと言った覚えはねえぞ……」
「東元君のいうところのあいつって奴が、きっと職員室を爆発させたんでしょ……どう考えても人間じゃないっぽいけど」
「おい勝手に妄想を……」
「それでそんな奴と「戦ってた」東元君が決着をつけなきゃいけないほどの相手……これもやっぱり普通の人間じゃなさそうよね。……勿論、そんな東元君もきっともう、普通の人間じゃないんだよね……?」
「お前……」
いきなりそれまで隠してきたことを次々にあやめに言い当てられて、東元は絶句してしまう。
そういえば、飛田あやめというのは元々やけに勘が鋭い女子であった。南井や阪西と組んで歩生優希をいじめていたころ、どこに東元たちがいたとしても、あやめはまるで現場に吸い寄せられるかのように現れてはいじめを止めていたものである。
ほとんど神がかり的と言ってもいいあやめの勘の良さに、東元は軽く恐怖心すら感じていた。
一方のあやめは今やすっかり泣き止み、きょとんとした表情で東元を見上げている。
「どうしたの、東元君?」
「……何でもねえよ。ただ、そこだと脇腹の傷に響く……」
「あっごめん……どうしたらいい?」
「ちょいと位置を変えるぞ」
東元はそう言って、あやめの頭が傷口に当たらないように自分の体の位置を調節した。あやめは大人しくその動きに従う。
「……こんなもんだろ」
「ありがと……こうやって大きな人に抱かれていると、何だかほっとするなあ……」
「何言ってるんだよ」
「えへへ……」
呆れたように話す東元の腕の中で、あやめは嬉しそうに笑っていた。
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